革命家の偽装
1
「渋滞が酷いですね。外苑出口で降りますか?」
遠慮がちに訊いた城田に、荒瀬は首を横に振った。
「このままでいい。下を走っても、到着は、さほど変わらん」
「渋滞を抜けるまでに、かなり時間が掛かりそうですよ」
改めて念を押す城田に、荒瀬は苦笑した。思い立って、続けて口を開く。
「少し、考えを纏めたいんだ。話を聴いてもらってもいいか」
「はあ、構いませんが」
城田が困惑した表情を見せた。何を訊かれるか、警戒していた。
「内木明憲が、期の半ばでコロンビアから本省に勤務換えになった。理由は、だいたい想像がついている」
「外務省が理由を明かせないとなると、外交官として不適切な状況が、内木明憲の身辺に起こった、と考えるべきですよね。本人に関わる不祥事であれば、解雇または辞職勧告が選択されるはずですから。問題は、たった一人の身内、内木奈美に発生した可能性が高い」
荒瀬の言葉に、城田が素早く反応した。
「城田の考えが、正しいな。高校の校長が含みを持たせていた。間違いはないはずだ」
「問題とは、おそらく奥畑と繋がりを持った件ですね」
「SNSのページで、共通の文言を掲げていた点からみても、明らかだな」
頷きながら、荒瀬は自説に確信を抱いていく。
「具体的な関係は計り知れないです。だけど、思想的に結びついていた事実は、否定しようがないですからね」
「あとは、内木奈美だな。周辺から、コロンビア時代の人間関係の裏を取るか」
納得して、荒瀬は腕組みをした。咳払いをする。シートに深く沈み、前を睨んでいると携帯電話が鳴った。
移動指揮本部に残った曳地からだった。
『御乗用列車で護送されている柳谷について、詳しい情報が入りました』
「何か、気になる経歴でもあったか?」
座席に深く沈み込んだままで、荒瀬は通話を続けた。電話の向こうで、曳地が声を少し上擦らせた。
手柄を立てた子供のようだった。
『タイで空港テロを起こし、捕虜交換で釈放された件は知っていますよね。最近、アメリカ合衆国で、国防総省を狙った大規模テロが未然に防がれた事件が起こりました。主犯格の思想的首謀者の中に、柳谷の名前が挙げられているんです』
「思想的首謀者なら、CIAが暗殺を謀っている可能性は高いな。しかし、最初に奥畑の占拠した車輛から発砲があった事実は、どうだ。コロンビアのテロ組織だぞ。間違っても、CIAの手先など、しないはずだ」
荒瀬は首を捻った。眉を顰め、中央情報局《CIA》と〝ラ・マンチャの軍隊〟の接点を結び付けようと、あれこれ思い巡らせた。
〈さっぱり解らない〉
深く息を吐いた荒瀬の耳に、ざわついた動きが伝わった。
2
携帯電話の向こう側が騒がしくなった。
『少し待ってください』曳地が言葉を残して、受話器を手で覆った。ガサガサと擦れる音が聞こえた。
緊急の連絡が入った様子だった。
曳地の緊迫した声が、再び受話器に戻った。
『御乗用列車に異常が発生しました。JR久喜駅構内で至近距離から狙撃されました。柳谷を狙ったと見られる銃弾が、通りかかった女子中学生の頭部を直撃。即死です。攻撃は、緊急停車していた普通列車の車内から加えられた模様です。犯人グループは、逃走。駆けつけた警察官が一名、発砲を受けて負傷しています』
「犯人グループの特徴は、分かるか?」
興奮気味に、荒瀬は携帯電話に向かって叫んだ。繋がらなかった関係が、一挙に解決する。
甘い考えが頭に浮かび、慌てて荒瀬は頭を振った。
〈都合よく、解決になんて結びつくはずないぞ〉
曳地の声が、また途切れた。籠った音で、警察無線と遣り取りする会話の端々が聞こえてくる。
運転席から荒瀬に顔を向けた城田が、口を挟んだ。
「事件が動き出しましたか」
受話器を手で覆い、荒瀬は城田に頷いて見せた。
聞こえていた曳地の声から、曇りが消えた。
『目出し帽を被った長身の五人組です。組織化された狙撃チームの可能性が高いですね。逃走時に英語らしき外国語を口にしたと、負傷した警察官が証言しています』
「英語か。ラテン系の言葉ではないんだな」
英語を話す=北米系と短絡的に判断を下すわけにはいかない。しかし、犯行グループが海外の組織である可能性だけは高くなった。
『係長から伝言です、班長。至急、移動指揮本部に合流下さい。自分は先に御乗用列車を追って、JR栗橋駅に向かいます』
「了解した。緊急で栗橋に向かう」
荒瀬は携帯電話を切り、城田に告げた。
「戻るぞ。外苑で一旦、降りる」
窓を開けて、赤色灯を屋根に載せた。
「行きますよ。しっかり掴まってください」
前照灯を点灯し、サイレンを鳴らした。城田が片側二車線の中央にハンドルを切った。
「緊急車両が通ります。道を開けて下さい」
無線のマイクに告げる。無意識のうちに、荒瀬は胸ポケットを手で探った。
城田が苦笑しながら、煙草の箱を荒瀬に手渡した。
「禁煙中でしょう。これ以上、喫うと、娘さんに叱られますよ」
「馬鹿ぁ言え。娘なんか恐くないさ」
荒瀬は煙草を銜え、ライターで火を点けた。今度は当たり前のように煙を燻らせた。
3
「早く退けよ、この野郎」
城田が、ハンドルを指で叩きながら、独り言を捻り出す。なかなか道を譲らない車両に苛立ちを見せていた。
ようやく外苑出口が見えてきた。左側の車両を移動させ、城田が捜査車両を出口に向けた。
本線から離れ始めたとき、後から、パトカーのサイレンが聞こえた。
荒瀬は振り返った。
走ってきた捜査車両が、鑑識車両と共に本線上を駆け抜けていった。
「おや、変だな?」
疑問を口にして、城田が首を捻った。
「どうした? 緊急手配でも出ているのか」
「見て下さい。カー・ロケーターに、今のパトカーが表示されていませんよ」
城田がダッシュボードに取り付けられたナビを指差した。
「どうしたんだ。機器の故障か? それとも……」
「偽物ですよ。パトカーも、鑑識車両も」
走り抜けたパトカーと鑑識車両は、どちらも未登録だった。
灰皿に押しつけて、荒瀬は喫っていた煙草を捩じり消した。走り抜けた偽パトカーを目で追った。
車内に奥畑の顔が見えた。荒瀬は城田に向かって叫んだ。
「降りたらすぐに、高速に乗り直せ。車の中に奥畑がいた」
「いいんですか? 命令違反ですよ」
前方を注視しながら、城田が建前で荒瀬に訊いた。
「構わん。責任は俺が取る」
「分かりました。そう来なくちゃね。本気で飛ばしますよ。掴まっていて下さい」
サイレンを鳴らしながら、城田が捜査車両を一般道に飛び出させた。
スピードを落とさずに、次の権田原交差点を右折する。タイヤが悲鳴を上げた。身体が激しく外側に振られた。
神宮外苑を回り込んで、外苑橋から首都高速に乗り直すルートだった。
「急げよ。置いていかれたら、元も子もないからな」
「当然ですよ。任せてください」
ハンドルをしっかり握りながら、城田が飛ぶように捜査車両のスピードを上げた。幹線道路ではないから、車が少なくて助かった。
「高速入口に曲がりますよ!」
ブレーキを踏みながら、城田が狭い高速入口に捜査車両を飛び込ませた。




