女子高生の身元を探す。(3)
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城田が返事をした。
ドアが開き、勝気な顔立ちの五十絡みの女性が、中年女性を従れて現れた。
五十絡みの女性はグレイがかったショートの髪に、同じ生地で作られたコサージュが付いたスーツを上品に着こなしていた。
〈年長の女性は、担当教諭ではないな〉
荒瀬は一見して判断した。立ち居振る舞いで、すぐに分かった。
応接セットに戻った荒瀬に、
「校長の沢木です」と冷静な表情で五十絡みの女性が名乗って軽く頭を下げた。
「生徒指導主事の室町です」と焦った様子で、中年の教諭が名乗って深く腰を折った。
恐縮して城田が頭を下げた。
荒瀬は軽く会釈を返すと名刺を渡し、単刀直入に質問を切り出した。
「今朝、JR東北線内で列車ジャックが発生しました。二人が人質になっています。一人が運転士、もう一人が乗り合わせていた女子高校生です。警察から確認の連絡をさせていただきましたので、すでに、ご存知でしょうが。女子高校生の制服から貴校の生徒さんと思われますが」
話の進度に合わせて、録画されたビデオから起こした粒子の荒い画像写真を、城田がテーブルの上に差し出した。覗き込んだ生徒指導主事の顔が苦渋に歪んだ。
「この制服なら、当校の生徒です。電話で問い合わせのあった内木奈美に、間違いありません」
荒瀬の顔を覗き込んで小さく頷くと、城田が話を繋いだ。
「内木さんは事件中に橋梁の上から荒川に飛び込みました。現在、捜索中ですが、発見されておりません」
「亡くなったのですか?」
身を乗り出して気に病む表情を見せた生徒指導主事を抑えて、校長が気丈な表情で担任に告げた。
「悲観的に考える必要はないですよ、先生。今までにも困難な状況を乗り越えてきた奈美さんですから。今回も幸運を引き付けて、案外、無事に帰ってきますわ」
「〝今までにも〟と仰られると?」
校長が漏らした言葉の端に、荒瀬は喰いついた。
「両親が亡くなられた事件を知りませんか?」
「詳しく教えていただけますか? こちらは勉強不足だ」
荒瀬は頭を下げた。やはり、過去に何か接点がありそうだった。
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僅かに悩んだ後に、校長が小さく頷いた。
「内木義彦氏を御存知ですか? 在タイ大使をされていた方ですが」
「三年前、バンコクで発生した空港テロで亡くなられた、内木大使ですか?」
メモを取りながら、城田が顔を上げた。深く頷いて、校長は話を続けた。
「空港テロの現場に奈美さんも居合わせたのです。不幸な偶然でした。大学進学のために当校に入学した、最初の夏休みでした。航空機の到着が遅れたために、僅かな差で襲撃を免れたのですが、同じ偶然は、目の前で両親が惨殺される惨酷な結果も招いてしまいました」
「目の前で惨殺ですか、酷い話ですね」
城田が同情の言葉を告げた。
〈詰めが甘いな〝惨酷〟だけで終わらせるなよ〉
眉を顰めながら、荒瀬は身を乗り出した。
「内木さんは、なぜ事件後、日本に帰国せずに、お兄さんの赴任先であるコロンビアに移住したんですかね。海外で、より治安の悪い国に移った理由が、解りませんが」
「マスコミの取材が激化していて、奈美さんの精神的負荷が大きくなり過ぎていたからです。酷いものでしたよ、タイにいる間でも、休みなく記者が押しかけて」
腹立たしさに頬を引き攣らせながら、生徒指導主事が訴え始めた。
生徒指導主事を抑えて、校長が冷静な口調で話を続けた。
「報道を面白くしたいからでしょうね。〝あなたが到着しなければ、御両親は巻き込まれずに済んだ〟とは、奈美さんの状況を考えれば、酷過ぎる発言です。あれはもう、暴力でしたね。〝正義と報道の自由〟の名を借りた、言葉のテロリズムですよ」
深く息を吐き出した後で、校長が呆れ顔で笑った。
「よくご存じですね、詳しい内容まで。現場に立ち会われたのですか」
「奈美さんの母親は、大学の同級でした。親しくさせていただきましたので、高校入学の際から、日本での後見人を引き受けました」
旨い位置に話を持ち込めたと、荒瀬は、こっそり北叟笑んだ。
「それでは、せっかく報道のテロを避けてコロンビアに移っていた内木さんが、なぜ中途半端な時期に日本に帰ってきたか、ですが。理由は、お分かりですよね」
荒瀬の質問に、校長が言葉を停めた。
気にして生徒指導主事が校長の横顔を見詰めた。
校長は表情を固めた。
「お兄さんの明憲さんの異動のためと聞いていますよ」
生徒指導主事が代わって答えた。
校長が、これ以上の質問には答えないと、荒瀬は見通していた。
〈何か、特別に隠すべき秘密がある。切り込む方法を考えなければ〉
しつこく訊いても、真実が深い闇に逃げ込むだけだ。
荒瀬は話を換えた。
「最後に、もう一つ訊かせてください。なぜ、内木さんが、宇都宮線の下り列車に乗っていたか、についてです。通学には関係ないですよね。心当たりはありますか?」
「煩わしい現実から逃げ出したかったんですよ。学校でも孤立していましたからね。ブログの見出しに〝誰もいない下り列車に乗ってみたかった〟って書き出していたから、実践したのだと思いますよ。不幸にも、偶然、列車ジャックに乗り合わせた。運が悪かったんですね」
校長に代わって、訳知り顔で生徒指導主事が答えた。
〈思った通り、事件と無関係ではなかった〉
微かに眉を顰めた校長を見ながら、荒瀬は確信した。
〝誰もいない下り列車に乗ってみたかった〟の件は、奥畑と同調している。
刑事の勘が鈍っていなかったと判り、荒瀬は一人で悦に入った。
〈これから先、どんな切り口で捜査を進めようか〉
面白くなってきた。事件の真相を突き詰める手順を考えた。
「本当に、偶然なんでしょうかね」
城田も、内木奈美と奥畑の関係に気付いた様子だった。




