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ロンドン橋が落ちた。(3)

        4

 セキュリティ・チェックを終えた由紀子は、垣内にいて指令室に入った。

 壁一面に作られた路線図の表示では、すべての線区で問題が起きていた。

 停車している列車の位置が表示され、利用客で混雑する主要駅の状況が監視カメラの映像として映し出されていた。

 指令室の中は、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が飛び交っていた。

「最悪の状況ですね。足が竦みそうですよ」

 由紀子は小声で垣内に告げた。混乱した指令室には初めて入った。

垣内が振り返って、苦笑しながら由紀子に囁いた。

「大変だよ、今回は特にテロが発生しているからな。本社の経営幹部おえらいさんまで来ている。対策本部が組まれているから、騒ぎも、また格別だ」

 由紀子は赤羽、川口間に表示された事故の表示を凝視した。

「何が目的なんですかね。どうして、首都圏の鉄道輸送機能だけを、ここまで停止させる必要があるのか、疑問ですよ。道路交通網に対するテロ攻撃は、まだ報道されていないですものね」

「東京、埼玉を結ぶ鉄道網がマヒしているんだからな。攻撃はなくとも、幹線道路の渋滞は、避けられないはずだ。特に、バスによる振替輸送が始まれば、荒川に架かる橋周辺は渋滞が酷くなる。都心への出入りが道路交通に集中するわけだからな。当然だが、我々スジ屋は、現在のダイヤ回復に全力を尽くす必要がある」

 正論だった。垣内の眼を見て、由紀子は深く頷いた。


        5

 緊急で設置された長テーブルの前に、会社の経営幹部が立って待っていた。常務や取締役営業本部長、商品部長など列車運行に関わる錚々たる面々だった。

 荒川橋梁の封鎖は間違いなく長引く様相を見せていた。

 線路の破壊を伴っているから、完全な回復には纏まった日数を要する。幹部の対策本部登場は必然だった。

「一刻も早く、ダイヤ回復を目指し、可及的速やかに対処して頂きたい。我社だけでなく、日本の鉄道会社全体の威信が懸かっている。海外での営業展開のためにも、長年に亘って培ってきた信頼を失うわけにはいかないんだ」

「しかし、テロリストが荒川橋梁を塞いでいるとなると、都心と埼玉方面との連絡ができないですね。塞いでいるのが一軌道だけだとしても、走行する車輛が爆破や銃撃で、二次被害を受ける可能性がある。通過する全線を通行止めにし、赤羽と川口で、それぞれ折り返し運転を開始する方法が妥当です」

 営業本部長の言葉に、垣内が反論を述べた。苦笑いしながら、営業本部長が力を籠めて説明を補足した。

「本来なら垣内君の主張は正しい。鉄道業に携わる者として、乗客の安全は何事にも増して尊重されるべきだ。〝安全なくして何が運送業か〟と言っても過言ではない。しかしな、我々にも逆らえない命題がある。解るよな」

「それって、政府や官僚からの命令って話ですか?」

 立場を忘れて、由紀子は営業本部長に疑問をぶつけた。

 営業本部長の不機嫌な顔つきに垣内が、気付いた。営業本部長との間に身体を割り込ませて、由紀子を庇った。

「余計なことを話すな。対応は、すべて俺が行う。変に頑張っても、不利になるだけだ」

「でも理不尽ですよね、個人の安全より、政府や官僚の命令が重要なんて」

 垣内が呆れた表情で口を曲げた。

 仕方がないんだと、首を横に振って、垣内が話を続けた。

「列車ダイヤの回復が必要なんですか? それとも安全を無視してまで、動かさなければならない車輛が存在するとか」

「垣内君には隠すだけ無駄だな。想像通り、動かさなければいけない列車がある」

 続けて話そうとする営業本部長を止めて、常務が説明に加わった。

「本日、通勤時間帯が終了したあとで、特別列車が予定されていた。学習院女子中等科修学旅行の御乗用列車だ。乗車される学生の中には、皇族の女王殿下もおられる。御乗用列車を無事に本日の目的地、東武日光線、日光駅まで無事に到着させなければいけない」

「何を考えているんですか。御乗用列車なら、一般列車以上に安全確保が必要でしょうに」

 由紀子は、黙っていられずに口を挟んだ。

 垣内が堪え切れずに苦笑した。

 常務が困った顔で小声になった。

「君の意見は正論だ。だがね、実は御乗用列車自体に、爆破予告が出されているんだ。爆破を回避する条件として、先日、極秘帰国して逮捕された国際テロリスト、柳谷浩平を、無事に出身地の日光市まで護送するように、要求された。指定された護送手段は、御乗用列車だ。到着時刻は最大に遅れても、十三時を超過しないこと」

 由紀子の父親と常務は、現役のスジ屋の時代に同期で技術を競い合った仲だった。子供のころには遊んでもらった記憶がある。

 垣内が興奮気味に反論した。

「公安警察からの指示ですか? 会社が単独で決定できる内容ではないですよね。しかし、いずれにせよ、走行は不能ですよ。橋梁が塞がれている現状では、物理的に無理でしょう」

「先程、垣内君が〝二次被害が予想される〟と指摘した、走行不能の軌道だけを封鎖して、残された軌道を利用する件だがな。乗っ取り犯から、宣言があった。狙撃等の攻撃をしない条件ならば、通常走行で通過をしても一切の危害を加えないとな。しかも、要求事項として、乗っ取り犯は列車ダイヤの回復を挙げている」

 由紀子は疑問を付け足した。

「御乗用列車自体の運行を取り止めては、いかがですか。いくら乗っ取り犯から荒川橋梁を渡る際の安全が約束されても、列車爆破予告の犯人は別にいるわけですものね。しかも警護を厳重にするとはいえ、皇族と同じ列車内で国際テロリストを運ぶなんて、言語道断ではないですか。鉄道会社として、安全を確保できない運行は回避すべきですよ」

「だがな、〝移動が必要な乗客を、確実に要求された場所に移送する〟こちらも鉄道会社の重要な使命だ。採れる限りの安全策を講じて、無事に要求された場所まで送り届ける列車ダイヤを作り上げて見せようじゃないか。由紀子ゆっこも協力してくれよ、伝説の〝スジ渕〟直系のスジ屋なんだからな」

 垣内から受命を宣言されると、由紀子もこれ以上は口答えを続けられなかった。

安心して頷く経営幹部を横目に見て、無線機とディスプレイの並ぶ指令席の後ろに設置された運転整理ダイヤ担当の椅子に垣内が座った。

「さあ、のんびり構えてはいられないぞ。まずは停車中の現状を打ち出した列車ダイヤを出力してくれ。それから各列車の乗車状況だ。可能な列車はできる限り運休か、折り返し運転に切り替える。閉塞区間に、それぞれ列車が停車している状況じゃ、埒が明かない。お召し列車と同じ条件で御乗用列車が運行できないと、皇族の安全は確保できないからな」

 由紀子は慌てて垣内の隣に座った。由紀子のサポート如何で、御乗用列車の発車時刻が左右される。責任重大だった。

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