荒川橋梁で路線ジャックが発生した。(1)
1
「輸送指令、輸送指令。こちら、宇都宮線下り普通列車小金井行き五四九M、警報を受信。緊急停車しました。指示を願います」
朝から防護無線の誤発報が連続していた。防護無線装置が鳴らす警報音が、運転席に緊張した空気を作り続けていた。
「輸送指令、輸送指令、聞こえますか?」
運転士の磯崎路雄は苛立っていた。通信が繋がらなかった。午前九時二十三分、列車は六分遅れで赤羽駅を出発。先頭車輛の前半分だけ、ホームを出たところだった。
このままでは、徒に遅延が増大するばかりだ。
『こちら、輸送指令。非常停止信号は、埼京線、十条、赤羽間に於いて発報された模様。状況を確認中だが、赤羽、浦和間の異常は確認なし。徐行にて運転を開始されたし。なお、一部自動列車停止装置にも故障が発生している模様。自動列車停止装置を解除し、慎重に運行されたし』
磯崎は繋がらない列車無線を諦め、緊急連絡用の携帯電話を使って、輸送指令の指示を仰いだ。輸送指令が混乱している様子が通話の背後から伝わってくる。
2
混乱は複数の線区で連続して発生した。どれも発報した場所の特定ができなかった。
〈どうして、こんな時間に故障ばかりが起きるんだ〉
〝テロ〟の言葉が磯崎の脳裏を掠めた。だが、〝まさか、テロではないだろう〟と安易に否定した。非常事態ならば、輸送指令が必ず注意を促すはずだ。
指示に従って自動列車停止装置を解除し、磯崎は運転を再開させた。
徐行運転を続けていると、まもなく防護無線の警報が鳴りやんだ。
〈やはり誤発報だったのか。困ったな、ずいぶん遅延が大きくなってしまったぞ〉
列車の大幅な遅延が磯崎を焦らせていた。
磯崎は、徐行運転を自己判断で取りやめた。
少しでも遅れを取り戻したかった。異常があれば自動列車停止装置が緊急停車してくれると、事態を侮っていた。
磯崎は、超過ギリギリまで速度を上げた。
荒川橋梁が近付いた。前方に設置された閉塞信号機が突然、赤に変わった。
不測の事態に、磯崎はいつになく動揺した。
磯崎は慌てて非常ブレーキを作動させた。自動保安装置は作動しなかった。輸送指令の指示により、自動列車停止装置を解除して運転していたためだ。
急ブレーキの衝撃で、身体が前のめりになった。金属の擦れる悲鳴に似た高音が、鼓膜の奥に突き刺さる。
磯崎は咄嗟に追突を考えた。信号機が赤ならば、鉄橋よりも先の閉塞区間に他の車輛が存在する可能性が高い。




