どこにも存在しない土地(1)
1
奥畑が構えたアサルト・ライフルは、射撃直前に、銃口が動いた。照準がマクガヴァンから、背後の装甲で覆われた護衛車に合わされた。
「頭を下げろ! 車の陰に身を隠せ」
荒瀬は城田に向かって叫んだ。
アサルト・ライフルが発射音を響かせた。
激しい銃撃戦が開始された。季節外れのスコールのように、突風と銃弾が車体を叩く。轟音が、激痛を鼓膜に刻みつけていく。
後方に停車した車に、流れ弾が着弾痕を残していく。
ヘッドライトがカバー・ガラスごと砕け散る。ドア・ミラーが吹き飛んだ。
車体に護られた僅かな空間が、際限なく狭められていく。
突然の銃撃戦に驚いた一般人が、恐怖に表情を凍りつかせていた。
ほとんど心神喪失状態だった。
意識を取り戻し、暴発行動に出るよりは、マシだ。外に飛び出せば確実に銃弾の餌食になる。
途切れない着弾音に身を竦めながら、城田が無線で応援を要請した。顔を上げて、城田が状況を覗こうとする。
掌を差し向けて、荒瀬は城田を止めた。
「やめろ、危険だ。銃撃戦は、すぐに終わる」
繰り広げられる戦闘に、荒瀬は作為的な匂いを感じていた。先を急いで、流れ弾と心中するつもりはなかった。
繰り広げられる新たな展開の一部始終を、漏らさず見届ける必要があった。
予想通り、銃撃戦は線を引いたように、一斉に止んだ。
後方から応援に駆け付けたパトカーのサイレンが聞こえた。赤色回転灯が、渋滞の高速道路を掻き分けながら進んで来る。
「急いで退避してください。頭を下げて、渋滞の後ろまで移動してください」
停車している一般人の車に向かって両手を上げ、荒瀬は避難を求めた。
城田が引き継いで、避難要請のために後方の車まで走っていった。
車から飛び出し、必死の形相で逃げ出す人々。恐怖に駆られ、車内から動けない者もいた。
高架になった首都高速道路は、悲鳴と怒号に包まれ、パニックに陥った。
2
荒瀬は振り返って、対峙する奥畑とマクガヴァンに視線を戻した。
奥畑が英語でマクガヴァンに語り掛けた。
「これくらいで、いいな。これで大義名分が立つはずだ」
荒瀬は耳を澄ませた。英語は不得意だったが、概略は理解できた。
「大義名分なんか、アメリカ合衆国には、いつだってあるさ。ベトナムの英雄だった元国務副長官を襲ったんだからな。殲滅されても当然だ」
「それは困るな。殲滅されては、元も子もない」
惚けた態度で、奥畑が笑う。
マクガヴァン側は、誰一人として倒れた者がいなかった。
頭を抱え、震えてしゃがみ込んでいる内木明憲を除いて、誰一人として戦闘前の体勢を崩していなかった。
護衛車の装甲に残された着弾痕は、刳り抜いたようにマクガヴァンと傭兵を避けていた。
荒瀬の位置からでは確認できないが、奥畑側も同じはずだ。
硬直状態になった二人の睨み合いを見ながら、荒瀬は時計を覗いた。
城田が応援を要請してから、時間が過ぎていた。後方から近づいていたパトカーも途中で停まっている。
応援は、まだ来ないのか?
〈連絡が黙殺されたのか? マクガヴァン氏が元アメリカ合衆国の要人だからか。上層部からの揉み消し指示が入った可能性もあるか〉
荒瀬の焦る気持ちを察したように、奥畑が構えていたアサルト・ライフルを上空に向けて連射した。
「撤収するぞ! それぞれ、これで旨く纏まるはずだ」
奥畑の一言で、ゲリラ部隊が車に分かれて乗り込んだ。
マクガヴァンの護衛車が移動して道を開け、〝ドン・キホーテの会〟を乗せた偽の捜査車両と鑑識車両が動き出した。
パトカーのサイレンが再び鳴り始めた。回転灯の赤い光が首都高速道路上を近付いてきた。
マクガヴァンが荒瀬に向かって英語で告げた。
「現場検証を始めてくれ。我々は危険を回避するために、車に戻る。用があったら呼んでもらえばいい」
腰が抜けた内木明憲を促して、マクガヴァンが護衛車に戻った。
残された《リチャード・マクガヴァン暗殺未遂事件》の痕跡を前にして、荒瀬は眉を顰めながら立ち尽くしていた。




