表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/20

4

さ、こちらへどうぞ、と一番年上そうなメイドがアリスを浴室から続きの間に通した。

可愛らしい内装の豪華な部屋だった。


「いくつか選んでおいたのですが、どちらに致しますか?」


背の高いメイドが煌びやかなドレスを三つ程出してアリスに意見を求めた。

アリスはどれも恐れ多くて袖を通せそうに無いと思った。

戸惑うアリスに、背の低いメイドが機転を利かせた。


「奥様、大丈夫ですよ。サイズが分からなかったので既製品なんですよ。旦那様にとっては大した金額の物じゃないですから」


そんな事は無いだろうと思ったが、悪戯するような顔で片目を瞑って合図をした仕草が面白くてつい笑ってしまった。


「えーと、どれも綺麗で私には勿体無く、か、か、感じます。選べそうにないので、どれが似合うか教えて貰えませんか?」


アリスは緊張がやや解けた為、三人のメイドにお願いしてみた。

メイド達は頷くとあれこれ相談しながらミントグリーンのドレスを着付けてくれた。

アリスは嬉しい気持ちでいっぱいだった。


「奥様、髪は如何致しますか?着けてこられたリボンは少々草臥れているようですが」

「あの、そのリボンは使います。と、とと、とっても大事な物なので」


アーロンに貰ったリボンは特別だ。

綺麗なドレスには少々存在感は薄かったが、着けていると安心する。

このカイエン伯爵邸では、アリスはもう透明人間ではない。

それでもアリス自身が変わった訳ではないのだ。

アーロンの思い出まで無かった事にしなくても良い。

そう思ったのだ。


「準備は整いました。旦那様の元へご案内致します」


アリスはテラスに案内された。

そこにはテーブルと二脚の椅子。

片方にはカイエン伯爵が腰掛けている。

屋敷の中でもアイアンマスクは外さないらしかった。

アリスを見つけると、カイエン伯爵は立ち上がってもう一脚の椅子を引いてくれた。

懐かしい。

何となくそう思った。

アリスが座ると、カイエン伯爵も席に着いた。

一番年上そうなメイドが茶の支度をしてくれた。

綺麗な琥珀色の茶だ。

茶だという事は何となく分かるが、銘柄や種類をアリスは知らない。

何せアリスは水以外飲んだ事が無いからだ。

カイエン伯爵は優雅な仕草で茶を飲んでいる。

相手が喋らないのでアリスも黙っていた。

西日が差す庭の景色は溜め息が出る程美しかった。


「とても似合っています」


ポツリと洩らしたカイエン伯爵。

アリスは仮面の下の表情を探った。

しかし、西日の下であり、その顔の半分を覆ったアイアンマスクがカイエン伯爵の本心を隠すように曖昧にした。


「この屋敷に、私の側にずっと居て下さい。貴女に安寧を齎すように努力します」

「あの、伯爵様、ど、どうしてそんなに良くしてくれるんですか?」

「貴女は私の希望です」

「えーと、わわ、私が伯爵様に何かした事はありません。ど、ど、どうして希望なんですか?」

「貴女は知らなくても良いのです。妻というのも肩書きです。ただ不自由無く暮らしてくれさえしてくれたらそれで良いのです」

「あの、私は妻の振りをすれば良いんですか?」

「貴女と私は歳も離れています。妻とは言っていますが、親子のように兄のように慕って下されば結構。何れ貴女を任せられる人物が現れた時は貴女を自由にしましょう」

「あの、は、伯爵様。私は伯爵様を、な、何と呼んだらいいですか?」

「私の事はロンと呼んでくださって結構です」


アリスは頷いた。

お飾りの妻であっても、透明人間のアリスに優しくしてくれるロンに精一杯感謝した。


「あの、ろ、ろ、ろ、ロン様。あ、ありがとうございます」


ロンは黙って口端を上げた。











アリスがカイエン伯爵邸に来て一月が経った。

屋敷の皆やロンは相変わらず優しく、アリスは快適に過ごせていた。

アリスは屋敷に来てから家庭教師に教育を受けている。

学ぶ喜びを知ったアリスの吸収力は凄まじく時々ロンを驚かせる事もあった。

そして、アリスは並行して吃音とも向き合っていた。

言語や音声、発達について外国で学んできたアーサー・ブロンテという若い医師が担当した。

アーサーは、侯爵家の次男でもある。

アリスはアーサーに週に一度の治療を受けていた。

アーサーが言うには、吃音を気にして話さなくなるのが一番良くないそうで、会話を増やして行けば未だ思春期の途中であるアリスなら次第に治っていく可能性も高いとの事だった。

アリスはそもそも人と会話をする機会に恵まれない環境で暮らしていた為、自覚の無い吃音症であった。


「アリスさん、ゆっくりそっと話し出すようにしてみてくださいね。おーーはーようございます。このように最初の音を意識してゆっくりと伸ばしながら。やってみましょう」

「お、お、おーはーよーう」


アリスは上手く出来ない事に落胆する事もあった。

けれどアーサーは繰り返し繰り返し付き合ってくれた。

すぐに治る類いのものではない。

時間を掛けて気にしすぎず、会話を楽しむのが重要だとアーサーが言っていた。

アリスは、当たり前に仕事をしているアーサーを良い人だと思った。

アーサーに限らず、この屋敷に集う人間は優しい。

家庭教師のギルバート・ロウウェルも優しい。

読み書きと数を数える事が辛うじて出来るだけのアリスに週二回怒りもせずに付き合ってくれている。

ギルバートにしても仕事である。

しかし、ずっと誰かに無視される生活が当たり前になっていたアリスには十分優しいと感じられた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