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偽装の真相(2)

        4

 右腕の激痛に耐えながら、韮山は先頭車輛に向かって移動した。上部からの命令だった。変装のために韮山は、フード付きのコートを頭から被っていた。

 荒川橋梁に停まった車輛から、発砲があった。銃弾が韮山の右腕を貫通して、浅場の左胸に命中した。

 応急処置によって韮山の出血は止まった。だが、浅場の出血は止まらなかった。銃弾は肺を傷付けたらしく、浅場が繰り返して鮮血を吐いた。

 出血は止まったものの、韮山は指先に強い痺れを感じていた。

〈この状態では、拳銃が使えないな〉

 落ち込みそうになる気持ちを、強い心で打ち消した。

 韮山は任務の完遂を心に誓った。途中で投げ出しては、瀕死の重傷を負った浅場に申し訳が立たない。

〈それにしても、フード付きのコートは邪魔だ。息苦しくて堪らない〉

 負傷後に移送計画の変更指示が出された。納得がいかなかった。小芝居を打って、いったい誰を騙すつもりなのか。

 不貞腐れた柳谷を見れば、誰でも〝SPではない〟と気付くはずなのに。

 変更指示には、韮山の私的な携帯電話が使われた。警察無線は使われなかった。

 命令の伝達が、どのような経緯で行われたか、説明は一切なかった。

 擬装用のコートが事前に用意されていた。韮山は想像した。計画変更は初期段階において既に盛り込まれていたはずだ。

 工場棟が列車の目前に迫っていた。工場棟に到着したら、浅場に続いて、犯人に扮した大木が別の救急車に乗り込む手筈になっている。

〈攻撃グループを攪乱するためか、それとも、事件の黒幕からの指示なのか〉

 いずれにしても、柳谷の移動先が皇族と同じ車輛という選択は非常識すぎる。

 もともとは個室だからと説明されて納得した。だが、皇族と一緒の車輛となると、責任はさらに重大だ。

〈皇宮警察への説得は、本当に済んでいるのか〉

 考え併せていくと、警察庁のトップ、もしかすると、さらに上の政府レベルの命令が出されている可能性があった。

 異常な雰囲気に反応して、車内の女子中学生たちの間に騒ぎが広まっていた。スマホのカメラが作動する音が、至る場所で鳴っていた。

 SNS上では偽装の情報が氾濫して、すでに〝祭り〟状態になっているはずだ。

 せせら笑いながら従いてくる柳谷の気配を背後に感じて、韮山は嫌な予感がした。

〈不貞腐れながらも、柳谷が怯えた様子を見せない理由は、なぜなのか?〉

 柳谷自身が何かを企んでいる可能性があった。しかし、逃走が目的ならば、なぜ敵は、柳谷のいる車輛を攻撃対象にするのか。

 疑問は尽きなかった。考えている間に、列車は工場棟の屋根の下に入った。窓の外を気にしながら、韮山は足を速めた。停車する前に座席に着きたかった。

 工場内は物々しい警備だった。不審者を見逃さないように、昼間なのに強い照明が隅々まで照らし出していた。

 進行する車輛を挟んで、出動服姿の機動隊員が立ち並んでいた。機動隊の先に、負傷者救護のためにストレッチャーガ準備されていた。白衣姿の救急隊員が待機している。

 窓の外を覗き見る韮山に、背後から柳谷が囁いた。

「何を考えているんだ、警察おまえらは。小芝居を打って、何が変わるわけではあるまいに」

「黙って歩け。貴様の仲間が要求したんだろうよ、おそらくな。こんな見え見えでリスクが高い芝居を、警察本部われわれのトップが、わざわざ計画するはずはない」

 韮山は吐き捨てるように答えた。

「それは、どうかな」と呟いて、柳谷が笑う。

 先頭車輛のドアを開けた。一番手前に柳谷の座席が確保されていた。

 周囲には、すでに他のSPが配置されている。

 車内が騒然となった。女子中学生たちが、面白がって騒ぎ始めた。手にした携帯電話で次々と写真や動画を撮っている。

 撮り終えると、すぐに黙々と文字を入力した。

 一挙一動たりとも余すところなく、韮山の行動がネット上で公開されていく。

 行動が隠せない状況は、困りものだった。

 窓際に柳谷を座らせた。通路側にフードで顔を隠した韮山が座った。

