王様の行進(1)
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外務省北米局外務事務官の内木明憲は、要人送迎のリムジンに乗車していた。
同乗するアメリカ合衆国の元国務副長官、リチャード・マクガヴァンの巨体に閉口しながら、同行した経済産業省通商政策局企画官の通訳を務めていた。
空港から都心に向かう首都高速は、連日以上に渋滞していた。
今回の来日は、私人の政策コンサルタントとして予定された講演会出席が目的だった。
マクガヴァンに気付かれないように、企画官が日本語で内木に訊いた。
「困ったな。間に合うかな。どうして、こんなに混雑しているんだ?」
「本日、あいにく、首都圏の列車ダイヤが混乱を起こしています。東北本線で発生した列車ジャックも収束の気配が見えていません。鉄道を諦め、自動車の利用が増えているためと思われます」
企画官が気にするまでもなく、マクガヴァンは時間の遅れに無頓着だった。
それでも、マクガヴァンの機嫌を気にする企画官のために、内木は気を利かせた。
話題をサイゴン陥落に際してマクガヴァンが採った救出作戦に向けた。
内木の思惑通りだった。
マクガヴァンが待っていましたとばかりに英語で話し始めた。
「よくベトナム戦争の英雄だと評されるがね。実は、当時の私は、既に正式な軍人ではなかったんだよ」
「除隊されていた事実は聞いています。国防省から依頼があって最後の救出作戦の指揮をされたんですよね」
内木の返答に満足して、マクガヴァンが鍛え上げた太い首で頷いた。
満面の笑みが浮かんでいた。
ベトナム戦争当時の経験に触れると、マクガヴァンが際限なく武勇伝を語り続ける噂は、有名だった。
「圧巻だったよ。北ベトナム軍に包囲された空軍基地に、ヘリコプターで群れを成して乗り込んだんだ。激しい砲撃が続く中だよ。脱出を促す暗号の『ホワイト・クリスマス』が感動的だった。我々の部隊は脱出だけでなく、機密保持のために、基地内に残された機器をすべて破壊した」
自慢話は続いていた。マクガヴァンはベトナム戦争を舞台にした英雄だった。
ベトナム戦争撤退後も、的確な判断と戦況の読みが深いために重宝がられ、国防総省を皮切りに、国防長官補や国務副長官を歴任した。
要人ではあったが、私人としての来日のため、今回の警護は私設のセキュリティ・サービスが同行した。
柄の大きなマクガヴァンに加えて、見上げるほどの軍人上がりのボディ・ガードが二人も乗り合わせていた。
広いリムジンの室内が、かなり狭く感じられる。
リムジンの周りを、装甲車のように大柄な車が護っていた。渋滞に嵌ると、周囲に比べて重厚な黒塗りの車体は目立って見えるはずだ。
内木は周囲の状況に神経を巡らせた。前任地コロンビアでの習慣が、今なお強く影響を残していた。
渋滞する車の隙間を縫って、後方からオートバイが近付いてきた。
内木は背筋を凍らせた。身体を竦めて、万が一の攻撃に備えた。
リムジンは防弾ガラスや特殊鋼の装甲が装備されていた。だが、車体ごと破壊される可能性だってある。
オートバイが駆け抜けていった。何事も起こらなかった。




