修羅場からの脱出(2)
2
「頭を下げて! 敵の攻撃よ」
窓の外を監視していた洋子は、警戒の声を上げた。
線路に沿って、高架になった新幹線の保線基地が造られていた。高架の上から、全速力で保線用のトラックが降りてきた。
大宮保線区の攻撃と同じ戦法だった。
助手席と荷台に、複数の銃口が見えた。御乗用列車に対する攻撃が準備されていた。
危険を感じた洋子は、腰を落とした。花子女王と千佳の頭を抱えて、窓から上に出ないようにした。
「このまま一気に進みます。個室車両はもうすぐですよ」
御乗用に改造した、個室車両に向かっていた。防弾ガラスに取り換えられた部屋まで辿り着けば、ひとまずは安心だった。
列車の揺れが激しくなった。攻撃から逃げ切るために、速度を限界まで上げていた。
腰を屈めて急ぐ足が、バランスを失って転びそうになる。
「危ない! 伏せて下さい」
一斉攻撃が始まった。複数の窓が、同時に砕けた。砕け散った窓ガラスが、音を立てて降り掛かってくる。
攻撃には、ライフル弾も加わっていた。バンッ、バンッと音が響き、列車の壁に次々と穴が空いていく。
砕け散った金属片が粉塵となった。女王と千佳を庇った、洋子の背中に降り注いだ。
被弾した座席シートの布材が、糸屑とスポンジ屑を噴き上げた。
顔を振って、洋子はガラス片を払い落した。砕片が頬を傷つけていた。皮膚に鋭い痛みを感じた。
生温い雫が、微量ながら皮膚の上を流れていく。
〈女王殿下は、大丈夫なの?〉
抱えながら護る花子女王と千佳の無事を、洋子は確認した。
恐怖に怯え切った表情ながら、花子女王と千佳は無事だった。歯を食い縛って、泣き出したい気持ちを堪えていた。
「大丈夫です! このまま、先を急ぎます。問題は一切ありません」
大声で言い聞かせて、洋子は立ち上がった。腰を屈めて女王と千佳の盾になる。
銃撃が、吹き付ける暴風雨のように続いていた。
壁に空く穴が増えていく。車内を飛び交う跳弾が、予想外の場所から襲ってくる。
悲鳴と泣き声が、至る所で上っていた。血を流した死体が、何体も転がっている。だが、全体を被害を確認する余裕など皆無だった。
〈弱気になると、被弾する確率が高くなる。移動しながら、しっかりと状況を確認するのよ。運気は死に物狂いで引き寄せるものだから〉
背広の上からホルスター内の拳銃に触れた。野獣の咆哮のように大声を出して、洋子は士気を挙げた。
3
窓の外を覗いた洋子は、目を止めた。保線用トラックが横に並んで走っていた。目出し帽を被った犯行グループの姿が見えた。
〈ハリー・キャラハンに、なり切れ。できるはずよ〉
心に言い聞かせて、洋子は拳銃に手を伸ばした。
目が合った犯行グループの一人が、洋子に銃口を向けた。
「気を付けなさい。あんたらは犬の糞よ」
洋子は、走りながら拳銃を抜いて構えた。照準を合わせて、迷わずに引鉄を引いた。
銃口を向けていた犯行グループの一人が、肩から血を噴き出させて、後ろに倒れた。
射撃には自信があった。訓練では常に最高点を叩き出していた。犬の糞にならば、いくらだって命中させてみせる。
犯行グループの報復が始まった。間髪を入れない銃撃が襲ってくる。
「床に伏せてください!」
洋子は、花子女王と千佳を床に伏せさせると、上から覆い被さった。
岩脇と穂村が、洋子に替わって、犯行グループと応戦した。警視庁のSPメンバーも応戦に加わった。
激しい銃撃戦になった。列車内に撃ち込まれた敵の銃弾が、内装を粉々に壊した。
粉塵となって飛び散った欠片で、列車内は視界が不鮮明になった。
『緊急停止します! シートに掴まってください』
車内放送が流れると同時に、金属を擦り合わせる急ブレーキの悲鳴が響いた。慣性力が全ての乗客を襲った。
新たな悲鳴が巻き起こった。立っていた女子中学生たちが、薙ぎ倒されたドミノのように床に転がった。
並走していた保線トラックが、視界から姿を消した。ブレーキが遅れたせいだ。
急ブレーキで停まった保線トラックが、再び窓の外に姿を見せた。
運転士が、今度は一転して急加速を開始した。
保線トラックが後方に消えた。
「今のうちです。個室車輛まで走りますよ」
花子女王と千佳に声を掛けて、洋子は二人を立たせた。花子女王も千佳も、ほとんど半ベソ状態だった。
「いやですぅ。撃たれて死んじゃいますよ~」
「水落さんだけで行ってください。私たちは、ここに残りますから」
無理やり立たせたが、膝が笑って上手く歩けない様子だった。
「少しの我慢ですから、頑張って走ってください! 行きますよ」
車輛の出口に向かった。後押しをしながら、洋子は花子女王と千佳を走らせた。




