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デッド・セクション(2)

        3

 連絡が入った。無線担当が由紀子を呼んだ。

「東武鉄道の運転指令から直通入電しました。協力に向かった垣内さんからです」

「私に、ですか? 運転指令だもの、通話の相手は松浦さんですよね」

 由紀子は苛立ちを感じていた。

〈垣内さんが責任を持ってスジを担当すれば良かったのよ。最初から、私には無理だと主張していたんだから〉

「ゴタゴタ言わずに、電話を代われと怒っています」

 無線担当が、由紀子に向かって受話器を突き出した。渋々、由紀子は受話器を取った。

『何をやっているんだ! 間もなく東武鉄道に乗り入れだ。早く連絡を寄こさないか』

「乗り入れ前に特殊急襲部隊(SAT)が突入を予定しています。乗り入れにまで、至らない可能性がありそうです」

 垣内には訊きたい質問があった。由紀子が書いたダイヤグラムに後からスジを書き足した人物は、もしかして垣内ではなかったか。

 しかし、自律分散型列車運行管理(ATOS)システムにログインするためには、JR東日本の社内に残っている必要がある。

 垣内は東武鉄道に支援に行ったはずだ。

「垣内さん……。本当は、どこにいるんですか?」

『東武鉄道だ。当然だろう』

 由紀子は垣内の返事に不自然さを感じた。追及しようとすると、松浦が振り返った。

「御乗用列車の減速が遅れているぞ。乗務員交換デッキを突っ切るつもりだな」

 御乗用列車が栗橋駅に近付いていた。乗り入れ車線に分岐した後で、軌道は大きくカーブする。減速が必要だった。

自動列車停止装置(ATS)を作動させて、減速と緊急停止を願います」

 由紀子の指示に添って、御乗用列車の緊急停止が強行された。

 御乗用列車は、乗務員交換デッキに差し掛かった位置で、停車した。乗務員交換デッキには、手配した救急隊員とSATが待機しているはずだ。

「御乗用列車が再び動き出したぞ。運転台でATSを解除したらしい」

 松浦の言葉を聞いて、由紀子は垣内に訊いた。

「東武日光線の運行状況を教えてください。交差支障を発生させられないですか。日光線、下り線への乗り入れを、妨害したいんです」

『何も手を加えないで、そう上手く列車の通過時刻が重なると思うか』

 垣内があっさりと答えて無線を切った。皮肉っぽい口調が由紀子は気になった。

「おい、御乗用列車が減速したぞ。このまま上手く行けば、デッド・セクションで停車だ」

 壁の表示盤を見上げて、松浦が伝えた。東武鉄道と連絡を取った無線担当が、笑顔を見せながら振り返った。

「信号故障で遅れていた東武線上り区間の快速電車が、現在、東武栗橋駅を通過中だそうです」

 御乗用列車が東武線との連絡線上で停車した。運転士がデッド・セクションを目指して停車したと、指令室にいる誰もが理解できた。

 安堵の思いが胸に溢れた。由紀子は目を瞑り、深く息を吐いた。

〈あとは、お願いします。救助と事件解決が、無事に済みますように〉

 生まれて初めて、由紀子は見知らぬ神様に祈りを捧げた。

〈やるべきことは、やり遂げた〉

 ここから先、由紀子は無力だった。

 スジ屋としての由紀子は、もうボロボロだった。散々攻撃を加えられ、精神的なダメージは極限に達していた。

 天皇陛下の希望を受けて、廃止される特急列車との並走を仕組んだ父親とは、比べ物にもならなかった。

〈一刻も早く、御乗用列車から手を退きたい〉

 落ち込んだ由紀子に、無線担当が受話器を差し出した。

『良くやったな、由紀子ゆっこ。これで、もう一人前のスジ屋だな』

 受話器の向こうから、垣内の優しい声が聞こえた。

「一人前のスジ屋だなんて、そんな……」

 堪え切れずに涙が溢れた。〝スジ屋〟と呼ばれただけで、充分だった。

 まだ解決していない状況で不謹慎だが、垣内の声を聞いて、ようやく由紀子は役割を遣り遂げたと実感した。

 父親の顔を思い浮かべて、由紀子は、さらに涙が止まらなくなっていた。


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