4 魔法訓練
日を改めて、父イベカと母マイーナにもヒカリの魔法について伝えられた。
普段はのほほんな二人も、これには流石に驚愕した。そしてやはりヒカリの身を案じたが、ドットの管理下に置かれると聞くと安心し、魔法について学ぶことを承諾してくれた。
イベカなどはヒカリが魔法使いであるということよりも、寧ろ狩りに成功したことの方をかなり喜んでいた。
根が呑気な両親で助かった。ヒカリは心の中でガッツポーズをした。
よっしゃーっ!これで堂々と(ドットと親以外には秘密だが)魔法を学べる!
折り良く農閑期に入ったので、ヒカリはここぞとばかりに明るい内は実践、夜は座学と魔法学習に励むようになった。
座学と言っても、唯一身近にある教本は『魔法論』のみなので、これを何度も熟読するのは勿論、ドットからも積極的に魔法について知っている限りのことを聞く。
自然彼女の冒険者時代の話になるが、喩え魔法に直接は関係ない話であっても、いつか外の世界に飛び立とうとする身には貴重な、生身の情報が詰まっているのだった。
実践練習は、一角兎を仕留めた辺りで行うことになった。村はずれの、滅多に人が来ない場所だ。
先日の魔法を後から『魔法論』で確認したところ、『風圧』という初級の風魔法だろうと思われた。実践練習初日はまず、この『風圧』を再現することから始めた。
まずはこの世界に酸素のように満ちているらしい『魔素』を体内に取り込み、十分に取り込んだらそれを体内で『魔力』へと練り上げる。その魔力を、しっかりとイメージした魔法の形で体外に出す———というようなことが本には回りくどく書いてあったのだが、魔素も魔力も目には見えないので正直分かりづらかった。
頼みのドットも魔法を見たことはあれど自らは使えないので、感覚的なことは自分で掴むしかない。
ドットが見守る中、成功した時のことをゆっくり辿りながらやってみた。
空気中にあるらしき魔素を、頭の中で映像化することから始める。目を閉じて、適当に金粉のような粒子が大気中を漂う様をイメージし、思い切り吸い込んでみる。すると本当に、体の中で何かがどんどん充満していくのを感じた。
このあったかいのが魔素かな、多分。なんか、血液循環がはっきり分かる感覚?・・・えーとそれを、魔力、つまりエネルギーに変える、と・・・
うねるような光の波が身体中を駆け巡っていく感じがする。これが魔力なのだろう。やがて全身に行き渡った魔力を、一気に風として放出するイメージを強く思い描いた、その刹那。
ブォンッ!・・・メキッ
無意識に突き出していた両腕の先から、空気砲みたいなのが唸りを上げて前方に打ち出されたかと思うと、10メートル以上離れて立つ木の幹が半分くらいまで抉れていた。
太い木だったため折れずに持ち堪えているが、今にも倒れてきそうだ。ミシミシという音がしている。
「やったー!成功だ!!」
ヒカリはジャンプして喜ぶ。初っ端から成功とは幸先が良い。
傍で見守っていたドットは、限界まで目を見開いている。
「まさか・・・本当に、こんなに立派な魔法が・・・!」
呆然とするドットを尻目に、そのまま何度か『風圧』を成功させることができた。
「おし!おっし!!やったぞー!・・・でも、毎回威力にばらつきがあるんだよなあ。同じようにやってるつもりなんだけどなー。何でだろ?やっぱイメージの仕方かな。うーん」
更なる連発に驚き、最早何も言えなくなっているドットのことは頭からすっぽり抜け、ヒカリはもはや自分の世界に入ってしまっている。
一人あーだこーだと試行錯誤しているうちに、威力調節のコツも掴めてきた。そんなこんなで何度も『風圧』を撃っていたら急に眩暈がして、その場にへたり込んでしまった。
「ヒカリ!大丈夫かいっ!?」
真っ青のドットが慌てて駆け寄ってくる。
うええ・・・気持ち悪ぅ。動悸、息切れ・・・ってあれ?
「も、しかして、これ・・・って、魔力の使いすぎとか・・・?」
魔法を使うには、外から魔素を取り込んで新たに魔力を生成する。ただし魔法として消費される時には元々体内にあった魔力、つまり十分体に馴染んだ魔力も必要になる。全ての魔力が新しく、体に馴染んでいないと魔法に転換されにくいのだ。従って生成された魔力が体に馴染むまでは元々の魔力から補填されるが、この馴染んだ魔力が底を突くと魔力を生成する力も衰え、一定時間枯渇状態に陥る。
・・・みたいなことが『魔論』に書いてあったな。そういえば
心配するドットに多分魔力切れだと告げると、一旦安堵してからしこたま怒られた。
しばらく体を休めれば自然回復するそうなので、とりあえず家まで歩けるようになるまで草の上で寝転がっておくしかない。その間ドットの説教をじっと聞く羽目になった。
う〜・・・これは隙だらけになるし気持ち悪いし、気をつけよう。・・・ばあちゃんが心労でどうにかなりそうだし
そんな感じで、魔法訓練一日目は終わったのだった。
*
初めての魔法訓練を終えた、その日の夜。
皆が寝静まる中ヒカリは一人、寝床で魔法の感覚を思い返していた。
今日の実践で分かったことは、とにかくイメージが大事ってことだ。これこそ肝の部分と言うか、魔法使いから直に教わるべきところなんだろう。
その点俺は不利なはず。なんせ魔法使いも魔法自体も見たことすらないんだから。なのに割とあっさり成功したのは、前世の記憶のお陰なんじゃないだろうか、と俺は思っている。
そこに至ったきっかけは、『魔法論』 の回りくどい説明を読んでいた時。
あーもう、何言ってるのか分からないんですけど。CGとかで作ったイメージ動画でもあれば分かりやすいのに!
CG、動画。
そうだ。地球にはあって、こっちにはないもの。映像だ。それも特殊効果とかをふんだんに使ったやつ。フェイク映像とかもどんどん精巧になっていて、見破るのが難しい。・・・いや厳密に言うと、もしかしたらこの世界にもそういうのが出せる魔法とかあるのかもしれないけど。あったとしても広まってはいないだろう。
とにかく俺が居た現代には、ビームサーベルだろうが手からナントカ波だろうが、有りえないものが本当に存在するかのように錯覚させる映像が氾濫してた。それこそ魔法が出てくる映画なんて腐るほどあるわけで。
例えば『体から出ているオーラ』とか、普通の人には見えない。だけど殆どの現代人、少なくとも日本人なら『体から出ているオーラ』って言われたら、瞬時に頭に浮かべられるんじゃなかろうか。「実際見たことはないけど、こんな感じ」という映像をどこかで目にしているからだ。
逆に実在する物でも、全く見たことが無いものをイメージするのはとても難しい。
俺が魔法をすんなり使えた理由は他にもあるかもしれないが、前世の記憶によってこの世界の他の人間よりイメージ力が抜きん出ていることは、少なくとも一因ではあると思う。
・・・そうだったらいいなと思った。それはあまり役に立たない、いや寧ろ無い方が良かったかもしれないとすら思っていた前世の記憶が役に立つってことだからだ。
これで少しは、俺が転生した意味があった・・・かな
雑な考察でほっとした途端に猛烈な睡魔が襲ってきて、ヒカリはあっという間に深い眠りに落ちたのだった。