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ロンドン橋が落ちた。(2)

        3

 再び列車後部に姿を現した磯崎が、困り切った表情で荒瀬に告げた。

「現時点で、具体的な要求は〝ない〟そうです。とにかく、警察関係者は橋梁の袂より近付かないこと。連絡は指定したソーシャル・ネットワーキング・サービスを通じて行う。検索のキーワードは〝ドン・キホーテの会〟だそうです」

「了解した。とりあえず我々は橋梁の袂まで引き下がる。SNSの利用は改めて検討させてもらう。ただし、一つだけ教えてくれ。磯崎さん、あなたの状況は確認できた。我々は、もう一人、女子高校生の人質の状況を心配している。著しい疲労や怪我はないか、できれば、磯崎さん、あなたのように姿を見せて欲しいのだが」

 納得したように頷き、磯崎が後ろを向いて奥畑と短く言葉の遣り取りをした。頷きながら荒瀬に向き直し、難しそうな表情で口の端を曲げた。

 磯崎が首を横に降った。

「残念ですが、もう一人の人質を、この場に出すわけにはいかないそうです」

「それならば、磯崎さん、あなた個人の意見を聴かせてください。女子高校生の状況は、どうですか? 精神的に追い込まれて極度に疲労していたりはしませんか? 怪我など、深刻な肉体的な障害はありませんか?」

 小さく頷きながら、磯崎が質問を聴いていた。再び後ろを向いて、しばらく長めの遣り取りを繰り返していた。

〈まさか、人質に何か問題が発生しているのではないか〉

 荒瀬は状況の悪化を恐れた。場合によっては、この場から強硬な対応が必要になる。対応の方法と手順を思いつく限り考えた。どれも最良の策ではなかった。

〈最悪の場合は、狙撃も止むを得ない〉

 荒瀬は身構えた。振り返った磯崎が口を開いた。

「人質の状況に問題はないです。私個人としても、人質の安全は保証します。それと、私から交渉したのですが、了解を得たので報告します」

「何ですか? 交渉とは。要求もない犯人が、あなたの要求を受け入れたんですか」

 荒瀬は磯崎の言葉を信じ切れないでいた。どうして、奥畑は強硬な態度に出ないのか。要求もなく、何のための立て篭もりか。

 磯崎が落ち着いた表情で「私は、これでも鉄道マンなので」と前置きして話し出した。

「現在、荒川橋梁は列車の走行が取り止められているようですが。通常走行で、狙撃等の攻撃をしない条件ならば、中断している列車の走行を行っていただいて構いません。こちらからは一切の危害を加えないと犯人は約束しています。一般人に多くの迷惑を懸けたくない。むしろ、要求事項として、列車ダイヤの回復を願いたいそうです」

「要求は聴いた。実行可能かどうか、持ち帰って検討したい」

 どこに企みがあるのか、荒瀬は混乱し始めていた。

 列車ダイヤの回復に何らかの意味が含まれていると、理解だけはできた。混乱したままで、荒瀬は声を潜めてイヤホンのマイクに囁いた。

「犯人は、中断されている列車ダイヤの回復を要求しています。関連する列車の運行に、何かしら犯行の目的が隠されているはずです。該当する列車の情報を、すべて洗い出してください」

 埼玉県警本部にも撤退を要求して、荒瀬は踝を返した。面倒な事件になりそうだった。脱線によって崩れた枕木を横目で見ながら、荒瀬は背中を丸め、両手をズボンのポケットに突っ込んで歩いた。

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