射殺(4)
6
「どうして列車に向けて銃弾を撃ったの? 攻撃しない約束だったわよね」
拳銃を構える手が大きく震えていた。ヒステリックに叫ぶ女子高生の前に、奥畑が倒れていた。
ライフルや架台、自動発射に使用した計器類が、床一面に散らばっている。
セットしたライフルを片付ける際に、女子高生に追突され、拳銃を奪われた様子だった。勢いで壁面に追突した奥畑は、上半身を起こしながら、首の後ろを抑えていた。
「乱暴だなあ、君は。僕は〝狙撃しない条件で他の列車運行を開始していい〟とは言った。だけど、こちらから攻撃しないとは一言も口にしてはいないよ」
「それじゃ、何のために、無抵抗の列車を攻撃する必要があるのよ」
女子高生が、さらに強く奥畑を詰問した。
「貴方の主張する革命って、いったいどんな意味があるの? 無差別に一般人に向かって攻撃を仕掛ける行為が、民衆の自由を求めた革命に繋がるの? 恐怖で縛るために、居合わせた普通の人を殺すなんて、繰り返される不毛な自爆テロと変わりないわ」
「僕たちが目指しているのは、誰もが差別なく幸せを共有できる世界だ。少なくとも、恐怖で何かを主張したいと考えているわけではないよ」
女子高生が口を歪ませて舌打ちした。
「格好の良い言葉を並べても、実践できなければ同じよ。誰かの命と引き換えに手に入れた世界なら、やがて誰かの命と引き換えに奪われるときが来るわ」
「ちょっと待ってくれよ。世界の話はどうでもいいが、問題は君の態度だ。舌打ちは女子高生には似合わない」
まるで革命家に見紛う女子高生の発言を、奥畑が、からかって笑う。人を喰った口調で、奥畑は言葉を軽くした。
銃口を向けられて話す内容ではなかった。
余計な刺激をしないように、荒瀬は女子高生に話し掛けた。
「拳銃を渡しなさい。君が手を下す必要はない。わかるか、引鉄を引けば、今度は君が殺人者になるんだからな」
「バカじゃないの、刑事さん。殺さないわよ。私だって、人殺しになんて、なりたくないもの。でもね、こんなところで死にたくもないのよ。じれったい交渉なんて、どうでもいい。私は一刻も早く、こんな不合理な場所から解放されたいのよ」
女子高生が対話の矛先を奥畑に替えた。
「とにかく、この場所から出て行ってもらうわ。狙撃されるも、捕まるも、刑事さんたちの思い通りにして」
奥畑が女子高生をからかって笑う。あくまでも冗談の一部だと言わんばかりの態度を崩さなかった。
「わかった。わかりましたよ、お嬢さん。いずれ、この場所を撤退する予定でした。お嬢さん、あなたを解放しますから、どうぞ、車輛から出て行ってください」
奥畑の言葉に、女子高生が、ふんと鼻で笑った。
「どうして私が、こんな危険な鉄橋の上に降りなければいけないの。あなたが出て行きなさいよ。荒川に落ちようと射殺されようと、あとは、あなたの勝手だから」
「外に出ればいいんだね。わかったよ。君に殺されたくはないから、僕は外に出るよ。ねえ、運転士さん。運転席のドアを開けてくれるかな」
磯崎が怯えながら車輛の前に移動した。ポケットから鍵を取り出す手が震えていた。
「奥畑が外に出ます。武器は持っていません。捕獲が可能ですから、狙撃は待ってください」
荒瀬は無線に向かって小声で連絡した。
『了解した。出現と同時の狙撃は中止するが、動向如何では、狙撃の可能性はあるぞ』
「仕方ないですね」
荒瀬は安易な狙撃を防ぐために、奥畑と同行する決心を固めていた。
磯崎が鍵を開けると、奥畑が運転席に続くドアを開けた。
「ご迷惑をお掛けしましたね。皆さんの協力に感謝しますよ」
目的を果たしたように爽やかな笑顔を浮かべると、奥畑が運転席の中に入った。拳銃を構えながら、女子高生が運転席の中に続く。
