修羅場からの脱出(3)
4
出口手前の座席には、韮山に監視された柳谷がいた。凄惨な車内の状況を眺めながら、座っていた。
柳谷が薄ら笑いを浮かべた。
〈攻撃の目標は、柳谷のはずよね? どうして、ヘラヘラ笑っていられるのよ〉
まるで、攻撃目標が柳谷自身でないと、確信を持っている様子だ。
しかし、洋子には、腹を立てている余裕などなかった。何とか無事に、花子女王を防弾設備のある個室車輛に導かなくてはならない。
保線トラックが追い上げてきた。トラックの軌道が前方で御乗用列車と交差していた。
さらに前方は高架に造られた上り車線で塞がれている。あと少しの辛抱だった。もう少しで、保線車輛の並走は不可能になる。
掛け声が聞こえた。並走するトラックから、犯行グループの一人が御乗用列車の割れた窓に飛び付いた。
並みの人間ではなかった。
〈化け物なの? こいつらは〉
列車は高速運転を継続したままだった。窓にぶら下がった兵士が、腕力で強引に列車内に入り込んできた。
車内に入り込む前に、窓枠に乗った。兵士が車内を見回した。
洋子と視線が合った。
拳銃を抜いて、兵士が洋子の庇っている花子女王に向けた。
「きゃ~。撃たないで」
躊躇せずに、洋子は入り込んできた兵士に発砲した。
手応えがあった。
兵士が車輛と並走するトラックの間に落ちていった。
「やったぁ、水落さん、スゴイわぁ!」
振り返った千佳が、表情を変えた。
異常に気付いた洋子は振り返った。窓にしがみ付いた別の兵士が車内に入り込もうとしていた。
洋子の拳銃を確認した兵士が、いきなり発砲した。
「痛っ!」
右上腕に焼けるような痛みが走った。腕の下で、悲鳴を上げた千佳が、力を失った。洋子は力が抜けそうになる右腕を左手で支えた。
折れるほど腕が痛い。
〈引鉄を引くのよ。腕なんか折れたっていい〉
歯を食い縛って、必死で人差し指を手繰った。立て続けに三発。
目出し帽の眉間に穴が空いた。力を失って、瞳孔が開いた。
しがみ付いた腕から力が抜けて、兵士が窓から消えていく。
〈見なければよかった〉
兵士の視線が洋子の意識に残った。
犬の糞でなんか決してなかった。人間を殺した。認めたくない事実に翻弄されて、洋子は茫然となった。
「嫌ぁ!」
花子女王の悲鳴で、洋子は我に返った。
「女王殿下! 大丈夫ですか?」
「私じゃなくて……。千佳ちゃんが……。千佳ちゃんが、死んじゃう!」
足元に、千佳が崩れるように倒れていた。肩から血を流していた。息が荒い。
〈花子女王は? 花子女王が怪我をされていないでしょうね〉
泣きじゃくる花子女王の全身を、洋子は隈なく確認した。どこにも怪我はなかった。
銃撃は続いていた。感傷的になっている暇はなかった。
「やれやれ」
洋子は、力が抜けてぐったりした千佳の身体を抱え上げた。花子女王の背中に手を当てて、宥めながら囁いた。
「走りますよ。千佳ちゃんを助けるためです」
女王殿下の背中を押して、洋子は走り出した。
倒れている女子中学生の横を通り抜けるたびに、花子女王が悲鳴を上げた。
洋子は立ち止らずに足を速めていった。




