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「まあ、なんて不潔な場所なのかしら?!本当に人間が住んでいるの?」

「今時使用人でももう少しマシな所に住んでいるわ」


二人は一斉に喋り出した。

アリスは混乱した。

透明人間の部屋にどうして普通の人間がいるのだろう。

一体何をしに来たのだろう。

しかし、アーロンが去ってからの七年間挨拶程度しか話さなかったアリスがそれらの疑問を上手く口に出来る筈も無い。


「あなたねえ、いい加減に私達に迷惑を掛けないでくださるかしら?!」


ユリアが苛立った様子でアリスを詰った。

アリスは何の事か分からない。

捲し立てられて頭がパンクしそうだった。


「あなた……。もしかして人間の言葉が話せないのね?笑っちゃう!」


二人は一斉に嘲笑を上げた。


「これなら安心ね。お母様、私が伯爵家にお嫁に行くわ!ねっ、いいでしょう?!」


ブリジットは弾んだ感情を露わにユリアの腕に巻き付いた。


「そうね、お父様に聞いてみましょ。でもブリジットがこんなに早く嫁いでしまったら寂しいわ」

「お母様ったら」


二人は満足したように梯子を降りて行った。

一体何だったのだろうか。

アリスには皆目見当がつかなかった。


二人の会話の意味を透明人間に教えてくれる人は誰も居なかった。

アリスは無性にアーロンに会いたくなった。

もう顔も上手く思い出せなくなってしまった。

それでも辛い時、悲しい時、アーロンを思い出すと不思議と勇気が湧いた。

透明人間だっていいじゃないか。

何をしていてもみんな無視してくれる。

好きな時間に食事をとり、好きな時間に寝れる。

用事は無いからいつだって大好きなアーロンが貸してくれた本が読める。

アリスは、いつもそうやって自分を慰めていた。

もう寝てしまおう。

アリスは床についた。

薄いボロボロのシーツの下から藁がチクチクする。

だけどアリスは平気だ。

目を瞑ると、久しぶりにアーロンの夢を見た。

幸せな夢だった。



翌日。

珍しい事は続くもので、いつも気まずそうにアリスを無視する使用人のスコットが屋根裏部屋を訪ねてきた。


「旦那様がお呼びです」


それだけ言うと、階下に降りるように半身をずらして指図してきた。

何が起こっているのだろう。

アリスは記憶の限り、マルクと話した事が無い。

酷く不安になりながら梯子を降りた。

後からスコットも降りてきたが、付き添ってはくれないらしく、さっさとどこかへ行ってしまった。

心細く不安な気持ちでスコットに指示された応接間に向かった。

屋敷で使用人がしていたのを見よう見まねで応接間の扉をノックした。


「入りなさい」


アリスは躊躇いがちに扉を開いて中を覗く。

父のマルクと、男性が向かい合って座っていた。


「カイエン伯爵だ。挨拶なさい」


カイエンと紹介された人物は男性だった。

アイアン製のハーフマスクを着けているから顔が分からない。

口元に笑みがあるのを見つけられなければ、昨夜のように萎縮してしまうところだった。


「は、はじめまして、ここ、こんにちは」


アリスは挨拶をした。

マルクがきつい視線でアリスを見咎める。

どうやら挨拶の仕方がまずかったらしい。

一転、カイエン伯爵に笑みを向けた。


「このように満足なご挨拶も出来ない娘でして。この娘では無く、一つ下のブリジットという気立ての良い娘が私にはおります。今からでも遅くありません。如何でしょう?」

「何度も同じ事を言わせるな」

「ですが……」


言いかけたマルクを片手で制し、アイアンマスクの男性はアリスに顔を向けた。


「このような形ですみません」

「いい、いいえ」

「先の戦争で顔半分に傷を負ってしまいました。私が怖いですか?」

「あ、伯爵様、私はこ、こ、こ、怖くありません。まま、マスクから見える目がとてもき、き、き、綺麗です。だからちっとも怖くないです」


アリスは本心を話した。

真っ直ぐ見つめてくる瞳は澄んだ色をしていた。

カイエン伯爵は、マルクにはきつい物言いをしたが、アリスには丁寧に接してくれた。

優しそうだと思った。


「そうですか、では決まりです。子爵、彼女を今すぐ我が屋敷に連れて行きたい」

「それでは余りに急では?」

「今すぐ金が必要なのはそちらでは無いのか?」


マルクは下唇を噛むと、アリスを睨んだ。

金がいる?

この家は金に困っていたのか。

アリスは初めて知った事だった。

先週ユリアとブリジットが新作のドレスを作ろうか相談しているのを廊下で立ち聞きしたが、本当に金が無いのか?

アリスは分からない。

ドレスがいくらするかも見当がつかないからだ。


「荷物を纏めなさい」


アリスは何の事か分からなかったが、急いで応接間を出て屋根裏部屋に駆け上がった。

荷物と言われても、無くてはならない物は二つだけ。

毎日着けていたから草臥れてしまったエメラルド色のリボンと、アーロンが貸してくれた本。

いつかアーロンに返したいと思っている。

本を抱えて梯子を降りようとすると、階下からヒステリックな叫びが響いた。

ブリジットの声だった。

アリスはどうしようと梯子に伸ばしかけた足を止めて硬直した。

荒い足音と金切り声が近づいてくる。

アリスは益々小さくなった。

梯子の下まで足音が来た。

アリスはぎゅっと目を瞑った。


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