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異世界転・・・性  作者: 矢頭天ル
第2章
13/13

11 冒険者と一緒

「お嬢ちゃん、すんごい魔法使いじゃねーか!!」


 勢い良く口火を切ったのは、エイサンという冒険者だ。

 彼は今回マイードたちの護衛で雇われた、冒険者パーティーのリーダーだった。そして彼こそが、肋骨やら腕やらが折れているにも関わらず「自分は歩く」と申し出た(そして全員から止められた)猛者である。

 筋肉質で一際大柄な体に、顔には無数の傷。つまり威圧感を与えるに充分な風貌なのだが、笑うと少年のようで、一気に人懐こい印象になる。

 

「あれって上級魔法だよな?魔法使いとも何度か組んだことあるけど、あんなすげえのぶっ放す奴は初めて見たよ!」


 これが冒険者かあ・・・うん、っぽいわあ


 己が魔法使いであることがこんな光の速さでバレるとは思っていなかった。何とも言えない無念さから、ヒカリの思考は斜め方向へ逃げ出している。


「・・・つーかさ、そんなすごい魔法使いのお嬢ちゃんたちが農民てマジなの?農民が魔獣を倒すとか聞いたことねえんだけど」


 矢継ぎ早の質問にどう答えて良いのか分からず、助けを求めて父の方を見るが──


 あ、あれはダメだわ


 ヒカリは即座に悟った。あれは可愛い娘が人から褒められているのを素直に喜んでいる顔である。遠い目になったヒカリだが、


「お嬢ちゃんもそうだけど、イベカさんも只者じゃない動きだったし」


 エイサンの一言に自分も父と同じような顔でニヤけ出すヒカリを横目に、イベカが答える。


「・・・フーツ村は辺鄙な所にある上に森に隣接しています。魔獣は多いけれど村には駆除を頼む財力はありませんから。自然と狩りの腕が鍛えられたんですよ」


 そのイベカもエイサン同様全身傷だらけで数カ所骨折もしているため、この馬車を御しているのはアリというマイードの部下である。彼ら商人達は、冒険者たちの手引きでいち早く街道脇に避難していたために軽傷だった。勿論彼らも、ヒカリの活躍をしかと目撃していた。


「狩人ねえ・・・その気になったら冒険者として稼げそうな腕前だったけど」


 エイサンは明らかに怪訝そうだったがそこで一旦言葉を切ると、改まった表情でヒカリを真っ直ぐ見た。


「とにかく、嬢ちゃんとイベカさんは俺たちの命の恩人だ。ありがとう」


 そう言って頭をぺこりと下げる。

 ヒカリは息を呑んだ。封建的且つ男性社会の世界に於いて、農民で子供、さらに女という、社会的に極めて弱い立場のヒカリに、腕自慢の屈強な男がこうも真摯に頭を下げることが出来るのか、と驚いたのだ。

 マイードも出会い頭で丁寧に礼を述べたがその時は商人らしい、つまりどこかビジネスライクな物腰だったせいかそこまで驚かなかったのだが。

 

「あ、えと・・・頭を上げてください」


 戸惑いながらそう言うヒカリだが、重傷で動けない他の冒険者達も「ありがとう」と重ねた。

 しかし彼らは仲間を二人失っている。ヒカリは悲惨な光景が脳裏から離れず、冒険者たちの感謝を受け取り切れずにいた。


「・・・冒険者ってのは、事情も身分も飲み込んでくれる自由な職業だが、その代わり命の危険が付き纏う。だから冒険者は皆覚悟決めてる。俺たちも、死んだ奴らもな。お嬢ちゃんには難しいかもしれないが、気に病まないでくれ」

 

 口には出さなかったのだが、エイサンにはヒカリの憂いは分かっているようだ。


「・・・うん」


 前世に比べて人の死が身近なこの世界に随分慣れた気でいたが、魔獣に人が殺される光景は、ヒカリに言いようもないほど大きな衝撃を与えた。

 けれど、とヒカリは思い直す。エイサン達が覚悟を決めていたと言っても、そして恐らく初めてのことではないにしても、仲間の死が辛くない筈はないだろう。そんな彼らを差し置いて、見ず知らずの自分が気に病んだところで仕方がない。

 

 ヒカリは半ば無理矢理だが気を取り直すと、改めて冒険者たちを見た。

 ドットの話では散々聞いていたが、現役の冒険者に実際会うのは初めてだ。当然アニメやゲームよりずっと地味ではあるが、武器や防具を装備したその姿からはやはり「戦うことを生業としている人たち」独特の雰囲気を感じる。

 前世を通しても初めて接するタイプの人間に、知らず興味津々な瞳を向けているヒカリだが、一方その視線を一身に受けているエイサンは、先ほどヒカリを質問攻めにしていた時とは打って変わって落ち着かない様子になっている。

