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女子高生の身元を探す。(1)

        1

 荒川橋梁を歩いて、荒瀬は赤羽方面に向かった。枕木の間から、流れる荒川が見えた。

 川面では、船を浮かべて捜索が続けられていた。橋梁から飛び降りた奥畑と女子高生の消息は依然として不明のままだった。

 上空からヘリコプターも捜索に参加した。列車ジャックで集まった警察車両に東京消防庁のレスキュー隊が加わって、河川敷は混乱状態だった。

 移動指揮本部に戻った荒瀬は、座席に座り、巡査長の城田に訊ねた。

「制服から、女子高生の身元が判らないか?」

「調べは付いています。制服は雙桜女子ですね。身元も確認できました。内木奈美、杉並区永福在住です。両親とも、すでに死去。外務省勤務の兄と、二人暮らしをしています」

 無線に向かっていた曳地が、振り返って答えた。

 杉並区在住と聞いて、荒瀬は疑問に思った。雙桜女子の高等部なら文京区本郷だ。宇都宮線の下り列車に乗車する必然性はない。

〈どこに向かっていたのか。授業開始には間に合わないはずだが〉

 荒瀬は額に手を当て、俯き加減に城田を見上げた。

「校外に特別な行事でもあったのか? 学校の場所とは違うが」

「学校には〝風邪で欠席したい〟と連絡が入っています。サボりでしょうね。〝よくあること〟だと、担任の教師が困った声を出していました」

 苦笑する城田に、荒瀬は続けて訊いた。

「雙桜なら超エリート校だよな。〝よく学校をサボる〟生徒なんて、いるのか?」

「事情が複雑らしいです。内木奈美は帰国子女で、特例の六月編入だったためにクラスに溶け込んでいなかったみたいですね。帰国前は両親が事故で亡くなったため、海外勤務だった兄に引き取られる形で、コロンビアに在留していました」

 考えを纏めようと、荒瀬は頭を掻いた。人差し指を立てながら、疑問点を挙げていく。

「永福の家は、官舎なのか?」

「いえ、両親が残した持家ですが、それが何か?」

 城田の質問に軽く頷いて、荒瀬が答える。

「いやね。持家ならば、コロンビアに移住しなくても、独り暮らしができたはずだと思ってさ。高校生なら、一人前だからな」

「もともと、海外生活が長かったみたいですよ。両親が亡くなったために、一人、実家で暮らすのが辛かったんですかね」

 城田が答えたが、荒瀬は満足がいかなかった。

「仮定じゃなくってな。もっと具体的な理由が明らかになれば、もう少し、何かが見えてきそうな気がするんだがな」

「班長だって、仮定の話をしていますよ」

 曳地が仲を取り持って笑う。

 荒瀬は、曳地に向かって依頼を投げかけた。

移動指揮本部ここは、引き続き曳地えいさんが取り仕切ってくれ。俺は城田シロと女子高生の身辺を調査してみる」

「分かりました。何か動きがあったら、知らせます」

 荒瀬は移動指揮本部が置かれた車両から外に出た。


        2

 荒川の土手は、陽射しに暖められていた。すっかりと風が凪いでいる。

 捜索の声が河原に響いていた。上空に集まったヘリコプターの風切り音が、土手にぶつかって反響していた。

 警視庁だけでなく、報道陣がチャーターしたヘリコプターも増えていた。下流の川岸から別の機体が飛び立った。

〈強引な取材で捜索の邪魔をしなければいいが〉

 すぐには見つからないと、荒瀬は高を括っていた。

 捜査車両に乗り込むと、荒瀬は顔を運転席の城田に向けた。

「ここから永福だったら、本郷を先に回ったほうが良いな」

「高校ですね。自分も同じ考えでした。行きましょう。だけど班長、交渉ネゴで疲れたからって、力を抜いてはダメですからね」

 笑えない冗談を口にして、城田がエンジン・キーを回した。城田がポケットから煙草の箱を取り出した。暖機アイドリングを待ちながら、一本抜いて口に銜えた。

 無意識のうちに、荒瀬は咳払いをした。

 荒瀬の顔色を窺って、愛想笑いをしながら、城田が煙草を箱に仕舞った。

「悪いな。禁煙が定着したら、少しの煙でも噎せるようになってな」

 荒瀬はシートに深く身体を預けて、照れ笑いをする。

「いいんですよ。娘さんに禁止されたんでしたよね。健康に気を使ってくれるんだ。羨ましい限りですよ。そうだ、高校生の制服だって、娘さんに訊けばよかったんですよ。現役なんですからね」

「まったくなあ。娘も大きくなると、生意気になるばかりだよ。最近じゃ、口癖が死んだ女房そっくりなんだ。びっくりするよ」

 ハンドルを動かして、車を発進させると、城田が面白がって笑った。

「だけど、心配でしょう? いちばんナイーブな年頃ですからね」

「面と向かっても、喧嘩してばっかりだけどな。さっきみたいに同年代の女の子を見ていると、さすがに心配になってくるよ」

 話しながら、荒瀬は込み上げてくる欠伸を噛み殺した。冗談ではなく、本気で疲れていた。

 城田が状況を察して笑う。

「疲れたでしょう。少しの間だけですが、眠ってもいいですよ。許可します」

「眠るわけにはいかんさ。まだ事件は終わっていないからな。もっと大きな問題になると俺は思うんだ。ただの勘だがな」

 堤防を降りて、川沿いの環八通りに出た。

 車の揺れが少なくなると、眠気はさらに酷くなった。継続するタイヤの走行音を聞いていると、時折、頭が後ろに落ちる。

「だけど、どうして内木奈美は荒川に飛び込んだんですかね。まるで、奥畑を追い掛けたみたいでしたよね」

「そうだな。なぜだろうな」

 言葉を濁したが、荒瀬は内木奈美がただの人質ではないと感じていた。しかし、実証できる証拠が少なすぎた。間違いなく、どこかに接点はあるはずだった。

 首都高速の案内板が見えてきた。中山道を越えて、中台から五号線に乗る。飯田橋で降りるにしても、少し眠る時間がありそうだった。

「城田には悪いが、少し考え事をしてもいいか?」

「構いませんよ。思う存分、思考を纏め上げてください。でも、一本だけいいですか。自分も思考を整理したいんで……」

 人懐っこい表情で城田が笑う。荒瀬は苦笑して城田に答えた。

「認めないわけにいかんよな。職務怠慢に目をつむって貰えるんだからな」

「すみません。禁断症状で眠くなるもんで」

 笑いながら城田がポケットに手を入れた。

 瞼の重みを感じながら、荒瀬は眠気で旨く回らない口で付け加えた。

「窓だけは開けてくれよ。背広がタバコ臭いと、娘に疑われるんだ」

 荒川に飛び込んだ内木奈美の姿が、頭に浮かんだ。顔が、いつの間にか荒瀬の娘と入れ替わっていた。

 いびきが遠くに聞こえた。頭がゆっくりと沈み込む。心地よさを覚えながら、荒瀬は睡魔に身を委ねた。


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