テロリストの最後(3)
5
「柳谷を、こちらに引き渡せ」
犯行グループの中から女の悲鳴が上った。
中学教師が一人、首を抱えられて、拳銃を顳顬に突き付けられていた。
『柳谷を連れて立ち上がれ。要求に従う振りをするんだ』
イヤホンから指令が届いた。
「立て、犯行グループの指示に従うぞ」
「ずいぶん、あっさり従うんだな。何か謀っているのか」
皮肉たっぷりに、せせら笑いながら、柳谷が、ふざけて降参の両手を上げた。不貞腐れた動きで立ち上がる。
柳谷が勝ち誇った表情を見せた。
眉間に力を込め過ぎて、韮山は頭が痛んだ。
〈くそっ、このままで終わるのか〉
悔しさに身震いしながら、ホルスターの拳銃に手を伸ばしたくなる衝動を抑えた。
『よく聞け。命令だ』
イヤホンから声が聞こえた。続く命令に韮山は耳を疑った。
『総攻撃を行う。反撃に紛れて、柳谷を射殺しろ』
問い返す余裕はなかった。
〝緊急停止します!〟
機械的な緊急放送が列車内に響いた。
〝キィィーッ!〟と耳を劈く金属音が、空気全体を切り裂いた。身体全体が前方に倒れ込みそうになる。
背凭れにしがみ付き、柳谷が必死で倒れまいとする。笑い声を上げようとした。
保線車輛からの攻撃で崩れ落ちた窓から、黒い塊が投げ込まれた。
〈特殊閃光弾だ!〉
咄嗟に下を向いて、韮山は耳を塞ぎ、瞼を強く閉じた。
瞼が閃光を通して赤く光った。
爆発音で鼓膜に痺れが残ったが、視覚も、聴覚も辛うじて被害を受けずに済んだ。
6
怒号と共に、窓から一斉に特殊急襲部隊が飛び込んできた。
閃光弾程度で打撃を受けるゲリラ戦闘員ではなかった。
激しい銃撃戦が巻き起こった。
悲鳴と怒号。被弾して炸裂する銃弾によって、血飛沫と破壊屑が立ち込めた。
煙幕になって視界の邪魔をする。
「いいよ、いい。興奮する光景だ」
恍惚とした表情で、狂ったと見紛うほど高らかに柳谷が笑った。
ホルスターの拳銃を握りながら、韮山は躊躇した。イヤホンの声が、韮山に凶行を迫った。
『悩むな。柳谷を射殺せよ。命令だ』
戦闘は激しさを増した。韮山は拳銃を抜いて、興奮して気付かない柳谷に向けた。
柳谷の近くで、銃弾が座席を吹き飛ばした。笑いながら振り返る柳谷が、銃を構えた韮山を見つけて動きを止めた。
ほんの一瞬、柳谷の瞳に悲しい光が浮かんだ。
狂気で武装した柳谷の鎧が崩れた。
〈かつて殺した女を想って悔やんでいる〉
バカな。韮山は頭を振って、根拠のない想像を打ち消した。
凍りついた柳谷の表情が崩れた。
「できねえよ。てめえには」
韮山を馬鹿にして、柳谷が嘲笑う。
『射殺しろ!』イヤホンの声が繰り返す。
韮山は歯を食い縛りながら、柳谷を睨んだ。引鉄に当てた指が動かない。護衛対象者を殺せ。理不尽な命令に心が壊れそうだ。
「退いて、私が殺す!」
まだ子供のような女の声だった。
突き飛ばされた韮山は、声の主を見上げた。拳銃を構えたSAT隊員が柳谷に向き合っていた。
SAT隊員が防弾バイザーを持ち上げた。女だった。
「美恵子か? 迎えに来たのか」
目を見開いた柳谷が声を震わせた。
「地獄に行きやがれ、変態野郎が!」
「娘か……」
現実に気付いた柳谷が、嘲笑おうと頬を緩めた。
躊躇いもなく、銃声が響いた。
間抜けな顔を残した柳谷が、額に小さな穴を空けて、崩れるように後ろに倒れた。
防弾バイザーを下ろして、女が立ち去った。
「待て! お前は誰なんだ」
韮山の声は列車内に溢れる戦闘の噪音に紛れて消えた。
納得しきれない思いが、韮山を包み込んでいた。
〈とにかく、これで終わったんだ〉
言い聞かせようとした。だが心に残った蟠りが消せなかった。
本当に、これで良かったのか。
韮山は答えの出ない疑問で、自分を責め続けていた。