 子供から好奇心とか羨望の眼差しを向けられることは珍しくないのだが、今自分たちを凝視している赤毛の少女は、どう考えても普通の子供ではない。それこそエイサンのそこそこ長い冒険者経験からしても、出会ったことのない感じの人間である。

 エイサンは引き攣った笑顔を顔に貼り付け、しかし目を逸らすことも出来ず、頭の中は盛大に混乱していた。


 ・・・何か品定めされてる・・・のか??どう見ても子供なんだが・・・つか父親の方も、C級辺りの冒険者でも怯むような馬鹿でかい鷲獅子相手に躊躇なく突っ込んで来るし、娘は上級魔法ぶっ放すわで「一介の農民です」て言われてもな・・・


 考えれば考えるほど謎過ぎる父娘ではあるが、悪い感じは全くしないのだ。これはあくまでエイサンの勘だが、こうした感覚が大きく外れたことは今まで一度も無かった。それに命の恩人だと言うことには変わりない。

 

 ヒカリとエイサンは互いに、内心でじっくりと観察していたわけだが、外野からは黙り込んだ仔猫と大猪が何やら睨み合っているように見えた。


「あー・・・ごめんねー、こんな厳つい男にじろじろ見られたら怖いよね」


 ヒカリがエイサンに怯えていると勘違いしたのか横から助け舟を出したのは、トービアと言うエイサンの仲間の一人だ。


「ぅおいトービア!言いがかり付けんじゃねえ!・・・つかどっちかっつーと俺の方が嬢ちゃんに見られて・・・」

 

「ヒカリちゃんはもしかして冒険者を見るのは初めてなのかい?」


 トービアはエイサンの抗議を華麗にスルーし、ヒカリのことも言い当てた。


「う、うん・・・じろじろ見ちゃってごめんなさい」


 自分が不躾な視線を向けていたと気付き、ヒカリは慌ててエイサンからトービアへと視線を移した。如何にも肉体派な見た目のエイサンとは違い、トービアの方は鍛えてはいるが標準的な体格で、雰囲気も話し方もかなりソフトだ。怪我が痛むらしくその声は弱々しいが、馬車の揺れでおちおち寝てもいられないようだ。

 あと一人ハロムと言う冒険者もいるのだが、最も重傷の彼はなけなしの布をかき集めた上に寝かされている。

 続けてトービアが切り出したことは、ヒカリが漠然と不安に思っていたことだった。

 

「イベカさん達は町に行ったらどうするんです?行商に出て来たって言ってましたけど、その怪我ではすぐには動けないですよね」


「その事なんですが」


 そこで口を開いたのは、ずっと静かに会話を聞いていたマイードだった。


「イベカさんはご存知でしょうが、街道で魔獣の被害に遭った場合、最寄りの町への報告義務がありまして」


 マイードが言うには、ギルドに所属している者はそちらに報告することになっているそうだ。エイサンも肯定した。


「ああ、俺たちも冒険者ギルドに報告する。街道に鷲獅子の死体をそのままにして来たから、出来るだけ早く処理してもらわねえと。まあお嬢ちゃんが焼いてくれたから大丈夫だとは思うけどな」


 魔獣の死体はしばらく魔力を放出しているので、他の魔獣が寄ってくるのを防ぐためには焼くか埋めるか、或いは解体して運ぶなりの処理が必要なのだ。


「はい。とにかく今日中は無理でも、明日にでも報告に行かねばならないのですが・・・その・・・」


 マイードはそこで言い淀んでヒカリの方を見た。


「それはつまり、お二人のこと・・・ヒカリさんが鷲獅子を魔法で倒して下さった事も報告する、と言うことで・・・」


「それは・・・そうなりますよね・・・」


 行商を引き受けることの多いイベカは当然報告義務についても知っていたようで、困ったような諦めたような顔をしている。先頃から黙りがちだったのは、この事について考えていたせいかもしれない。


「イベカさん達の話を聞いておりますと、どうやらヒカリさんのことは公にしたくないご様子・・・。私としましても出来れば、恩人のあなた方を困らせるような事は避けたいのですが・・・」


 報告義務は国令であり、罰則規定もある。手っ取り早そうなのは冒険者達が倒した事にすることだが、明らかに魔法で倒された鷲獅子の死体がそのままなので、エイサン達は全員魔法使いではないので無理がある。


 オワッタ・・・


 ヒカリはガックリと肩を落とした。実は頃合いを見計らって「見なかった事にして下さいっ!」と頼み込もうとしていたのだ。が、そんな企みは見事に打ち砕かれたのだった。


「で、ですが、明らかにするからこそ良い事もあります!例えばイベカさんの治療や滞在などで、私のみならず商業ギルドでも便宜を図ることができますしっ」


 マイードのそんな必死のフォローも、呆然と虚空を見つめるヒカリには最早聞こえていなかった。


 面倒くさい事が足音を立てて近づいて来てる気がする・・・楽しみにしてたのに・・・

 

 町が、遠い。

 ヒカリは泣きたくなった。



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