どこにも存在しない土地(3)
4
御乗用列車の実況見分も、場所を変えて、同時に行われていた。
現場の栗橋駅に到着した曳地と警察無線で連絡を取って、荒瀬は状況を訊き出していた。
『検視官が司法医と手分けして検視中ですが、かなりの死傷者が出ている模様です』
「皇族は? 乗り合わせた皇族にも被害があったのか」
日本側が協力したとしても、皇族が人身御供となるような今回の選択を認めた事実が、腑に落ちなかった。
『皇族の殿下に怪我は一切なかった模様です。護衛のために派手に立ち回った皇宮警察の女性側衛官がいたらしいです。殿下の無事は、女性側衛官の活躍に依るところが大きそうですね』
「女性側衛官が、護送されていたテロリストを殺したのか?」
声を強くして荒瀬は確認した。
電話の向こうで、驚いた曳地が言葉を呑みこんだ。
『《護送されていたテロリスト》が、殺害されたんですか?』
捜査一課には、何も知らされていない。
〈すべては公安の掌の中か〉
荒瀬は力が抜けた。無理を承知で引地に訊いた。
「戦闘に関係した死傷者の中に、国際テロリストの柳谷が含まれてはいないか」
柳谷殺害が同時テロの主眼だったはずだ。
『検視が入る前に、戦闘員の死傷者が運び出されています。戦闘員に関しては、公安が取り仕切っていてわかりません。渡された捜査資料に《コウヘイ・ヤナギタニ》の名前がありますよ。他にも柳谷が所属する《紅い翼》の主要メンバーがいますね』
「柳谷を餌に一網打尽を狙ったのか。テロ集団どうしの勢力争いだったんだな」
思わず口にした荒瀬の言葉に、何も知らない曳地が混乱した。
『攻撃したグループは《ドン・キホーテの会》だったはずだ。嘘でしょう。二組もテロ集団が関連していたのですか?』
「そうだ、戦争だったんだ。詳しくは公表されないだろうがな」
外事警察が動いていた。事件は完全に揉み消される。
事件の真相が不明瞭になった段階で〝国際テロリストが銃撃戦に巻き込まれて死亡〟の記事が新聞の片隅に載る段取りだ。
もはや荒瀬のような一介の刑事に付け入る隙はない。
〈なんとも、無力なものだな〉
公安が最初から関与していた経緯は、明らかだった。
5
『公安が関与していながら、どうして御乗用列車を選んだんでしょうね』
「奥畑の要求だな。武力の行使に過敏な日本で戦争と同様の銃撃戦を行うんだからな、御乗用列車が戦場に選ばれ、皇族が巻き込まれるまでの筋書きでもなければ、国際的なメンツが立たないからな」
荒瀬の隣で話を聞いていた城田が、鼻で笑う。
「確かに、国際社会に持ち出しても遜色のない、派手な打ち上げ花火でしたね」
荒瀬は城田を窘めた。
「よせ、不謹慎だ。多数の死傷者が出ているんだぞ」
城田を咎めたものの、現場から離れているために、荒瀬も実感を持ち切れずにいた。
『やはり、公安ですかね』
「公安部でなければ、決して受け入れられない条件だな」
無線の向こうで、曳地が呆れた声を出した。
『何が本当で、何が嘘だか、さっぱり判らないですね。ところで、奥畑は生きていたんですね。荒川で撃たれたとき、胸が血に染まったんで、死んだと思いましたよ』
「マーカー弾を使ったか、防弾衣に染料を隠し持っていたのさ。荒川に落下して、確認ができなかったが、怪しいとは思っていたよ」
無線で曳地と話していると、視界の端に管理官の姿が映った。官僚然とした背広の男と難しい顔で何かを話し合っていた。
話し合いが終わると、溜息を吐き、管理官が荒瀬に向かって作り笑いをした。
管理官は荒瀬に近付き、足を止めた。
「今回は、大変だったね。君たちは大活躍だった。捜査は、もういいよ。しばらく休養を取るといい」
荒瀬の肩を叩き、緊張した顔つきで管理官が告げた。背広姿の男たちが無表情で荒瀬と城田の両脇を固めた。
「邪魔だから、捜査から外れろ、って話ですか」
興奮した城田が管理官に食って掛かった。荒瀬は宥めながら城田を止めた。
城田を睨みつけながら、管理官が捻り出すように告げた。
「現場で見聞きした事実は、決して口外するな。警察庁の決定だ。従ってもらわないと、困る」
「まさかの〝チヨダ〟が、お出ましですか。参ったな、お手柔らかに頼みますよ」
荒瀬は苦笑した。背広姿の男たちは、公安の作業班だった。荒瀬は理解した。しばらくは、監視されて生活する破目になる。
城田の顔を覗き、荒瀬は言葉を続けた。
「悪かったな、無理に付き合わせちまって」
「構わないです。自分ら、何も悪いこと、していないですから」
眉間に力を入れたままで、不満たっぷりに城田が言い残した。
作業班の男たちに挟まれながら、荒瀬は黒塗りの車に向かって連行された。
城田が連れて行かれた先は、荒瀬とは違う車だった。
二人の処置に関係なく、首都高速道路上での鑑識作業は続いていた。
〈このまま、職場替えもありかな。今度は〝秘聴〟にでも命を燃やすか〉
車に乗り込む直前だった。つまらない冗談を考えて、荒瀬は小さく笑った。 〈了〉




