5 冬籠り
間違えて先に6を上げてしまいましたので、上げ直しました。
初級の風魔法は問題なく扱えるようになったので中級にも挑戦してみたが、これは結論から言うと、無茶だった。
『風圧』より遥かに苦労して、もはや執念でやっとこさ『カマイタチ』なる風属性の中級魔法を成功させた。が、一回の成功で魔力切れを起こし、喜ぶ間も無くダウンしてしまった。
初級より段違いに魔力を喰う中級魔法は、子供の魔力量ではそもそも無理があるようだ、と言うかそもそも中級魔法に手を出す子供が想定外なのだろう。
ちなみにこの日、初めから中級魔法を練習しようと思っていたのではなく、初級魔法をいくつか成功させた後に思いつきで始めた。まさか中級魔法に取り掛かっているなど露知らずだった祖母は、ヒカリが突然ぶっ倒れたので泡を食った。この後過去最長のお説教コースに突入したのは言うまでもない。
とにかく中級魔法は身体的に無理だと悟ったので、とりあえず他の属性の初級魔法を順繰りに試すことにした。そうして水と土属性の初級魔法も成功するようになった頃にはいよいよ本格的な冬が到来した。
この辺りの冬は厳しい。ヒカリはともかく祖母の身体に障るといけないので(尤も本人は老人扱いするなと怒ったが)、当面の訓練は春までのお預けとなった。
*
秋口から祖母と何やら忙しそうにしていたヒカリが家にいるようになったので、兄弟たちがここぞとばかりに構いたがるという、ヒカリには「嬉し困る」日々が待っていた。
今も床に座るヒカリの両隣を、兄のサシェと弟のロムがビッタリと固めている。正面には姉のリーネが藁を編みながら、ニコニコとこちらを見ている。
「サシェ、ロム・・・二人とも、あの、動きにくいんだけど・・・」
「駄目だよ。ヒカリとこうやってくっつくの久しぶりだからね」
「そうだよー。ヒカリ、いっつもおばあちゃんの所にいるの、つまんないよ」
肩口に頭をぐりぐりしながら甘える兄と、ぷぅっと頬を膨らませて拗ねて見せる弟。
え 可愛い・・・・
思わず天を仰ぎそうになった自分に、慌てて突っ込むヒカリ。
・・・待て待て、俺はそっちの趣味はない!・・・無いよな?無かったはずだ・・・。
これ以上考えてはいけない気がする。
「ヒカリ、まーたぼーっとしてるー」
相変わらずヒカリに引っ付いているサシェが、剥れて見せる。
何だその顔、あざと可愛い。
・・・ていうかロムはまだ分かるけど、仮にも兄ちゃんが可愛いってどうなんだよ・・・。でも兄弟って普通こんなもんなのか?わからん・・・
前世では妹が一人いた。が、こんな風に妹にじゃれつくなど、たとえ幼少時代でも想像するだけで悪寒が走る。
それはともかく。こうして男兄弟にくっつかれていても、ちっとも嫌ではないのは確かだ。非常に照れ臭いが、温かくてくすぐったくて、何だか嬉しい。
「ふふふ。二人ともずっと寂しかったもんね。あ、私もすごく寂しかったんだからね」
そう言いながらヒカリを優しく睨む姉。
あ、なんだ天国か
ヒカリはついついにやけてしまう。
だがそのリーネが続けて、
「けど本当に、毎日おばあちゃんと何してたの?」
と聞いてきたのでぎくりとした。
「うーんと、ま、まだ内緒」
魔法が使えることは秘密なので、曖昧に「いつか教える」というニュアンスを込めて答えておく。出来れば家族には嘘を吐きたくないので、これが精一杯である。
ヒカリの表情が微かに曇ったことに気づき、リーネは急いで話題を変えた。
「そういえば、カーイもヒカリに会いたがってたわよ」
カーイというのは、近所に住むヒカリと同じ年のやんちゃ坊主のことである。
カーイの名が出るとサシェは顰め面になった。柔和な兄にしては珍しい表情だ。
「あいつ、いつもヒカリに下らないいたずらしたり乱暴な事言うくせに!何言ってるんだろ!」
温厚で頭の良いサシェは、普段はカーイとも普通に接しているのに、ヒカリが絡んだ途端攻撃的になる。ヒカリとしても確かにやたら絡まれる気はするが、そこは中身がアレなので、適当にあしらっている。
そもそもカーイという少年はやんちゃではあるが陰湿なところがなく、大人目線で見れば純朴さが微笑ましいくらいだ。意外と面倒見が良いので女の子にも人気があるし、村の子供たちの多くに頼もしい存在として慕われている。
ロイもカーイを擁護する。
「カーイはね、ヒカリが疲れてるの見たから大丈夫かって、言ってたよ」
可愛い、と顔がヤニ下がるのを堪えながらも、ロイが言ったことの意味に思い当たってぎくりとした。
恐らくカーイは、魔法の訓練から帰るヒカリを見かけたんだろう。そして疲れ知らずのヒカリがぐったりしていたから、何事かと心配したのかもしれない。
これが普通の女の子なら「普段がさつなカーイなのに、私のこと心配してくれたんだ・・・」とギャップ萌えにトゥンク・・・となってもよろしい場面だが、ヒカリは悲しいかな、全く別のことを考えていた。
