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※暴力的な表現があります!





♢




「アーロン、何故補給部隊を叩く作戦を立てたのだ?」


アーロンが十代後半まで師事していたゲイル・カルナバルが軍略会議の終わりに聞いてきた。


「本隊を叩くより効率的だったからです。補給部隊と分断すれば、本隊は現状では一週間と持たない筈ですから」


アーロンはさも当たり前の事のように答えた。

ゲイルは難しい顔をしてアーロンを見ている。


「反発が出ているのは知っているな?ラドルフ将軍は英雄志向の方だ。分かっていて提案したんだろうな」

「夢ではこんな下らない争いは終わりませんから。いずれにしろ、真正面から体当たりするような馬鹿な戦い方は終わりにすべきです」

「それはそうだが、そう真っ向から対立していては上手くいかないだろう?」

「非効率的です。私のやり方が気に入らないのでしたら代替案を用意してくださって結構」


アーロンが突っぱねると、ゲイルは溜め息を吐いて白髪混じりの後ろ頭を乱暴に掻き毟った。


「だから言ったんだ。お前は軍師として決定的に足り過ぎている」


ゲイルの独白を背に、アーロンはその場を去った。

アーロンがゲイルの推薦で軍師になったが、アーロンの立てる作戦は悉く相手側を執拗に追い詰めた。

まるで最初からそこに嵌るピースが分かっているような作戦に、いつしか味方までもがアーロンを畏怖した。

次第に孤立していくアーロンを唯一とも言える理解者である師のゲイルは配慮してくれていた。

その配慮が居心地を更に悪くした。

世捨て人のようにアンダーソン家でアリスと暮らしていたアーロンを呼び戻してしまった贖罪なのだろうか。

悪鬼を世に放ってしまった事に対しての詫びのつもりなのだろうか。

アーロンは、ただアリスがいたあの優しい時の中を揺蕩っていたかっただけだ。

そのアーロンの心の奥底は誰も知らない。

アリスでさえも———。






♢






コツコツと革靴の底を鳴らすように長い回廊を歩いていた。

よく晴れ渡った日だった。

太陽は空の高い位置にあり、爽やかな風が辺りを吹いている。

春の陽気が満ちていた。


アーロンは、捕えた敵の将軍の拷問部屋へと向かっていた。

ここは敵国の防衛戦に近い自軍砦だ。

堅牢な牢獄のような城。

その中庭に挟まれた回廊を歩いていた。

暫くすると、左手に地下へと続く階段がある。

一段降りるごとに、外の陽気が嘘のように遠退く。

アーロンは階段を降り、いくつかの扉を通り過ぎて辿り着いた扉の前で立ち止まる。

真っ暗な中に闇を凝縮したような真っ黒な扉。

中からはくぐもった叫びにならない獣の慟哭のような音が漏れていた。

スッとまた自分の良心が一つ消えたような気がした。


「左手は総て剥ぎました。右手は騎士の誇りですからね。慈悲深い私は左足から剥いであげましょう。利き足よりはマシでしょう?」


拷問官のオルテシオが苛虐的な笑みを浮かべ、椅子に縛り付けられた男の顎を持ち上げる。

アーロンは無表情で成り行きを見守る。


「さて、繰り返しの質問になって申し訳ありませんが、もう一度。昨夜の奇襲を掛けてきた位置が不自然だとそこに居られる軍師殿がおっしゃるんですよ。貴方なら我が軍に入り込んだ鼠をご存知の筈です。三つ数えます。三……二……一」


オルテシオが屈み込んで男の左足の親指の爪を剥ぎ取る。

すぐ様手元にあったハンマーで親指を叩き潰した。

男は爪を剥がれる衝撃には耐えたものの、ハンマーの打撃は予想外だったのか、情け無い叫び声を上げた。

青白い顔で肩で息を荒く吐くと、男は昏倒した。


「指一本で情け無い。アーロンさん、なかなか彼、口を破りませんねえ。実子か妻でも連れてこれたらもう少しどうにかなるかもしれないですがね。自分の痛みよりは家族を痛め付けられた方が自白しやすいんです。私の経験上」


オルテシオは革手袋を嵌め直し、盥に入っていた水を男にかけた。

水を浴びせられた男は朦朧とした視線を漂わせている。


「爪の続きをしようと思っていたんですがね。やめました」


男に手枷と足枷を付け、四つん這いにすると下半身を丸出しにした。

アーロンは先の事が予見出来てしまい、思わず視線を逸らす。

これだけは何度見ても気分が悪くなる。

オルテシオもアーロンのその仕草が気に入っているのか、アーロンが来ると殆どこの手の拷問を行うようになってしまった。


「やめろ!それだけは!!」

「では、答えてください。鼠は誰ですか?」

「ぐう……ぎ、ゃ……あっああーーっ」


肉が打つかる音が室内に響く。

最低の行為だ。

まるで動物のような惨めたらしい男の泣き声が充満する。

尊厳も何もかもを奪うような行為。

アーロンはそっと口元を左手で覆った。

胃の中の物が逆流する気配を堪えながら、やり過ごした。

支配的な行いが暫く続くと、男の倒れ込む様子が目の端に見えた。


「駄目ですね。これだけやって吐かないとなると、この男の近親者の可能性が高いでしょう。それか、位が上か……。それは無いですね。敵国に入り込むぐらいですから、この男より位が上の人間という線は無いですかね。如何しますか?」


オルテシオが顎で男の処遇を問うてきた。

アーロンは視線を天井の梁に掛かっているロープに定め、頷いた。

情報を吐かない捕虜でも敵国の高位貴族の捕虜などは生かしておく。

だが、この男は中隊の将軍ではあるが叩き上げの下位貴族の者だ。

自軍にとって大して旨味が無い。

アーロンは戦争に加担した時から努めて合理性だけを重要視していた。

一刻も早く帰らなければならないからだ。

アンダーソン家からアリスを早く解放する為に。

スカーレットのように惨めな最後は絶対に阻止しなくてはいけない。


その為には、どんなに惨めな死を遂げる人間が近くに居ようとも情けはかけないと決めていた。


冷酷にならなければ。

もっと冷酷に———。


アーロンは捕虜の男とオルテシオを置いて部屋を出た。

無情に閉じられた扉の向こうで起きる結末は予想通りのものであった。






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― 新着の感想 ―
[一言] 軍師というか、汚れ役の参謀でしょうか。 「項羽と劉邦」の中に陳平という参謀が出てきて、やはりひどいやり方をするので、劉邦は嫌っています。 ただ、彼の働きがなければ勝てなかった。 その話を思い…
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