 逃げ道を塞ぐためだ。

 一見しておかしな配置だった。だが、逃走可能な通路側に凶悪なテロリストを座らせる道理はない。


        5

 甲高いブレーキ音を立てながら、御乗用列車が停車した。

 イヤホン越しに聞こえる遣り取りから、待ち構えていた救急隊員が列車内に入る様子が伝わってきた。

 車輛の最前列に見覚えのある皇宮警察の女性SPがいた。遠目に視線が合ったが、互いに任務中なので挨拶は控えた。

 逸早く気付いた柳谷が、皮肉たっぷりに笑った。

「ずいぶん重要な車輛なんだな。あんたらの仲間が他にも控えているなんてさ」

「いや、特別な理由は何もないが」

 韮山は白を切った。同じ車輛の中に皇族がいるとは、口が裂けても言えない。

 女性SPとは、以前、皇族の警護を手伝った際に挨拶を交わしていた。名前は水落側衛官だった。水落が窓際に立って外からの狙撃に備えていた。

 水落の横で、はしゃいでいる二人の中学生がいた。片方が、皇族の女王だった。女王といっても、まだ子供だ。

〈凶悪犯と違って、気楽なものだな〉

 韮山は苦笑した。

 車内の騒ぎが、再び高まった。窓の外を、ストレッチャーに乗せられた血まみれの浅場と、フードを被って変装した大木が通り過ぎていった

「もしかして、この列車で容疑者の護送が行われていたの。しかも、二人もいたのね」

「危険な感じよね。でも、カッコいいかも」

 通路の窓際に集まって、女子中学生たちが、キャー、キャーと写真を撮っていた。

「平和だな、この国は。テロリストが目の前にいても、逃げ出さなくていいんだからな」

 柳谷が皮肉を呟いた。通路に気を配りながら、韮山は言い返した。

「テロリストなんて存在自体が、時代錯誤のお荷物だからな」

「そうかな。何も言わず不満を溜めている現代の若者こそ、テロリストの予備軍だ。上手に扇動すれば、簡単に反体制に転向しかねない。ネット炎上を考えてみればいい。卑劣な誹謗を執拗に繰り返す連中だ。いつサイバー・テロに転じても、不思議はないはずだ」

 柳谷の反論にも一理あった。何事もないように携帯電話に文字を打ち込んでいる中学生の中に、サイバー・テロを起こす人物が紛れていても不思議はなかった。

 ネット情報で爆弾の作り方を調べて、単独で爆破計画を練ることも簡単だ。かつて地下に集まって共謀していた時代に比べて、発見が困難になっただけの話だ。

 テロリストが仮想世界に姿を隠しただけで、状況は昔より悪化しているかも知れない。

 心配を隠して、韮山は嘯いた。

「馬鹿な。貴様らみたいに狂った思想さえ持たなければ、簡単には凶行になど走れないはずだ」

「どうかな。現代人の思想自体が、充分に狂っているんじゃないのか」

 柳谷が勝ち誇ったように笑う。

「煩い。いい加減に話をやめろ」

 鳴り出した救急車のサイレンが、列車内にも漏れ聞こえてきた。韮山は救われた気がした。これ以上、柳谷に話をさせると、頭が変になりそうだった。

 イヤホンから、搬送完了の報告が聞こえた。韮山は遠い声のように報告を聞いていた。

〝間もなく列車が本線に戻り、通常の走行を再開する〟と、連絡が入った。

 韮山はゆっくりと呼吸を整えた。浅場の負傷で心が乱れていた。

〈冷静にならなければいけない。柳谷の思う壺に填まる〉

 小さな衝撃と共に、御乗用列車が後退を始めた。

〈冷静になれ。いかに理論武装しようとも、テロリズムは憎むべき社会悪だ〉

 腕の痛みに意識を集中した。凶弾に倒れた浅場の姿を、韮山は思い起こした。

 憎むべきはテロリストだ。

 目的地の日光まで、まだ先は長い。

 命令通り、最後まで柳谷を送り届けなければならなかった。

 列車の前方から、心配する水落の視線を感じた。傍から見ても、韮山の表情は酷い状態のはずだ。

 気を引き締める必要があった。

 ポイント通過の音を立てながら、列車は、ゆっくりと後退した。本線に戻ると、警笛がなった。

 御乗用列車は、再び走行を開始した。


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