女子高生の身元を探す。(2)
3
首都高速五号線、飯田橋出口を降りる直前に、荒瀬は目を覚ました。
「もうすぐだな。あと五分くらいか?」
「もう起きたんですか。まだ眠っていて良かったのに」
交番の角を、左に曲がった。城田が、前を向いたままで荒瀬に話した。
「いつまでも眠っているわけにはいかんさ。事件は、まだ継続中だからな」
「お固いですね、荒瀬さんは」
城田が小さく笑う。
外堀通りは比較的空いていた。捜査車両は、東京ドームを左に見ながら、交差点を抜けて駐車場の先を小道に入った。
「いよいよ、女子高だ。城田は若いから胸が躍るよな」
「まさか。東大合格上位の超エリート校ですよ。ノン・キャリの刑事なんて、ダサ過ぎて相手になんかされませんよ」
城田が笑いながら、首を横に振った。
壁に挟まれた細い坂道を登って、校門前に車両を止めた。ドアを開けると、休み時間のチャイムが鳴った。
「時間が悪いな。目立ってしまうか」
「悩んでも、時間が無駄ですよ。早く済ませましょう」
眉を顰めた荒瀬を諌めて、城田が先に車を降りた。
頭を掻きながら、荒瀬は校門を入った。
慌てた様子の門衛に行く手を阻まれた。
「どちらに行かれますか? 構内は関係者以外、立ち入り禁止ですが」
荒瀬は警察手帳を提示して、要件を告げた。
「生徒さんの件でお聴きしたいことがあります。生徒指導部の先生にお目に掛かりたいのですが、よろしいですか?」
「担当教師を確認しますので、少々お待ちください」
守衛所に連れられて行った。電話確認の間、待たされた。
城田が気を使って荒瀬に苦笑して見せた。
無意識のうちに、爪先を小刻みに動かしていた。
〈くそう、待たせるなあ〉
荒瀬は呼吸を整えながら、構内の様子に視線を巡らせた。
門の左右に、二本の桜が枝を伸ばしていた。右手に日当たりの良い階段があった。
教室から出てきた女子高生たちが、階段に腰掛けて話を始めた。携帯電話を取り出して画面をなぞる生徒が目立った。画面を見ながら、何か話していた。
「何か、深刻な問題でもあるのか」
「狙撃された列車の様子が、ネット上で〝祭り〟になっているんですよ」
顔を近づけて、城田が荒瀬に告げた。
「どうして、〝炎上〟したんだ? 特別な列車だったのか」
「学習院女子中学の修学旅行列車ですよ。報道陣は規制したんですが、中学生たちが車内の様子を逐一、配信するんですよ。掲示板やSNSが荒れましてね」
サイバー・テロが問題にならなければ、荒瀬はネット用語など知らなかったはずだ。
書き込みを見つけて、奥畑の素性が明らかになった。同様に、ネットに精通すると下手な密告者より有効だ。
「学習院の修学旅行となると。皇族もいるのか?」
声を潜めて荒瀬は訊いた。
真剣な顔で城田が頷く。
「東護聖院宮家の花子女王殿下が乗っておられます。でも、〝炎上〟の原因は、同じ御乗用列車で容疑者の護送が行われていた点にあるんです」
「御乗用列車で容疑者護送だって? 何を考えているんだ、警察庁の上層部は」
眉を顰めると、城田が肘で小突いた。
女子高生たちが不審な顔で荒瀬を見ていた。
「もともと恐い顔なんだから、そんなに顔を強張らせないでくださいよ」
「無理を言うな。顔は生まれつきだ」
荒瀬は苦笑した。気のせいか、女子高生たちの不審な顔に、さらに恐れが追加された気がする。
荒瀬の顔を見て、城田が苦笑した。
4
ガラス張りの校舎から若い教員が小走りになって現れた。
警察手帳を再び提示して手短に名乗った。
「学生の内木奈美さんについて話が訊きたいのですが」と、荒瀬は若い教師に申し出た。
焦った顔で、若い教師が慌てて頭を下げた。
「お待たせいたして、申し訳ありません。生徒指導主事の室町ですが、ただいま授業中でして。お呼びしますので、応接室でお待ちください」
若い教員に導かれて、エントランス・ホールに入った。若い教師は興味深げな生徒たちを避けながら、急ぎ足で荒瀬と城田を応接室に案内した。
「ずいぶん驚いたものだな。珍しいのかな、刑事が学校に来るなんて」
「当然ですよ、進学校ですからね。それよりも、見てください」
城田が視線で荒瀬に示した。ホールに模擬試験の結果が掲示されていた。上位五名の中に、内木美奈の名前が載っていた。
歩きながら顔を寄せて、荒瀬は城田に囁いた。
「ずいぶん優秀なんだ。東大は楽勝だな」
「超エリートの家系ですからね。兄だけでなく、父親も母親も外務省のキャリアでした。両親の関係で、中学から内木美奈は海外の生活を始めていました。今回、帰国して、特例で六月に編入できた理由も、校長が母親の大学の友人だったためです」
応接室のドアを開けて、若い教員が荒瀬に着座を勧めた。
「間もなく参りますので、お待ちください」
と告げて、落ち着かない様子で若い教員が姿を消した。
若い教員の退室を確認して、荒瀬は立ち上がった。ポケットに手を突っ込んで、壁に貼られた進学状況報告を一覧した。
「さすがに一流大学ばかりだな。〝その他〟ってなんだろうな。エリート以外は生徒ではないって意味かな」
「見えない部分に歪みはあるものですよ。競争から外れたら、居場所までなくなるんですね。でも、内木は上位成績者ですからね。〝サボり〟が〝よくあること〟になった原因は別にあるんでしょうけどね」
立ち上がって城田が結果報告を振り返ると、ノックが響いた。




