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ラ・マンチャの軍隊(2)

        3

 一見して普通の青年だった。列車を爆破して立て篭もりを続けるテロリストには、とうてい見えなかった。

 皮肉っぽく口を曲げると、奥畑が小さく笑った。

「驚いたでしょう。刑事さんは、もっと、ごっつくて、凶悪犯って感じを思い浮かべていなかった?」

「写真は見ていたからな。特に大きな違和感はない。でもな、君なら、強硬手段に出なくても、正攻法で交渉ができたと思うが」

 人懐っこそうな表情だと、荒瀬は感じた。話し方が穏やかで、人の懐に、するりと入り込める雰囲気を持っていた。

 奥畑が声を上げて笑った。

「〝正攻法で交渉ができた〟って、どういう意味かな。この国で、僕みたいな一個人ができる交渉なんてあったかな。ないよね。不正な目に遭って、どんな痛みを感じていたって同じさ。個人の痛みなんか、集められて多数だと認められない限り、誰にも相手になんか、されないよ」

「ならば、同じ痛みを感じる声を集めれば良かっただろうが。力で痛みを主張しても、大衆の共感は得られないぞ。君の主張を伝えたいなら、全面的に反感を抱かれる前に、まずは人質を解放しろ。解放した後で君の主張を伝えればいい」

 鼻白むばかりの言葉を口にしながら、荒瀬は〝中身のない主張〟だと感じていた。

 しかし、目的は、思想的な論破ではない。立て篭もり犯よりも優位に立ったところで、感情的な対立を生むだけでは意味がない。

 馬鹿にされようとも、犯人の懐に入り込めれば目的は達成する。

 鼻で笑った奥畑の顔を見ながら、荒瀬は心の中で〝しめた〟と思った。

「詰まらない探り合いは止めようよ、刑事さん。本当は刑事さんだって知っているはずさ。多数決だって、所詮は力による主張だよね。個人の主張なんて、存在しない」

「君の言う通りだよ。個人の主張が、力を使わずに大衆に伝わるなんてありえない。だけど、反感なら別だ。簡単に大衆の中に広がっていく。今、現状で人質の解放が無理ならば仕方がない。だが、せめて、もう一人の人質の無事を確認させてくれ」

 荒瀬の言葉が終わると、奥畑が呆れた顔で肩をすくめてみせた。

「分かったよ。交渉事だからね、姿だけは見せてやろうかね」

「済まないな。状況さえ確認できれば、いいんだ。女子高生だったよな。怪我をしたり、体調が悪くなったりは、していないな」

 磯崎を代わりに立てると、奥畑が車輛の中に戻った。すぐに女子高生の腕を掴みながら、姿を現した。

「人質の写真を撮って、身元を洗ってくれ」

 荒瀬は、イヤホンのマイクに、こっそり囁いた。

「ほら、もう一人の人質だよ。怪我なんか、させちゃいない。体調だって、問題ないだろう」

 引き出された女子高生が、不貞腐れたように下を向く。

 突然、女子高生が奥畑の肩を突き飛ばした。不意を打たれ奥畑の手が緩み掛けた。逃げ出そうと身を捩る女子高生が列車から落ちそうになった。

 引き戻そうと前のめりになった奥畑に隙ができた。少なくとも荒瀬は思った。

 荒瀬は拳銃を抜いた。

 構えるより先に、奥畑が女子高生を抱えて、銃口を胸に突き付けた。

 鋭い眼で、奥畑が荒瀬を睨んでいた。俊敏な動きも威嚇いかくする表情も、間違いなく本物のテロリストだった。

 睨んでいた表情が緩み、強気な笑みが奥畑の顔に浮かんだ。

「騙し討ちはいやだよ。僕には、まだ、やらなくちゃならないことがあるんだ」

「だから、言っただろう。交渉事なら直接、聞くって」

 意味の通らない言葉を返して、荒瀬は苦笑しながら拳銃を肩のホルスターに戻した。

 激しい騒音を立てて、下り列車が、すぐ隣の軌道を走り過ぎていった。

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