偽装の真相(1)
1
「一直線に向かってくるトラックがいますわ」
花子女王の声を耳にして、洋子は慌てて窓の外を確認した。
作業用のトラックが猛スピードで近付いていた。軌道を乗り越え、上下に激しく飛び跳ねていた。
パニック化した中学生の人混みを縫って、逃げ出した花子女王を追い掛けた。デッキでようやく、洋子は花子女王と千佳の二人を確保した。
「危険です、女王殿下。頭を下げて!」
洋子は危険を予感した。トラックの走り方が尋常ではなかった。
岩脇からの連絡で、荒川での攻撃に因って負傷者が発生したと聞いていた。
重傷を負った怪我人を搬出するために、御乗用列車は大宮総合車両センター内の工場棟に向かっているはずだ。
花子女王と千佳を腕で囲い込んで腰を降ろし、洋子は窓を振り返った。
「変ですよ。さっき擦れ違った列車が、また元に戻っていきますわ」
「列車はいいですから、早く頭を下げて下さい」
洋子も、変だと感じていた。作業用トラックと御乗用列車の間を塞ぐように、前進していた列車が、突然、反対に動き始めた。
〈誰かが、御乗用列車を護っている。やはり、トラックは危険だ〉
洋子は緊張した。
「トラックが、ガタガタ揺れていますよ。線路を走るなんて、無茶ですわ」
「花子さま、おかしいですよ。荷台に誰か立っています」
〈お願いだから、頭を下げて〉
花子女王と千佳を囲い込んだ腕に、洋子は力を込めた。
驚いた花子女王と千佳が「キャー」と声を上げる。
窓の外を確認しようと、洋子は首を回した。
トラックの荷台に作業服の男が立っていた。運転席の屋根にライフルを置いて、狙撃の機会を狙っていた。
激しい揺れにも、狙撃手は動じていなかった。
「急いで! もっと早く、後ろを塞いで」
遅々とした列車の動きに、洋子は苛立った。実際に攻撃を受けてからでは遅過ぎる。緊張して腕に力を入れながら、洋子は窓際から離れようと試みた。
「痛いわ、水落さん。放してくださる?」
「ダメです。危険ですから、席に戻ります」
駄々を捏ねる花子女王を睨みつけた。洋子は強い口調で我儘を封じた。
笑顔だった花子女王の表情が凍りついた。珍しく強硬な洋子の態度に驚いた様子だった。呆然と洋子を見詰める花子女王の見開いた眼に、涙が浮かんだ。
「我儘を言って、ごめんなさい。水落さんが、いつも優しいから、つい立場を忘れて……」
幼い子供のように肩を震わせて、花子女王がしゃくり上げた。
折れそうになる心を鬼にした。諌める口調で、洋子は花子女王に告げた。
「殿下の安全を、お護りするためです。指示に従ってください」
大きな眼に涙をいっぱい溜めながら、素直に花子女王が頷いた。上目遣いに洋子を見詰めていた。
〈参ったな。この表情が苦手なのよね〉
幼さの残る表情を目にした洋子は、胸が苦しくなった。
2
バックした列車が、完全に作業用トラックを遮った。安全を確かめて、洋子は、花子女王と千佳を立たせた。
「急ぎますよ。振り向かないでください」
花子女王と千佳を先に急がせ、全身で庇いながら洋子は移動を始めた。列車で遮断しても、遣り過ごした作業用トラックが攻撃してくる可能性もあった。
しかし、先の攻撃を考える限り、標的は個室車輛にあると考えられた。先頭の客車に戻れば、リスクは少なくなると信じていた。
少なくとも、先頭の車両ならば、同じチームの力が借りられる。
車輛の入口から、洋子は穂村の姿を確認した。いつになく穂村を信頼している洋子自身に驚かされた。穂村は厭味な男だが、花子女王を護る目標においては頼れる先輩だ。
振り返りながら足を進める洋子の視線に、最後尾にある個室車輛のデッキが映った。
乗車時に見かけた警視庁警備部の韮山の姿が見えた。フード付きのコートを頭から被っていた。周囲を背広姿のSPが固めていた。
〈攻撃で重傷を負った人って、韮山さんだったの? でも、どうして顔を隠すの。まるで犯人みたいだわ。もしかして変装をしているのかしら〉
疑問を覚えながら、洋子は穂村に目を向けた。
「工場棟に入ると、負傷者搬出のために救急隊が個室車輛に入る。不審者が侵入する惧れがあるから、急いで席に戻れ」
非難口調で、頭ごなしに穂村が怒鳴った。
「解っています。今、戻ろうと……」
「口答えするな。貴様が女王殿下を見失わなければ、問題などなかったんだ」
一度でも穂村を信頼した事実を、洋子は悔やんだ。やはり穂村は最低の先輩だ。
〈穂村だって、逃げ出した花子女王を見つけ出せなかったくせに〉
穂村が積極的に動かない理由は、責任逃れのためだ。洋子は、知っていた。だからと言って、緊急時の今、反抗しても何の得にもなりはしない。
〈とにかく、先導してくれれば充分だ。少なくとも前方からの盾にはなる〉
洋子は頭を下げて、穂村に頼る振りをした。
「先導してください。後ろは固めますから」
「解った。急ぐぞ。女王殿下と〝お友達〟を、しっかり見護れ」
穂村が背広の内側に手を差し入れながら、先頭を切って急ぎ足になった。
3
車体が横に揺れた。御乗用列車は軌道を敷き詰めた車両センターの敷地を移動した。
目的とする工場棟の前には、赤色灯を回転させた二台の救急車と複数の警察車両が停まっていた。
透明の盾を構えた機動隊員が、御乗用列車が向かう点検ブースの周囲を取り囲んで、防護態勢を採っている。
警察官が、不審なトラックを追って一斉に駆け出した。
車両センターの周囲の道路は、駆けつけたパトカーが集まって、トラックの逃げ場を塞いでいた。トラックは間もなく拿捕されるはずだ。
洋子は後方に視線を向けた。個室車輛のデッキに動きがあった。
デッキの扉が開いて、コートを被った韮山が修学旅行の車輛に入り込んできた。護衛のSPが周囲を固めていた。
一人だけ俯いたまま周囲に注意を払わない人物がいた。よく見ると、背広を肩から羽織っているが、両腕が腰の辺りで捕縄されていた。
〈何を考えているの? 凶悪犯を同じ車輛になんか、入れないでよね〉
洋子は苛立ちながら、振り返った花子女王の視線を邪魔しようとした。
「不審な人物が連行されてきましたよ。何かの犯人ですわよね、あの方。もしかして、一連の攻撃は、あの方を狙っているんじゃなくって」
「ミステリーの読み過ぎですよ、花子さまは」
花子女王と千佳に、不審な韮山の動きを勘付かれた。洋子は冷静を装って、花子女王と千佳を諌めた。
「なんでもありません、気にしないでください。ほら、足が停まらないように」
「叱られたぁ」
ふざけながら、花子女王と千佳が屈託なく笑った。
〈笑いごとでは、ないんだけどなあ〉
洋子は片眉を上げて、口を曲げて見せた。
気のせいか、韮山が追い掛けてくると感じた。イヤホンのマイクに疑問をぶつけたかった。だが、花子女王に気付かれると話が難しくなるのでやめた。
〈せめて、同じ車輛だけは、やめてよね〉
洋子は心に願った。花子女王の席がある先頭車輛に向かって、連結部のドアを開けた。




