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われは知るテロリストのかなしき心を(1)

        1

 乗り直した首都高速道路は、渋滞が激しくなっていた。

 サイレンを鳴らし、一般車両を掻き分けた。だが、前進する速度には限界があった。

 荒瀬は首を傾げた。

〈どこかで事故でも起きているのか?〉

 自然渋滞にしては、流れが悪すぎた。

 外苑から先は、代々木、新宿と続く。ジャンクションや合流はない。普段から、身動きがとれないほど、渋滞が起こる場所ではなかった。

 偽の捜査車両は、すでに視認できなくなっていた。

 身動きの取れなくなった大型トラックが、前方を塞いでいた。苛立っている城田に、荒瀬は訊いた。

「この路線に関係する施設で、渋滞を招くような特別な催し物の開催予定が何か、あるのか?」

「特にないはずですが、所轄署に確認します」

 道を空けるようにと、スピーカーでトラックに指示を出した。城田が口調を変えて答えた。

 荒瀬は苦笑した。考えを纏めるための独り言のような質問だった。

「いや、俺が確認するからいい。城田シロは運転に専念してくれ」

「いいんですか、それで」

 城田が申し訳ない声を出した。

 ようやく大型トラックが隙間を空けた。城田が、アクセルを踏んだ。

 捜査車両を隙間に突っ込ませる。前の車輛たちが、慌てて次々と両端に車を寄せていく。

「こちら〝けいし一四一四〟。首都高速四号線沿線で、本日、警備が予定される催事を、確認されたし」

 荒瀬はマイクを取り、所轄の新宿警察署に、確認を依頼した。型通りの文言を並べた後で、荒瀬は口調を崩した。

「渋滞に嵌って身動きができないんだ。至急で教えて欲しいんだよ。よろしく頼む」

『了解しました。交通管理センターも当たってみます……』

 キーボードを叩く音が聞こえた。周囲の声が微かに伝わってくる。荒瀬は空いた指で膝を突いていた。

 調べ終えた交通課の担当者が、説明を始めた。

『警備が予定される、公会堂、体育館等の催事は、ないですね。渋滞は代々木出口の少し先まで続いていますが、事故等の報告は一切ありません。首都高速全線で混乱が起こっています。朝から発生している、JR線の列車ジャックと防護無線を利用した走行妨害で、鉄道輸送が致命的な打撃を受けている影響ですかね。それから……ちょっと待ってください』

「何か、あるかい? 小さなことでも構わないから教えてくれ」

 冷静を装うつもりだったが、荒瀬は思わず声のトーンを上げた。

『経済産業省通商政策局が企画した、企業対象の講演会が新宿で予定されていますね。パネリストの中に、元アメリカ合衆国国務副長官リチャード・マクガヴァン氏が、政策コンサルタントとして出席します。警護を申し出たところ、〝私的なセキュリティ・サービスが用意されているから必要ない〟と断られたようです』

「もっと詳しく。マクガヴァン氏の予定は、どうなっている? 後援は、どこか? 特別な団体など、関連していないか」

 リチャード・マクガヴァンの名前に、荒瀬は引っ掛かりを感じた。

 ハンドルを小まめに調整しながら、城田が口を挟んだ。

「マクガヴァン氏ですか、奥畑に関係しませんかね」

 荒瀬は、城田に得心の笑顔を見せた。


        2

 国務副長官時代に、リチャード・マクガヴァンは対南米政策を進めた。政策の中で、麻薬組織と関連するゲリラ組織の一掃を推し進めた経歴があった。

「奥畑と繋がりが考えられる〝ラ・マンチャの軍隊ラ・マンチャ・デレ・ヘルシト〟が、リチャード・マクガヴァンに対して反感を抱いている可能性は高いな。鉄道テロの目的が、実は目晦ましのための偽装だったとしたら、どうだ? メイン・メニューがマクガヴァン氏の襲撃。考えられる筋書だよな。偽パトカーの中に奥畑がいた理由も、これで納得がいく」

「上手く繋がるといいですね」

 城田が笑う。「必ず、上手く繋がるさ」と、荒瀬は視線を前に向けた。

 事件の帰結点が見えてきた。

『講演会の予定が判りました。開始は午後三時、マクガヴァン氏は、只今、自前の護送車を利用して移動中ですね。講演自体の主催は、日本経営者団体連合会で、外務省が後援についています』

