その7 四人目の倶楽部メンバー
「僕もこの倶楽部に入部を希望する」
眠そうな目をした巨・・・背の高い美女、ディアナの言葉に驚く俺達。
「だからこの倶楽部の活動内容を教えて欲しい」
あーそういう事ね。
どうやらクラリッサが「裏切り者!」だの「倶楽部の秘密を」だの言ったもんだから、この倶楽部には人に言えない秘密があるものだとディアナは勘違いしちゃったんだな。
・・・まあ、あまり公然と言えるような内容ではない事は確かだが。
俺達に漂う微妙な空気に、眠そうな目をぱちくりさせるディアナ。
「そうですわね。隠すような後ろめたい話ではありませんしお話しますわ。倶楽部に入る、入らないは、話を聞いてから決めてもらってかまいませんよ」
ローゼマリー会長はそう言うとディアナに席を勧めた。
ディアナは勧められるまま席に付くとその眠そうな目を益々眠そうにするのだった。
「こうして私は溺死したのですわ」
「・・・なるほど」
「ぐずっ、ぐずっ、ローゼマリーが可哀想すぎですの・・・」
ローゼマリー会長の説明に不思議そうな表情をするディアナ。
まあ、いきなり理解するのは難しい話だからな。ディアナの反応も仕方が無いか。
こんな話をされていきなり信じたクラリッサが特別だったんだな。
クラリッサはこの話を聞くのが二度目だというのに、相変わらずグズグズともらい泣きをしている。
ちなみに俺達の集団が倶楽部となった時に、お互いの事を家名ではなく名前で呼ぶというルールが決まっていた。
これは「気の置けない仲間うち」という関係に憧れたローゼマリー会長の鶴の一声で決まったものだ。最初は抵抗のあったクラリッサもすぐに慣れて、帰る頃には普通にローゼマリーと名前で呼ぶようになっていた。
もっとも、何故か俺の事は「平民アルト」と呼ぶんだよなコイツ。”平民”はアルトの苗字じゃないっての。
「アルトとクラリッサは、私がこんな最後を遂げないようにするために、共に立ち向かっている同志なのですわ」
同志か。まあそうだな。
ローゼマリーの説明にうんうんと頷くクラリッサ。
「この話を聞いたからといって、アスペルマイヤー様に倶楽部に入るように強制する事はありませんわ。だからご自分「メッテルニヒ様は自分でこの話を信じていると?」
ローゼマリーの言葉に重ねて尋ねるディアナ。
「僕にはにわかには信じられない。僕自身が経験したことではないからかもしれない。でもあまりに荒唐無稽すぎる。信じるに足る根拠が希薄だ。なぜ君たちがメッテルニヒ様の話を信じて行動を共にしているのか全く理解できない」
珍しく長広舌で自分の意見を述べるディアナ。
余程混乱しているのだろうか。その眠そうな目を落ち着きなくキョロキョロと周囲にさまよわせている。
ディアナに否定されたことでサッと頭に血が上るクラリッサ。
「ローゼマリーが嘘を言っていると言うんです?!」
「そうは言っていない。ただ客観性に欠ける。メッテルニヒ様の言葉だけでは主観的に過ぎる。反証可能性が判定出来ない」
反証可能性・・・何だったっけな。確か仮説が実験や観測によって反証される可能性、だったか。
うろ覚えだが科学哲学の用語か何かだったと思う。魔法なんてものがある世界なのに、考え方は随分と論理的なんだな。
「確かアルトは私に何かの魔法が働いたのではと言ってましたわね」
ああ、言ったねそんな事。予知的な魔法なんじゃないかって。その場で会長にソッコー否定されたけど。
しかし、会長の言葉を聞いたディアナの反応は劇的だった。
はじかれたように俺の方に向くと、いつもは眠そうにしている目を大きく見開いて俺の顔を凝視した。
え? 何? そんなに俺って変な事言ったかな?
俺がディアナらしからぬ反応に不安になることしばし。やがて彼女は、フッといつもの眠そうな目に戻った。
そうして気だるげな動きでローゼマリー会長へと向き直った。
「アルトがそう言うならそれもあり」
「「「そうなの?!」」」
俺達の声が一つになった。
ディアナは少し考えていた様子だったが、あっさりと言った。
「やっぱり僕もこの倶楽部に入る。よろしく」
・・・マジで何とかトリオって名前にしないで良かったわ。
何だか色々とあって時間もかかったせいで、この後ディアナに少し説明したところで今日の倶楽部活動はお開きとなった。
全員で部室棟から出る俺達。
ていうか、この部室棟で俺達以外の学生の姿を見た事ないんだけど。
実はココって誰も使っていない建物なんじゃねえの?
執事のゼルマを連れたローゼマリー会長が俺達に声をかけた。
「では皆さんごきげんよう」
「ごきげんようです」
「ごきげんよ」
「おい、待て」
俺は普通に帰ろうとするディアナの服を掴んだ。
「帰るなら俺の拘束を解いてからにしてくれ」
「おおっ!」
眠そうな目に驚きの表情を浮かべるディアナ。
つーか本当に忘れていたのかよ!
ローゼマリーとクラリッサを見送った後、俺はディアナによって手と首に付けられた石の拘束を解くように要求した。
「もういいよ」
ディアナの言葉で俺を苦しめていた重しが嘘のようにあっさりと崩れ落ちた。
おお! 体が軽いぜ! 今なら「いいだろう本気で相手をしてやる」とか言って重い服を脱いで本気を出すバトルマンガのキャラの気持ちが分かるぞ。
ていうかこんなに簡単に外せるなら、さっきみんなといた時にでも外してもらえばよかった。
何となくもっと手間のかかるものだと思っていたのだ。
軽くなった腕を振り回す俺にディアナがポツリと言った。
「アルトなら自分で何とか出来ると思ってた」
「なわけないだろ。俺は平民で魔法なんて使えないぜ」
「えっ?」
「えっ?」
俺の言葉に驚くディアナ。驚くディアナに驚く俺。
どうして驚くんだ? この世界の平民は魔法が使えないんじゃないのか?
だがディアナは俺の態度に何か思う事でもあったのだろうか。少し考えると二言三言呟いた。
「そう・・・か。ううん。分かった」
え~と、何が分かったんだ? どことなく納得した風なディアナに戸惑う俺。
「やっぱり倶楽部に入って正解だった。これからもよろしく」
「あ、ああ。よろしく」
差し出されたディアナの手を反射的に握る俺。
彼女の手は小さくて――案外温かかった。
あ、そういえば女の子の手を握ったのっていつ以来だっけ? うわっ、下手したら小学生の時以来かもしれない。
だって仕方が無いだろ。以前も言ったが、俺の学校はほとんど男子校だったんだって。
イヤな事に気が付いてちょっと挙動不審になりかけた自分を俺は根性でねじ伏せた。
俺にだってそのくらいのプライドはあるんだよ。
「あっ」
「ど、どうしたんだ?」
何かを思い出した様子のディアナ。そして情けなくもキョドる俺。
「そういえば、男子の手を握ったのずっと子供の頃以来だった」
「そ・・・そうか。ありがとう」
いや、何がありがとうなのか意味不明だし。何言ってんだ俺。
カアッと顔が火照ってくる。俺はもう隠しようもなく耳まで真っ赤だったと思う。
ディアナはそんな俺の様子にふふっと笑うと少しだけ強く俺の手を握った。
「うん。ありがとう」
こうして今日、悪役令嬢対策倶楽部は結成二日目にして早くもメンバーを一人増やしたのだった。
Amazonからメガドライブミニが届いたので明日の更新は未定でお願いします。
いえ、嘘です。