うわ、いつ見られてたんだろ。こっちが気づかなかったっていうのはマズいな。大丈夫だとは思うけど、念のため練習場所はちょくちょく変えた方がいいかもな
「カーイったら相変わらずヒカリの事が大好きねー」
「リーネ!そりゃヒカリはこんなに頭が良くて可愛いんだから当たり前だっ!でも、あんなやつは絶対に駄目だからな!」
「・・・サシェもそれさえなきゃモテるのにね・・・」
憤慨するサシェと、それを見て遠い目をしたリーネのやり取りも、アレコレ考え込むヒカリにはもはや聞こえていなかった。
*
冬篭りの座学でヒカリは、魔法使いに関するあらゆることをドットから聞いた。
「そもそも一口に『魔法使い』って言うけどね、あたしが実際目にしただけでもそりゃあいろんなのがいたね」
ドットによれば、魔法使いとは単に〝魔法が使える者〟を指し、職業毎に呼び名は変わるらしい。例えば、『魔術師』と言うと大概は『戦闘魔術師』を指す。名の通り魔法を駆使して戦闘を生業とする魔法使いの総称で、冒険者だったり傭兵だったりあるいは貴族や国だったりと、所属は様々だ。
ただし貴族出身が多い魔法使いに於いて、わざわざ国や貴族から離れて冒険者や傭兵になる者は一握り、そして変わり者ばかりなのだという。
国に使える者は一括りに『宮廷魔術師』と呼ぶが、中でも特に尊敬と羨望を集めるのが『魔法騎士』だ。魔法騎士は出自の関係なく実力で選び抜かれた言わば戦闘魔術師のトップエリートで、国王直属の『魔法騎士団』に所属する。
戦闘系以外の魔法使いだと治癒専門の『治癒魔術師』、他には魔法を研究する『魔導士』などの職業がある。彼らも殆どが国か貴族に雇われているらしい。
はあ・・・。『魔法論』読んで、そうだろうなーとは思ってたけど、やっぱり殆どが公務員てことか。冒険者とか傭兵はフリーランスっぽいけど・・・。うーん・・・
前世とはいえ、ドラゴンをクエストする系のゲームが大好きな男の子だったのだ。勇者や冒険者にときめかないと言えば嘘になる。事実冒険者という職業がこの世界にあると初めて聞いた時には確かにワクワクした。
だが自分が実際に、そういう危険と隣り合わせの仕事に就きたいかと問われると、正直ロマンを感じるよりも尻込みする気持ちの方が大きい。
まだ実際冒険者どころか、魔法使って戦ってる人なんて見たこともないからなあ。俺の魔法が本当に通用するかどうかも不明だよな。なんせ自己流だし。とにかく見て回らないとなー。人材確保したいんだったら就職相談会とかあればいいのに・・・
ぼんやりと未来の就職活動に思いを馳せていると、ドットが思い出したように付け加えた。
「ああそういえば、『生活魔術師』っていうのが街にいたねぇ。何でも、生活のちょっとした魔法の依頼を引き受ける仕事だとか。あたしはちょっと聞いただけで、詳しくは知らないんだけどね」
え、何それ。一番気になるんですけど!?
『生活』なんて付くあたり、もう名前からして便利そうだし『戦闘』なんて危険そうなのよりよっぽど自分にもなれそうじゃないか、などと内心で鼻息を荒くしていたヒカリだが、続くドットの話を聞いて仰天した。
生活魔術師は、前世で言う『何でも屋さん』の魔法使いバージョンという感じで、例えばどうしても落ちない汚れを落とすとか、大事な金庫に強固な結界魔法を施す、と言った依頼を受けるらしい。
ところがどうも、地位が低いらしいのだ。魔法使いの中で、圧倒的に。
だから魔法使いにとっては最後の選択肢であり、現に生活魔術師になるのは怪我や病気等で戦闘魔術師を続けられない者などが大半だという。
トッドが見たことすらないというのも肯ける。
「今もそうなのかはわからないけど、当時は〝戦闘魔術師以外は魔法使いにあらず〟って風潮があったんだよ。
ほら、たとえ貴族出じゃなくても魔法使いってだけで特別扱いだろ?無駄に気位が高い奴が多いんだよねえ。そういう輩に言わせると〝世俗的なことに魔法を使うなんて魔法の価値を下げる〟ってことらしいね」
「だけど戦闘魔術師以外は他にもいるんじゃ・・・」
「ああ、だけど回復魔術師は戦闘魔術師にとっても有益だろ?戦えるけど敢えて回復に特化したっていうのもいるらしいし。戦場でも戦場じゃなくても重宝されるからね。
それに比べて確かに魔導士も、見下されがちではあったかね。ただ研究ってのは〝世俗的なこと〟に当てはまらないし、研究が実際の戦闘に役立つこともあるみたいだしね。国から保護されてるのもあって、そこまで低く扱われてはいなかったよ」
ヒカリは驚いたと同時に、呆れ返った。
正直こんなど田舎だから不便極まりないだけで、都会に行けばきっと魔法がそこかしこで活躍していて、ここよりずっと生活水準が高いんじゃないか──そんな風に期待していたのだが。
外の世界に夢を見過ぎていたかもな。ちょっと頭冷えたわ
こんな風に、魔法使いにや世情についての知識を深めて冬を過ごしたのだった。