「外務省か……。担当者は分からないか」 

 外務省と聞いて、荒瀬は、先ほど訊ねた内木明憲の名が思い浮かんだ。不在だった理由が、講演会に関係していると直感した。

 しかし、先ほど断られたばかりの荒瀬が質問しても、外務省では警戒されて、答えて貰えないはずだ。

「会場に訊いてみたらどうですか? 外務省の事務官なら、間違いなく来賓リストに載っていますよ」

「そうだな、確認してみるか」

 城田の予想が当たった。内木明憲の名は、講演者兼通訳として、リストに載せられていた。

「ところで、内木明憲がマクガヴァン氏に同行しているとなると、妹の奈美も絡んでいる可能性がありますね。母親の復讐のために、奈美が柳谷を狙っている。想定していた流れは、間違いでしたかね」

「偶然じゃないのか。いや、偶然は、あり得ないな。内木奈美が奥畑と同じ思想に基礎を置いているなら、行動の目的は同一でなければいけない。当然、私怨ではなく、組織の目的に従うな。目的が二つに分かれていては、組織の力が半減するからな」

 荒瀬は考えが纏まらずにいた。城田が、少し笑って意見を加えた。

「あまり、一つの考え方に凝り固まらないほうがいいですよ。少なくとも、内木兄妹が同一線上に浮かんだ理由は、奈美が明憲の情報を意図的に盗み見たからですよね」

「おそらく城田の考えが正解だな。となると、今回の事件は、ずいぶん前から準備されていたんだな。兄妹がコロンビアに居留している間に、最初の種が播かれたわけだものな」

 それにしても、内木奈美が関係していないなら、二回目以降の柳谷に対する襲撃は、やはりCIAが行っているのか。

 最初の攻撃が奥畑の手で行われた事実は、何を意味しているのか。

 飄々とした奥畑の風貌に、悪辣な悪党の印象はない。何かしら純粋な理想に向かって、すべての駒を上手く動かしているように感じる。

 いつの間にか、好意的な人物像を創り上げようとしている意識に、荒瀬は警戒した。

〝われは知るテロリストのかなしき心を〟

 記憶の中から、石川啄木の詩が頭に浮かんだ。怒って破り捨てた、無断で部屋に貼られたチェ・ゲバラのポスター。

〈女子供は左翼思想のはかなさに憧れ、嘘っぱちの自由と平等にロマンスを感じやすいものだ〉

 反感が、いつの間にか共感シンパシーに転じかけていた。

〈気をつけろ、荒瀬順三! 感情で捜査の中立性を失うなよ〉

 荒瀬は心に言い聞かせた。迷走し始めた荒瀬の意識に、緊張した城田の声が響いた。

「見えました、偽パトカーです。停められているのは……」

「何だ、ありゃあ。まるで装甲車だな」

 荒瀬は、思わず目を疑った。

 黒塗りのリムジンの周りを、黒尽くめの車が護っていた。

 ハマーをベースとした重厚な車体は、機銃こそ搭載していないが、全体に装甲で覆われていた。

 威圧感だけでも、充分に首都高速の狭い道幅を塞ぐ迫力があった。

 興奮した城田が、息を抑えながら荒瀬に告げた。

「奥畑がいます。やっぱり生きていたんですね」

 偽パトカーから降りた奥畑がいた。仲間を引き連れて、アサルト・ライフルを構えていた。

 迷彩服に着替えていた。だが、南米風の模様が付いた毛糸の帽子は、同じだった。

「内木は? 内木奈美はいるか」

 奥畑以外のテロリストたちは、皆、一様に黒い目出し帽を被っていた。体型から、女性が含まれていると判った。

 だが、内木奈美かどうかは、不明だった。

「ここで停めてくれ。俺は降りる」

 手をこまねいて傍観するだけの選択はなかった。策を持ってはいないが、説得を試みないわけにはいかない。

〈ここは、戦場ではなく。日本なんだ〉

 荒瀬が路上に出ると、吹き抜ける風が鳴いていた。

「やめろ、奥畑! お前の母国を、これ以上、血で汚すな」

 荒瀬の存在を見つけた奥畑が、相変わらず飄々とした表情で笑った。

「刑事さん、危ないから、下がっていたほうがいいよ」

 荒瀬は言葉を返そうとした。そのとき、リムジンのドアが開いた。

 セキュリティ・サービスに護られながら、巨漢の外国人が姿を現した。

〈馬鹿な……。殺されたいのか〉

 ニュースでしか見た記憶はない。だが、間違いなく元アメリカ合衆国国務副長官のリチャード・マクガヴァンだった。

 怯えながら続いた人物がいた。外務省外務事務官の内木明憲だった。捜査資料で写真を見た記憶があった。

 まるで交渉開始のように、マクガヴァンは奥畑に向かって笑う。

「心配しなくていいよ、刑事さん。我々はすぐに、マクガヴァン氏(このひと)を殺しはしない」

 アサルト・ライフルを構えたままで、奥畑が荒瀬に向かって言葉を投げかけた。片眼を閉じて見せた。

 その姿は、まるで子供がふざけているみたいだった。


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