われは知るテロリストのかなしき心を(2)
3
由紀子は、栗橋駅での東武線乗り入れの準備を始めた。
システムに記録された、スジの全記録を見直した。
大宮総合車両センターに入構する直前の軌道を確認する。由紀子は奇妙なスジが書き足されている事実に気付いた。
「これは、何?」
思わず、独り言が口を衝いた。御乗用列車が大宮総合車両センターに入構せずに、東北本線上を通過した場合。
同じ島式ホームで特急列車を待ち合わせ、追い越されるダイヤになっていた。
「特急列車なんて、リバイバル運転でもない限り、走っていないわよ」
特急列車は583系『ひばり』で、東北新幹線の完全開通を前にして、1982年11月14日を最後に、現役を引退した車輛だ。
由紀子は最終日を思い出した。当日が、父親である〝スジ渕〟痛恨の日だったと気付いた。
同日、東北巡幸に向けてお召列車が走行していた。大宮駅構内で特急列車と並走した。
僅かな時間だったが、スジを見落とした。〝スジ渕〟の失敗として記録に残された。
「あの日が、特急列車583系『ひばり』の最終日だった。ということは……」
由紀子は一瞬、父親の穏やかな顔を思い起した。
エキナカ専門店で客に礼をした後で、顔を上げた口元に、こっそりと満足げな笑みを浮かべた表情だった。
〈すっかり、やられたわ〉
思わず由紀子は失笑した。〝スジ渕〟の失敗、特急列車との併走は、意図的に組まれたものだった。
東北本線最後の特急列車を、天王陛下に、お見せするためだったに違いない。
もしかしたら、並走自体が、最後の特急『ひばり』と、お別れをするために、天王陛下が望まれた私的な行為だったのかもしれない。
〈でも、どうして、ダイヤグラムの中に、古い記録が書き込まれているの?〉
由紀子は、スジを書き換えている人物が父親と徒弟関係にあった垣内か、もしくは〝スジ渕〟つまり父親の溝渕健二ではないかと想像した。
〝スジ渕〟の失敗を示して、由紀子が理解できると判断できる人物は、どちらかだ。
しかし、二人とも、御乗用列車に攻撃が加えられるように、由紀子の引いたスジを書き換える動機は考えられない。
〈今は考えなくていいわ。栗橋駅の準備を済まさなくては〉
東武線への乗り入れを確実にしなければ、由紀子の責任は終わらない。由紀子は色鉛筆の先で頭を掻き、スジを読むために、力を込めてダイヤグラムを見回した。




