残された少女(2)
3
噴煙が治まった。隔壁の窓には、焼け焦げた布片やゴムの燃え残りがこびり付いていた。車輛の後方にシートが飛んでいた。
引き千切られた吊皮が散乱していた。
磯崎は、激しい憤りを覚えた。相変わらずニヤけている80番を睨む。
昂奮に震えながら、磯崎は詰問した。
「どうしてだ。なぜ、車輛を爆破した?」
「身軽になるためさ。何両もある列車じゃ、見張れないよね。運転士さん。これからが、あんたの出番だよ。電車を動かして欲しいんだ。先頭車輛だけ、橋梁の真ん中まで移動させてくれるかな」
前方を指差して80番が磯崎に告げた。銃口は磯崎に向けられている。
殺される恐怖は、磯崎を激しく混乱させた。
だが、鉄道員として、これ以上、言われるままになってはいられない。磯崎は首を横に振った。
「要求通りに動くわけにはいかない。爆発によって脱線している可能性がある。レールに影響があれば軌道全体まで壊しかねない。確認が必要だ。外に出て状況を確認してからでないと、要求は飲めないな」
「構わないさ、軌道を壊したって。後ろのほうで脱線したって、橋の中央部までなら進めるよね。命令を聴いてくれるかな。僕だって、無駄な血は流したくないんだ」
銃口を上下に振りながら、80番が語気を強めた。
口を強く結び、磯崎は頑なに拒絶した。
4
「まあ、いいか」
磯崎の態度に呆れ、80番がチラリと女子高生を覗き見た。
運転席の床にしゃがみ込み、爆発のショックで顔面蒼白になっていた。髪が乱れ、かなりナーバスになっている。
80番が容赦なく銃口を女子高生の顳顬に移動させた。
女子高校生が首を振りながら、ヒステリックに叫んだ。
「嘘でしょう。関係ないわよ、私には」
「関係あるよ。偶然にせよ、君はここに乗り合わせているんだからさ」
80番が薄ら笑いを浮かべながら、引鉄に懸けた指に力を込めた。
磯崎は諦めるしかなかった。
「わかった。車輛を動かす。だから、その子を撃たないで」
磯崎は渋々、運転台に座った。ブレーキを外し、マスター・コントローラーを引いた。
列車がスタートした。
連結部分の蛇腹が千切れる音がした。ガチャガチャと付随する部品を引き摺る音が聞こえてきた。先頭車輛だけが切り離された様子だ。
荒川に架かる橋梁に向かって、磯崎は車輛を進めた。爆発によってできた空虚な穴から、取り残された後続の車輛が小さくなっていく。
激しい震動が車輛全体を揺らした。爆発によって車軸が曲がったか、脱線している様子だった。
衝撃を伴った不気味な音が、足元から繰り返して響いた。脱線した車輪が枕木を破壊している。
磯崎は80番の顔を伺った。
肩を竦め、80番が笑いながら首を横に振った。
「壊れてもいいからさ。橋の中央まで着実に進んでよ。いいかい、停まっちゃだめだよ。先に進めなくなっちゃうからね」
女子高生に向けた拳銃が、さらに近付いた。銃口が柔らかな頬に押し当てられる。
女子高生が恐怖に表情を強張らせた。怯えながら何度も頷いた。
〝停めないで〟と、眼差しで磯崎に哀願していた。
「くそう、壊れて停まったら、そこまでだからな」
車輛は左右の揺れも大きくなった。激しい揺れのために、前方の光景がブレて見える。
車窓を横切りるように、幅広の荒川が流れていた。
列車ごと荒川に落下していく悪夢を、磯崎は頭に浮かべた。笛吹き男に誘き寄せられて、次々と川に落ちていくネズミになった気分だ。
車輛の後方には粉塵が煙のように立ち昇っていた。
橋梁部分に差し掛かると、振動はさらに激しくなった。枕木の間に落ち込んだ車輪が、断末魔の音を立てた。
荒川が軌道に迫って見えた。
「そろそろ、いいよ。この辺が荒川の真ん中だ」
満足したように80番が頷いた。
磯崎はマスター・コントローラーを元に戻した。モーターが停まる寸前に、ドスンと大きな音がした。
車輛が傾き、それ以上は前に進めなくなった。
「クレーン車を持って来ないと、この車輛は前にも後ろにも進めなくなったぞ」
「構わないよ。元々、ここから動く気はないから」
突き付けられた銃口に怯え、女子高生が引き攣った顔で震えていた。
まずは女子高生を解放させる必要があった。
磯崎は宥めるために80番に語り掛けた。
「どうして、列車ジャックなんかするんだ。軌道を走っている限り、逃げ場だってないんだぞ」
「解っているよ、そんなこと。最初から逃げようなんて思っていない。そうだな、列車ジャックの目的だよね。強いて言えば、〝誰もいない下り列車に乗ってみたかった〟そんなところだな」
女子高生が「キザな奴」と呟いて、冷笑した。




