デッド・セクション(1)
1
御乗用列車の映像が、壁の表示盤に繰り返し映し出された。攻撃を受けた直後の東鷲宮駅で、通過時に撮影された映像だった。
由紀子は悲惨な画像から、目が離せなくなった。
流線形のスタイリッシュなフォルムが売り物の100系スペーシアは、先頭部分を除いて、一両目が無残に破壊され尽くしていた。
窓ガラスは悉く割られ、千切れたカーテンが、手招きする亡霊のように、ぶら下がっていた。
車体部分には、ライフルの貫通した弾痕が、月面のクレーターのように空いている。
映像を目にした瞬間から、言葉だけでは漠然としていた情報が現実に変わった。悲惨な現実が、冷酷に由紀子の精神を責め苛んだ。
運転士からの報告が、無線から流れた。
『保線車輛の追撃を振り切るため、次の栗橋駅まで、走行を継続します。栗橋駅で被害者の搬出と警察の応援を準備願います』
「了解した。栗橋駅、東武鉄道との連絡線内、乗務員交換デッキにて特殊急襲部隊の突入と被害者の救出を、既に準備中」
警察からの指示を踏まえて、松浦が無線に答えた。
『先頭車輛で、侵入してきた犯人グループと私服警察官の睨み合いが続いています。車内には複数の乗客が、折り重なるように倒れています。心肺停止状態の被害者も相当数、出ている模様です』
運転士に続いて、無線が車掌の報告を伝えた。
〈私のせいだわ。私の対処が、もっと的確だったら、攻撃を回避し、被害者は減らせたはずなのに〉
自戒の念が込み上げて、由紀子は激しい自己嫌悪に陥った。
〈私が死ねばよかった。乗客は、ほとんどが女子中学生だ。まだ、前途が充分にある身なのに、取り返しのつかない失敗をした〉
「もう、やめておけ。誰がスジを引いても、死傷者は免れなかった。自分を責めるな。由紀子のせいではないんだからな」
落ち込んだ由紀子に気付いて、松浦が宥めた。
罪悪感は治まらなかった。
2
御乗用列車は走行を続けていた。次の栗橋駅には、乗務員交換デッキの先に、心配な場所があった。
〝デッド・セクション〟
JRと東武鉄道の相互乗り入れのために設置された緩衝区間だった。JR、東武鉄道双方の電流混触を防ぐために、設置されている。
長さ八十メーターの区間だが、列車は無電区間を惰行で通過する。
何らかの事情で〝デッド・セクション〟内で停車した場合に問題が発生する。
列車は東武鉄道側に設置された断路器を使用して、東武側の饋電線を接続して通電する必要がある。
由紀子は、心配を伝えるために松浦に声を掛けた。
「〝デッド・セクション〟が利用されて不利になったり、しないですかね?」
「直前の乗務員交換デッキでSATが突入を予定しているからな。〝デッド・セクション〟を利用される心配は、ないだろう」
〈警察が配備された乗務員交換デッキに隣接しているんだもの。松浦さんの想像通り、〝デッド・セクション〟を使って攻撃を仕掛けては来られないか〉
由紀子の不安を逆撫でするように、運転台からの無線が緊急事態を告げた。
『何者かが、運転席に侵入しました。武装しています』
銃撃の音が聞こえて、無線は途絶えた。無線機が破壊された模様だ。
無線担当が、途切れた無線に向かって繰り返して叫んだ。
「運転台! 運転台! どうしましたか? 連絡願います!」
完全に使用不能になっていた。松浦が無線担当に向かって大声を出した。
「異常用の携帯電話に連絡できないか?」
無線担当が指示に従って、携帯電話に通話を試みた。何度となく試しても、繋がらなかった。
「連絡していますが、接続がありません」
苛立ちながら、無線担当が松浦に報告した。頭を抱えて、松浦が由紀子に顔を向けた。
「運転台が乗っ取られたかもしれないな。由紀子、どうする」
「乗務員交換デッキまで、もうすぐです。あとは警察に任せるべきです。もう私たちには、手立てがないです」
机上の理屈だけでは対策が限られている。全体の流れを整えられても、個別の問題は現場でしか解決できない。
運行指令もスジ屋も、現実を前にしたら、無力だ。
「由紀子の言う通りだな。もはや、お手上げか」
「情けないです。今までに乗り越えた障害は、いったい何の意味があったんですかね?」
由紀子はスジを引いていた鉛筆を、机の上に落とした。




