修羅場からの脱出(1)
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「どうして、ダイヤグラムに載らない軌道が存在するのよ」
ダイヤ図を前にして、由紀子は頭を抱えた。
御乗用列車の防護無線装置が発動された。
久喜駅構内の待ち伏せで狙撃されてから、間もなくだった。新たな攻撃が予想された。停車して障害物を確認する作業は危険と判断された。
表示された列車の在線状況を確認した。ダイヤグラムから危険なスジを捜した。御乗用列車の進行を阻む車両の存在は確認できなかった。
自動列車停止装置《ATS》を解除し、徐行運転に入るように由紀子は指示をした。
新幹線の保線基地が、久喜駅と東鷲宮駅間の廃止された貨物駅の跡地に造られていた。工事の関係から、不自然に途切れた高架の軌道が残されている。
攻撃を仕掛けてきた保守車輛は、残された高架の上に準備されていた。ダイヤグラムで確認できなかった理由は、保線基地が管理外だったためだ。
『保線基地から出てきた計画外のトラックが、並走しています。発砲が確認されました。対処を願います』
無線から聞こえる運転士の報告は、信じがたい内容だった。極限に達した緊張の度合いが、現場から離れた由紀子にも痛いほど感じられた。
「とにかく、東鷲宮駅まで、全速力で逃げ切ってもらうしか、方策はないな」
運行指令担当の松浦が、祈るように手を組みながら呟いた。
回避できる軌道はなかった。東鷲宮駅のホームは二階建てで上下線が別々の階になる。分岐点まで逃げ切れば、並走する軌道はなくなる。
スジの書き換えによる攻撃回避は不可能だった。
『トラックが攻撃を繰り返しています。何とかして下さい。複数の死傷者が出ている模様です』
「全速力で逃げ切れ! 我々は前方の障害を、全て取り除く」
松浦の返事を聞きながら、由紀子は最後のスジの見直しを急いだ。
栗橋駅までは上下線ともに一車線だけだ。栗橋駅で、御乗用列車が東武線乗り入れを行う時刻までは、支障となる列車をなくす必要があった。
主要列車の各駅到着時刻を組み直し、関係するスジを、それぞれ微調整しながら少しずつ寝せていく。
あくまでも無理のない時間調整が必要だった。
『上り線軌道から離れた。攻撃から脱出。ただし、多数の死傷者が出ている模様。栗橋駅で搬出準備の手配を乞う』
「了解。救急車を手配します。この先、栗橋駅まで、線路内での車輛の並走、追い越しはありません。栗橋駅構内でも車輛の並走、追い越しは回避しました。速度を上げて、進行願います」
松浦の返答を聞きながら、由紀子は深く息を吐いた。多数の死傷者が出た。安堵できる状況ではなかったが、自分を責めていては精神的に追い込まれる。
今は危機からの脱出を喜ぶだけだった。