「待ってくれ、自分も奥畑と同行する」
荒瀬は女子高生に告げて、運転席に入った。
7
運転席から外に出る扉を開けると、荒川を渡る風が吹き込んだ。現実が扉の外にあった。川面に反射した陽光が、キラキラと輝いていた。
荒瀬は奥畑に提案した。
「自分が先に行こう。狙撃を防いでやる。できる限り、離れないようにな」
「これは、これは、事件担当の刑事さんとは思えない発言ですね。〝俺が護ってやる〟ですか。ありがたいですね。それでは、お言葉に甘えましょうか」
「外に出ます。自分から先に出ますから、誤って狙撃しないように」
と、荒瀬は無線に告げた。手を大きく振りながら、列車の外に身を乗り出した。
荒瀬は慎重にSATの動向を探った。
列車の前後を塞ぐ隊員たちは身動ぎ一つしなかった。荒瀬は後ろ向きになって、一足ずつステップを確認しながら線路に降りた。
「いいぞ。ゆっくり降りて」
運転室を見上げて、奥畑に話し掛けた。荒瀬は、驚いて言葉を止めた。
状況が変わっていた。女子高生が表情を変えていた。車輛の上から拳銃を向けながら、奥畑に迫っている。
「刑事さん、残念だよ。狙撃から護ってくれるよりも先に、僕は、この娘に撃たれるみたいだ」
女子高生が頬を強張らせながら、奥畑に口調を荒げた。
「私の両親は、テロリストに殺されたわ。空港テロに巻き込まれて、母は爆死した。私の目の前で、バラバラに引き裂かれて死んだわ。父も重傷を負って、しばらく経ってから亡くなったのよ」
「そうか、大変だったね。でも、僕は無差別テロを行っていないよ」
悔し涙を流しながら、女子高生は無理に笑って見せた。
「減らず口はやめて、外に出なさい。私はテロリストが許せないのよ」
「分かった、出ますよ。悪かったね、嫌な思いをさせて」
奥畑が苦笑しながら、列車の外に身体を乗り出した。
荒瀬は緊張した。居合わせた全ての関係者が緊張していた。
狙撃を避けるために、背中を合わせになって荒瀬は列車を降りる奥畑に寄り添った。
投降まで、あと一歩だった。
少なくとも荒瀬は、降車が無条件投降に繋がると確信した。
線路上に降りた奥畑が、おどけたように荒瀬の脇を擦り抜けた。軽い足取りで鉄橋の欄干に登った。狙撃に対して無防備な状態だった。
奥畑が女子高生に向き合った。
「短い間だったけど、世話になったね。君のことは忘れないよ。誰も傷つけない革命方法については、これから真剣に考えていくよ」
荒瀬は焦った。このままでは、狙撃の障害は鉄橋のトラスだけだ。
「そこから降りろ! 大人しく投降に応じるつもりじゃなかったのか」
奥畑が驚いた顔を見せた。投降する気は一切なかったらしい。
「僕は、ここから跳ぶんだよ、アンデスのコンドルみたいにね。まだ、やり残した仕事があるんだ。こんな場所に留まってはいられない」
隣の鉄橋を、青いラインの電車が走り抜けていった。
騒音で、何も聞こえなくなった。奥畑の口が動いていた。
そのとき、銃声が響いた。
奥畑の胸に赤い染みが広がった。奥畑が動きを停めた。
「どうして撃った?」
荒瀬は怒鳴った。拳銃を掴んだ腕を下ろして、女子高生が放心状態になっていた。
「奥畑! 大丈夫か」
笑おうとした奥畑の顔から表情が消えた。
奥畑の身体がゆっくりと後ろに傾いた。欄干から荒川に落ちていった。
荒瀬は欄干に駆け寄った。流れる水面に向かって、ゆっくりと落下していく奥畑の身体が、くっきりと網膜に焼き付いた。
次の電車が近付いていた。
騒音に包まれる直前に、荒瀬は奥畑が水面に落ちる音を聞いた。
奥畑の姿を包み込んだ波紋が、広がりながら下流に向かって流れて行った。




