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ラ・マンチャの軍隊(4)

        5

 窓の外を駅のホームが流れ去っていった。首だけを動かして、花子女王の相手をしていると、声を潜めて穂村が洋子を叱る。

「すぐに荒川橋梁だぞ。しっかり、外を見張れ!」

「了解! 間もなく橋梁部に差し掛かります。前方に事故車輛らしき存在を確認!」

 洋子の報告を聞いて、花子女王と千佳が嬉しそうな声を挙げた。座席から腰を浮かせて、洋子と窓枠の間から外を覗こうとしていた。

「ねえ、良いでしょう。隠れながら見ていますから」

「ダメです。椅子に座ってください」

 言葉で注意しても、聞き入れてもらえなかった。席に戻そうと思ったが、現場は、すぐ間近に迫っていた。ガードする姿勢を崩す余裕はなかった。

「何をやっているんだ、水落! 女王殿下に座って頂け!」

 穂村が洋子を叱った。再度、注意したが、面白がるだけで埒が明かなかった。

 列車のスピードが落ちた気がした。気が付いた穂村が、イヤホンのマイクを通して岩脇に連絡した。

「列車のスピードが落ちています。危険ですから、速度を上げて通過時間を短くするように指示を願います」

『了解した。列車速度を上げるように指示する』

 イヤホンを通して、岩脇の声が聞こえた。すぐにモーターの音が変わり、車窓の景色が速度を増して流れ始めた。

『運転士判断で軌道の状況を確認するために速度を落としていた。前車輛が無事に走行したと確認できたため、これから速度を回復する』

 イヤホンから、続いて状況を説明する岩脇の声がした。隣の軌道を塞いで停まっている車輛が近付いた。

 停止する車輛より少し手前に人影が見えた。背広を着た刑事だった。背広の脇に手を突っ込んでいた。

 拳銃に手を掛けている様子だ。

 車輛の後部に、人質を抱えた若者がいた。南米風の毛糸の帽子を被っていた。ふざけた格好をしていたが、人質に当てた手には拳銃が握られていた。

「車輛後部に拳銃を持った人影があります。厳戒態勢に入ります」

 洋子はイヤホンのマイクに告げた。聞き付けた花子女王が、興奮気味に話し掛けてきた。

「本当ですか。見たい、見たい! ねえ、どこなの、水落さん? ちょっとでいいから見せて下さいよ」

「ダメです! 危険ですから、頭を下げて!」

 洋子の言葉も聞かず、花子女王が千佳と二人で首を伸ばした。

 車輛内も昂奮が高まっていた。早々と気付いた生徒たちが大騒ぎして、我先にと窓に張り付いた。

「危険です! 窓から離れて! 座席に戻り、頭を抱えて伏せて下さい」

 穂村が叫ぶように注意を繰り返した。

 騒動は鎮まらなかった。人質に拳銃を当てた男が手繰り寄せられるように、速度を上げて近づいてくる。

 このまま、何事もなく通過できればいいが。

 男が構えている拳銃をほんの少し横に動かせば、発射された銃弾が窓を突き破る可能性は、必ずしもゼロではなくなる。

 洋子は花子女王に身体を被せて、伏せさせようと考えた。洋子の動きを察知して、穂村が怒鳴った。

「持ち場を離れるな! 窓を塞いでいろ」

 穂村が「失礼します」と告げた。花子女王と千佳に覆い被さるようにして、座席に座らせた。

「だってぇ、まだ見たい~」

「頭を下げて!」

 穂村が花子女王の我儘を諌める声が、背後で聞こえた。


        6

 洋子は背広の中に付けたホルスターに手を掛けた。窓の外で繰り広げられている立て篭もり犯と刑事の対決を凝視した。

 対決の現場が、ぐいぐいと手繰るように近付いてきた。

 列車から落ちそうになる人質は、制服姿の女子高生だった。抵抗する気配は感じられなかった。

 拳銃を突き付けている若者の顔が、皮肉っぽく歪んでいた。

「笑っている……」

 洋子は思わず呟いた。

「どれ、どれ、見せて、見せて」

 腰に縋りつく小ぶりの手を感じた。穂村を振り払って、通路を越えた花子女王が、窓際に近付いた様子だった。

「危ないですから、席に戻ってください」

「そっかぁ、あれが事件現場かぁ。でも、おかしいわ。水落さん、車輛の前のほうに、変なものが見えますよ」

 花子女王の言葉に驚いて、洋子は列車の先頭部分を見詰めた。

「下がってください。危険です!」

 後ろ手で花子女王を窓枠の下に座らせると、洋子は花子女王の身体を覆うように体勢を傾けた。

 列車の先頭部分で、金属状の何かが、陽光を反射して鋭く光った。窓の隙間から棒状の何かが突き出していた。

 光ったのは照準器のレンズだ。

 ライフルの銃身だった。照準器の横で赤い光が点滅している様子が見て取れた。

 赤い光は、何かのセンサーだった。横を摺れ違う瞬間、洋子は背筋が凍りつく感覚に襲われた。

 背中を丸め、洋子は、花子女王に覆い被さった。穂村も洋子の上に、身体を投げ出した。

「女王殿下、大丈夫ですか!」

 洋子は手足に力を入れて、穂村の体重が花子女王に掛からないように踏ん張った。言葉にならない苦痛の声が、思わず口を突いた。

『通過した。攻撃はなかったぞ』

 岩脇の声が、イヤホンから聞こえた。流れ去る、占拠された列車の窓から、火花が光った。

〝銃撃だ〟洋子が口にしようとした瞬間、走行していた列車が急ブレーキを掛けた。

 悲鳴と共に、立ち上がっていた中学生たちが、一斉に座席に尻餅を搗いた。不自然な体勢で花子女王を庇っていた洋子は、前席の背凭れに強く身体を打ち付けた。

 もう少しで花子女王を押し潰しそうだった。

 穂村も、いまだに洋子に体重を掛けている。

〈ふざけないでよね。邪魔だから、自分の力で立ってよ〉

 急ブレーキの重力(G)が弱まった。起き上った中学生から、「後の車輛で誰かが撃たれたわ」の声が挙がった。

 客車内がパニックになった。

 前方の車輛に逃げようとする生徒と、反対に後部車輛を見に行こうとする生徒たちが、廊下で渋滞を起こしていた。

『何を停まっているんだ。早く発車しろ!』

 イヤホン越しに岩脇が怒鳴っていた。

 身体を被せていた穂村が退き、身体を起こした。洋子は花子女王と千佳が、身体の下を擦り抜けて、姿を消している事実に気付いた。

〈しまった。逃げられた〉

 洋子は全身から、血の気が退いた。


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