東京圏輸送管理システムが書き換えられた。(2)
3
人の立ち入りが停車の原因ならば、駅周辺、すべての確認が必要だ。
立ち入った人物が確保できれば確認時間は短縮できる。だが、見つからない場合は、想定できるすべての場所が確認できない限り、運転再開は望めない。
運転停止は当該番線だけでなく、駅構内すべての軌道に該当させる必要がある。
しかし、何も主張しなければ、進展は望めない。
「日光駅の十三時到着を確保するために、今ここで停まるわけにはいかないんです。徐行運転で通過させますから、安全確認を急いでください」
神にでも願う気持ちで、由紀子は松浦に告げた。
一旦停止して運転再開を待つよりも、徐行運転で多少なりとも車輛を前進させたほうが時間のロスが少ない。
最悪でも、垣内と引き継ぐ栗橋駅の東武線乗り入れまで、予定した時間との遅れを十分以内に留めたかった。
御乗用列車は久喜駅直前の閉塞区間に入った。
運転士は進入直前に黄色信号を確認したはずだ。
徐行運転の準備が始まった。壁に表示された在線状況が示していた。
〈早く確認して。何とか停車だけは回避したいのよ〉
壁の表示を凝視しながら、由紀子は強く願った。
お召列車が止むなく一般列車との並走を許したときの父親の気持ちも、同じでなかったかと想像した。
次の閉塞に近付いた。
祈る思いで眼を閉じた由紀子の耳に、松浦の声が響いた。
「安全確認の連絡が入った。先行車輛の運転を再開する。ただし、まだ、御乗用列車の進入は許可できない。このままでは、交差支障が発生する危険がある」
松浦の言葉通り、運転再開になっても、先行車輛が、すぐに発車できるわけではない。
現在の速度では、擦れ違い程度の間隔しか確保できない。接触のリスクを負って、勝負に出る選択は、ありえない。
確実に安全確保ができなければ、スジ屋失格だ。
由紀子は別の選択を考えていた。
見方を変えれば、お召列車の運行条件に抵触する可能性があった。だが、爆破予告を回避するためにも、決断が必要だった。
由紀子は唾を呑んで、松浦に告げた。
「二番線と三番線の間にある中線を利用して、先行車輛を追い越します。先行車輛が塞いでいる分岐器の一つ手前、分岐器のポイントを中線に切り換えてください」
中線の利用には、不安があった。
現時点で、二番線、三番線のホームには、それぞれ上下線の車輛が停止している。
番線変更を行うために、御乗用列車には速度制限が加えられる。
徐行で二つの車輛の間を通過すると、それぞれの車輛との距離が近い。万が一にも狙撃された場合は、危険度が増す。
不審なスジの書き換えで設定された状況だからこそ、リスクは大きいと考えられた。
「了解した。無線担当、運転士に連絡のこと。それでは、該当する分岐器を中線に向けて切り換える」
〈攻撃がありませんように。いいえ、攻撃されても前に進むしかないわ〉
スジを書き換える手が、止まっていた。鉛筆を握る手が、汗ばんでいた。
〈胃が痛い。何とかして欲しいな〉
壁の表示が、御乗用列車の久喜駅通過の状況を知らせていた。
4
速度は制限ギリギリに設定されていた。指令室内が緊張に包まれた。
息さえ抑えるほどに張り詰めた空気の中で、緊急無線が連絡の到達を告げた。
「緊急の事故発生です。御乗用列車が再び攻撃されました。状況は今もって不明です」
無線担当が大声で報告した。由紀子は、振り返った松浦と顔を見合わせた。
由紀子は松浦に告げた。
「御乗用列車を停止させないでください。攻撃が続く可能性があります。徐行解除、速度を通常に戻してください。この先、栗橋まで、先行車輛との干渉はありません」
話し終えると由紀子は胸を押さえた。呼吸が荒くなっていた。
〈状況確認できるまで、このまま停止せずに走らなければいけない。爆破予告が懸かっているのだから、安易な判断は避けなければ〉
次の東鷲宮駅の手前には、かつて利用されていた貨物ヤードと東北新幹線の保線基地が存在する。
大宮総合車両センターの轍を踏まないためにも、走行の確保が必要だった。
〈もう、何とかしてよ。このままじゃ、困るでしょう〉
今度は息が苦しくなった。意識が白くなりかけていた。このまま気絶するわけにはいかなかった。
由紀子は息を整えた。大きく息を吸って、少しだけ吐き出した。
落ち着き始めた意識のすべてを使って、由紀子は次に採るべき対策を考えた。
あと二駅。何があっても、栗橋駅まで辿り着く必要があった。
御乗用列車に割り当てられたスペーシアは、栗橋駅から東武日光線に乗り入れる。
〈東武線への連絡から先は、垣内と東武鉄道の運行担当に引き渡すことになっている。あと少しだ。あと少しを何とかしなければいけない〉
攻撃された車輛の状況を思うと無責任すぎると思った。だが、今の由紀子が実行すべき仕事は、栗橋までの到着が最重要課題だった。




