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そして修学旅行が始まる。(2)

        3

 地味な背広に身を包んだ屈強そうな体型の男たちだった。一様に背広の前ボタンを外し、耳にイヤホンを入れていた。

 同業者だ。洋子は男たちに同じ匂いを感じた。

 警視庁のSPだった。十名ほどで、一人の男を囲むように歩いていた。男たちの中に知っている顔があった。おそらく乗車前に見かけた韮山と同じチームだ。

 警護されている男は、要人にしては精彩を欠いていた。前に組んだ手を不自然に衣服が覆っている。犯罪者の護送以外に考えられなかった。

〈嘘でしょう。どうして御乗用列車の発車ホームに、犯罪者がいるの?〉

 先に韮山が列車に乗り込んでいた。となると、犯罪者の護送チームが皇族と同じ列車に同乗する事態になる。

 信じられない状況だった。本当に何を考えているのか解らない。

 岩脇を問い詰めようと思って、取りやめた。ここで話せば花子女王に気付かれる。なにより岩脇の立場なら最初から聴いているはずだ。

 あえて話さなかった事情を、いまさら簡単に教えるはずはない。

 洋子が知らない振りを決めていると、花子女王が窓の外に気付いて眼を輝かせた。

「ねえねえ、水落さん。外を歩いている人たちって、水落さんの同業者ですわよね」

「さあ、気付きませんでしたが」

 洋子は重ねて白を切った。花子女王が興味を抱いて、SPチームを見に行きたいなどと言い出されては困る。

 心配をしながら、洋子は気付いた。もしかすると、列車ジャックが起きていると知りながら、御乗用列車の中止を決定しない理由は、SPチームの護送のためなのか?

「何だか考えるだけで、ワクワクしますわ。ドラマみたいに、銃撃戦やら大爆発があるのかしら。きっと命懸けで要人を守るんでしょうね。カッコいいですわぁ。ねえ、水落さん、活躍を見たいと思いませんか?」

「申し訳ありません。我々側衛官もSPと同じですが……」

 洋子が遠慮しながら返事をすると、花子女王が子供っぽい声を上げて笑った。

「そっかー、そうですわよね。でも、警視庁みたいに派手な活動はされないでしょう。中学生に従いて、退屈な学校生活を見守っていらっしゃるだけですものね」

「違うと思います。花子さまは皇族であられますから、我々にとって命に換えてもお護りすべき重要なお方です。国内外の要人と比較すれば、国家としてどちらが大切かと言われれば、私は花子さまだと思いますが」

 洋子は思わず真剣になり過ぎていると気付いていた。話を聞きながら、花子女王が吃驚びっくりした表情で言葉を失っていた。

 やがて、花子女王が我に返った。悪戯っぽい表情で、「ふふっ」と笑うと、上目遣いになりながら、顔を突き出してきた。

「それなら、見せてちょうだい。私が絶体絶命の危機になったら、必ず悪者と戦ってくださいね。ドラマみたいに、銃撃戦やら大爆発を掻い潜って、カッコ良く決めてくれると約束してください」

「やだ~。それじゃぁ、花子さんが、近々、危険な目に会うみたいだわぁ。変なの~」

 合いの手を入れた千佳と顔を見合わせて、花子女王がクスクスと笑った。

 冗談ではなく、真剣だった。皇宮警察側衛官として奉職した以上、皇族を護るためなら洋子は自身の命を盾として捧げても構わないと思っていた。

 特に可愛らしい、花子女王は別格だった。


        4

 警視庁警備部警護課SPの韮山にらやま巳継みつぐ太々(ふてぶて)しく眠る国際テロリスト、柳谷浩平の横顔を見降ろした。

 誰にも気づかれないように、眉を顰めた。

 学習院女子中等科修学旅行に用意された東武日光駅行き特急スペーシアの最後尾六号車の個室には、すでに柳谷浩平を取り囲むように同僚のSP、大木と浅場が座っていた。

 柳谷の警護は十人態勢で実施されていた。個室内部に三名、個室扉外に二名、残り五人は六号車出入口と車輛内の警備を担当していた。

 韮山は個室外のメンバーと、列車の遅れに関する打ち合わせを終え、個室に戻った。

 今回の移送チームのリーダーを任されていた。責任ある立場だった。通常ならば誇りに思える受命だったが、心の中では相反する想いが葛藤を続けていた。

 警護第四係に配属されてから、韮山は様々な対象者を警護してきた。

 全員が共感できる相手とは限らなかった。命令の目的が国家的な必要から発生していると無理矢理どうにか信じて、やむなく人間の盾となる決心を固めたケースもあった。

 多くの場合、警護対象者に危機をもたらす襲撃者には、暴力団、右翼団体や過激派に属するテロリストが想定されている。

 今回の警護対象者、柳谷が仮想敵とする国際テロリストと聞かされて、韮山は正直、強い反発を感じた。

〈どうして命を懸けて敵を護らなくてはならないのか〉

 警護対象者に対して個人的な感情を持つべきではない。ましてや反感を抱けば、本来の警護活動に支障を来たすはずだ。

 襲撃者を前にして、身体を盾として投げ出す覚悟がなくて、何のため警護か。

 韮山は、自分が今回のチーム・リーダーには相応しくないと感じていた。

〈何も、今さら日本に戻ってこなければ良いものを〉

 韮山は心の中で舌打ちする。

 海外で起こしたテロ事件のために、柳谷がイスラエルで終身刑を受けた。まもなく捕虜交換によって釈放され、しばらく、レバノンに滞在した。

 結局、偽造パスポートで日本に帰国した柳谷が逮捕された。帰国の理由は、単なる郷愁だったと発表された。

 柳谷の逮捕を悲観して、母親が自殺した。

 逮捕された日は、ちょうど母親の三回忌にあたっていた。しかし、太々しい態度の柳谷を見る限り、郷愁などとしおらしい感情は、微塵たりとも感じられなかった。

 柳谷を出身地の栃木県日光市まで護送する。

 命令の主旨は不明だった。上層部から直接の指示があった、としか教えられていなかった。護送の主旨以外にも、腑に落ちない点があった。

 護送に御乗用列車が利用される選択の意味だった。

 一般人を乗せた車輛でも、危険が伴うため、犯罪者の護送は避けたい。まして、国際テロリストとなると、国家的な陰謀による攻撃も考えられる。

 護送に修学旅行にチャーターされた御乗用列車を使うと聞かされて、韮山は耳を疑った。なにより、乗車している皇族が危険に晒される。

 さらには、学習院女子中等科の三年生の全員が乗車している。

 マスコミに知られたら、子供の安全を無視した無謀な選択だと、一大問題になるはずだ。とにかく、今回の警護は理解に苦しむ点が多すぎる。

 柳谷と対面する座席に、韮山は腰を降ろした。眠っている柳谷の顔が、苦々しく曇った。悪い夢を見たようだった。


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