射殺(3)
4
停車する列車からの発砲によって、捜査本部の方針が変わった。
単身で説得に当たっていた荒瀬は、無線から聞こえる捜査一課長の言葉に、僅かばかり心が折れた。
『警備部から、狙撃班出動の打診があった。走行する列車に対して攻撃が行われた以上、説得による投降のみを期待する余裕はなくなった。〝立て篭もり犯の狙撃を念頭に置いた、強行突入、制圧のシナリオに転換する必要がある〟との提案だったよ』
「捜査本部の決定なら、従うしかないですね。自分としては、犯人を生け捕りにして訴追に持ち込みたいと考えていましたが」
荒瀬には、心に引っ掛かる疑問があった。
発砲の瞬間、荒瀬は女子高生を人質とする奥畑と間違いなく対峙していた。列車後部だった。
立て篭もり犯は奥畑一人のはずだ。となると、発砲は、奥畑が実際に手を下していない可能性がある。
遠隔操作も否定できないから一概には言えない。だが、少なくとも、リモコンを使う動作は奥畑からは確認できなかった。
荒瀬は捜査一課長に返答を続けた。
「攻撃が何らかの方法で行われた自動運転に依るなら、無差別攻撃の可能性は低いのでは、と考えます。そもそも、攻撃が奥畑の手に依らないのならば、狙撃は無意味です。説得の余地は残されている気がしますが、狙撃と強行突破が既に決定されたならば、反論しても無駄ですよね」
『いや、まだ決定されてはいない。ベテランの〝荒順さん〟が生け捕りにできると思うのであれば、長年の勘に頼ってみようと思う。説得を続けてくれ』
捜査一課長が、呼び捨てではなく〝あらじゅんさん〟と愛称で荒瀬を呼んだ。荒瀬の反発を予想した対応だった。
外から見ると、交渉の過程で、荒瀬は犯人側に心が傾き始めている、と捉えられていた。確かに、同情とはいかずとも、荒瀬は奥畑に強い敵意を覚えられずにいた。
人質を取った立て篭もり犯でありながら、凶悪な印象は感じられなかった。常に、どこか人を喰った部分があり、感情で無差別攻撃に転じる気配は見られない。
はたして、いきなり狙撃して射殺する行為が、司法警察組織の選択として正しいかどうかも疑問だった。
しかし、世論は間違いなく、結果に対して審判を下す。
結果如何では、荒瀬の選択が全否定され、今後の捜査一課全体の活動にまで影響を及ぼす可能性は否定できない。
荒瀬の鈍い反応を察した捜査一課長が、言葉を続けた。
『ただし、警備部からの打診も無下に断るわけにはいかない。狙撃班の準備は受け入れるつもりだ。次回が最後の交渉だと思って、慎重に対処してくれ。次の交渉で新たな展開が見込めない場合は、狙撃を含めた強行突破に移らざるを得ない。わかっているな』
了解するしか、選択は残されていなかった。
交渉と並行して、狙撃が可能なように、奥畑を列車の外に誘導する必要があった。
奥畑に関する一切の感情を消し去ろうと、荒瀬は考えた。
女子高生が逃げ出そうとしたとき、奥畑が見せた険しいテロリストの表情を、荒瀬は脳裡に浮かべた。
同情していては、目の前で奥畑が射殺された際に、荒瀬も心に深手を負いかねない。
荒瀬の意思に因らないにせよ、交渉の失敗が奥畑の惨死を招く結果に繋がる。
5
公安部の強引な解決方法に、荒瀬は今までに一度も共感を覚えた記憶はなかった。
あくまでも特殊班の目指す事件解決は、〝説得による投降または生け捕りで犯人を確保し、追訴する〟だった。
荒瀬は心を引き締めて、奥畑が立て篭もる列車に対峙した。公安に属する特殊急襲部隊のメンバーが、奥畑の背後を固めていく。
アサルト・スーツに身を包み、タクティカル・ベストを着けた姿は物々しかった。ヘルメットを被り、透明な防弾盾を構えていた。
〈俺ばかりが、身一つか〉
荒瀬は自分が滑稽なピエロの立場にあると感じて、思わず鼻で笑った。
SNSに載せられた奥畑のプロフィールには、ドン・キホーテの姿が描かれていた。
〈俺たちは似ているのかもしれないな〉
お互いの目の前には、それぞれ聳え立つ風車小屋が立っている。想像しながら、荒瀬は心の中で頭を振った。
〈いかん、いかん。同情は禁物だ〉
列車の反対側でも、埼玉県警の特殊部隊が列車との間合いを狭めていた。迷いのために行動を躊躇っている余裕など、残されていない。
荒瀬は列車に向かって、再び呼び掛けた。
「話がある。車輛の外に出てくれ」
列車の中から、反応はなかった。再び、呼び掛けようとしたとき、列車の中から運転士の磯崎が姿を現した。
「〝狙撃されるために、姿を見せるバカはいない〟と、奥畑が言っています」
何度も後ろを振り向きながら、磯崎が緊張して話した。脅されていると、言わんばかりの怯えようだった。
短い間隔を空けて、両側の軌道を上下線の列車が通り過ぎた。
騒音と風圧が長く続いた。騒音に混じって、何かが壁に突き当たる音がした。
「止めろ! 何をするんだ」
列車の中から奥畑の怒鳴り声がした。
列車内を隠していた磯崎の身体が、振り向いた。
確実に、中で何かが起こっていた。
身体を捩り、荒瀬は列車内を覗いた。拳銃を構える女子高生の姿が見えた。今にも引鉄を引きそうな勢いだった。
「待て! 早まるな」
磯崎を押し退けて、荒瀬は列車内に飛び込んだ。
後ろに控えていたSATが列車に駆け寄る。気配を背中に感じた。
重装備がガチャガチャと音を立てていた。




