無知の冒険者
僕は走る。なぜなら走れば足が速くなるから。
すぐじゃない。1日や2日経っても速くならないけど、1ヶ月とか2ヶ月続ければ速くなれると先輩の冒険者さんから聞いた。
冒険者というのは足が速く、力が強く、頭も良い人がなれるって聞いた。だからまず足を速くして、筋肉も鍛えて、勉強する。
「きゃあーーー!」
え?
突然悲鳴が聞こえてきた。女の子の声だ。
走る足を止めて、街の路地の影へと目を向ける。そこにいたのは男の人が4人、女の子1人、男の人が女の子を取り囲んで、女の子は嫌がっている。
「や、やめてっ! やめて! きゃあ!!」
ズブ!
女の子の腕に、男の1人がナイフを突き刺した。
ぶしゅ!と血が飛び出た。地面に血が飛び散る。
「い……いだい……あぐ、くぅ……うう……」
女の子は腕を抑えてうずくまってしまった。
それを男2人が無理矢理立たせた。
僕は困った。何をしてるんだろう。
血が出ていて、早く病院に行かないといけないのはわかる。病院にいって消毒しないとバイ菌が体の中に入って悪さしてしまう。ギルド長さんがこの前そうやって教えてくれた。だから早く連れて行かないと。
けれどそれはあの男の人4人もわかってるはず、僕が知ってるんだ彼らも知ってないとおかしい。なのになぜ血を出させたのか?
僕は数分間考えた。
「このクソガキが。おいテメェら、コイツを王都の城の門前に捨てとけ。俺らを侮辱したんだ、当然裸にして辱めを受けさせるのも忘れるな」
「腕の傷はどうするんです?」
「そのままだ。破傷風で死ぬなら良し、幸運で生きても良し。どうせ使い捨てのコマだろうし、王政側も別に何も感じないだろ」
「辱めるなら髪の毛も剃りますかね?」
「お前らの好きにしろ。俺は帰る」
男の1人が他3人に指示を出して、そのまま路地の奥に向かって歩き出した。しかしピタリと止まると、そのまま振り返った。
そこで僕とその人の目が合った。路地の入り口から彼らを見ていた僕はドキッとした。そういえばこの前、ジェシカちゃんのお風呂を見てしまった時驚かれて怒られた。恥ずかしいからって事だった。
だから目の前の男の人も、そんな恥ずかしいところを見られたショックで僕を殴るかもしれない。だからドキッとした。
けれど男の人は僕をジッと見つめるとーー
「おい、そこのガキもついでにやっとけ」
「はい?」
女の子の髪を剃刀で剃り落としていた最中だった男の1人も、僕の方を見てきた。
「………? あのガキは無関係では? ただの野次馬でしょう」
「目撃者がいても別に構わんでしょう。そこまで我々は弱くありません」
他の男の人もそうやって疑問を投げかけた。
すると命令した男の人は、他の3人の男に耳打ちした。そしたら耳打ちされた3人は驚いてすぐさま僕の方へ飛びかかってきた。
「?」
ゆっっっくりに見える彼らの動きを見て、僕は首を傾げた。
みんな敵意と言うものをコチラに向けている。この前ゴブリンの巣穴を壊した時、ゴブリンが棍棒を持って向けてきた目つきとおんなじだ。だから彼らは僕の敵なんだとわかった。
なのでゴブリン達にしたように、僕は彼らをやっつけることにした。
「ぶげら!」
「がふぅっ⁉︎」
まず2人の顔を殴って気絶させた。
「チッ!」
それを見た3人目は舌打ちすると体制を低くし、吹っ飛ばされる2人の影に隠れて僕の方に不意打ちを仕掛けてきた。まあ見えてたから良いか。
僕は向かってくる3人目に合わせるように足を突き出して、顔を蹴り飛ばした。
「ぐぅ! この!」
しかしそれだけでは怯まずに、蹴られて上半身を弾き飛ばされた3人目の男は、上半身を蹴られた反動をそのままに体を横回転させて、僕の足を払って転かせようとしてきた。咄嗟に足を上げてかわしたけど、男の人はすぐに切り返して、思いっきり僕の懐に飛び込んできた。拳がアゴを目掛けて飛んでくる。
頭を思いっきり後ろに下げてアゴを上げる形でそれをかわすーーが、しかし、
ガツン!
アゴを殴りつけてきた男の人とは別、いつのまにか近づいていた命令していた男の人が僕の後ろに回り込んでいて、後ろ頭を殴ってきた。
すごい力で目がチカチカする。
耳がキーンと鳴っている僕に対して、後ろにいる男の人は言った。
「この“忌子”が……あまりデカい面すんなよ」
“忌子”?確かギルド長さんも、ジェシカちゃんも僕のことをそう呼んできたことがある。忌子とはなんだろう。
疑問に思っていると、今度は僕の首を後ろからぎゅーっと抱きしめてきた。腕がちょうど首に巻きついて、そのまま力を入れられると苦しくなる。ジェシカちゃんに抱きしめられた時は全然苦しくなかったけど、この人のはすごく苦しくてすごく怖い。
苦しい中、前を向くとそこには腕から血を流して倒れる女の子がいた。女の子は信じられないものを見るような、驚いた顔で僕を見つめてきた。そして腕の痛みに顔をしわくちゃにしつつ、言った。
「あれが……忌子? 声を失った少女……?」
うん?忌子ってそんな意味だったの?
「うっ、うー! うー!」
ずっと気になってた言葉の意味を知ったけど、後ろから抱きついてくる男の人の首を絞める力が強くなってきた。苦しくて喉からうめき声が出てくる。
僕はやめて欲しくて思いっきり男の太い腕を手で掴んだ。力を込めると、すぐに男の人は首を抱きしめるのをやめてくれた。
「けほ! けほ!」
咳き込みながら後ろを見ると、手を押さえて後ろに退がる男の人がいた。しわくちゃな顔で僕を睨んでくる。
「テメェ……、…………」
そして睨みつけたまま真顔と無言でジッと見つめてきた。
「?」
「…………。おい引き上げるぞ!」
「お頭、あの女はどうするんで? まだ処理の途中ですが」
「ほっとけ、それよりもこの忌子にツラを覚えられたことが失点だ。しばらく鳴りを潜めよう」
「うっす」
命令する男の人はそういうと、僕が気絶させた男の1人を担ぎ上げて、もう1人もアゴを殴りつけてきた男の人が担いでどこかに行った。
僕は路地に倒れる女の子を見た。頭が少し剃られていて、腕からはずっと血が出ている。周りを見て誰もいない事を確認した。そして僕しか彼女を助けられないと知ったから、女の子を担いだ。
「よいしょ」
「わっ!」
女の子は担がれると驚いた。女の子は僕よりちょっと大きいくらい。
そのまま病院まで連れて行く途中、女の子からの視線を感じたけど、女の子は何も言わなかった。病院に着いた時、女の子はやっと口を開いて、
「…………“忌子”は魔獣と人間の子供、そして声を失った、噂は本当みたいね」
女の子は僕が帽子の下に隠していたツノを見つけて、そう呟いたようだ。
ギルド長さんから見せるなと言われてたけど、僕としては別に見られてもイイものだったので、なんで女の子が僕に直接言わずに小さく呟いたのかのだけ気になった。