その1 楽しい?馬車の旅
◇◇◇◇◇◇◇◇
ガタゴトと揺れる馬車の中、悪役令嬢対策倶楽部の五人の少女達が和気あいあいと会話を弾ませていた。
「それでは、学期末テストの成績は良かったんですのね?」
「今までが悪すぎたんですよ。でもほんの少しだけ良くなったのです」
そう言って照れ臭そうに頬を赤らめる、アイドル系美少女――クラリッサ。
金髪縦ロールの美少女、ローゼマリーはクラリッサの言葉を聞いて嬉しそうにパンと手を合わせた。
「とても良かったですわ! 私達みんな心配してましたのよ!」
「同意。安心した」
「おめでとう、クラリッサ」
「毎日良く飽きずに勉強しているものだと感心していたぞ」
仲間の祝福に真っ赤になって照れるクラリッサ。
バルバラだけ褒めるポイントがずれている気もするが、この場にアルトがいないためか、誰からのツッコミも入らなかった。
そういえばアルトは何処にいるのだろうか?
「全部アルトのおかげなのですよ。アルトには感謝しているのです」
クラリッサはそう言うと遠い目をした。――といっても別にアルトは死んだ訳では無い。
アルトは彼女の視線の先。みんなの乗る馬車の後方。別の馬車に乗っているのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
俺は今、ガタゴトと揺れる馬車に乗っている。
正直この馬車という乗り物は中身現代っ子の俺にはキツ過ぎる。見た目は優雅なんだが、実は揺れがキツすぎて乗り心地が最悪なのだ。
俺は尻の痛みに耐え兼ね、少し姿勢を変えて体重を逃がした。
「何か?」
「あ、いや別に・・・」
そんな俺の身じろぎを見逃さずに、ローゼマリー会長の所の執事のゼルマが尋ねて来た。
俺は正面に座っているゼルマから目を反らした。
「そうですか」
「・・・」
ガタゴト ガタゴト
ゼルマの左右に座るメイドの女性達はさっきから無言で目を閉じている。
再び馬車の中に重苦しい沈黙が満ちた。
ガタン
路面に大きな石でもあったのか、馬車が大きく跳ねた。
「ういっ」
衝撃で思わず俺の口から変な声が洩れた。
「何か?」
「あ、いや別に・・・」
「そうですか」
「・・・」
ガタゴト ガタゴト
なんだろう。気まずいったらない。
馬車に乗っているのは俺達四人だけだ。
一緒にバルバラの実家を目指しているローゼマリー会長達は、この馬車の前を走る馬車に乗っている。
つまり悪役令嬢対策倶楽部のメンバーの中で、俺だけこっちの馬車に乗っているというわけだ。
目の前には仏頂面で俺を睨む執事のゼルマ。
彼の左右には一言も話さない会長の所のメイドさん達。
二人共結構な美人だから、ゼルマはちょっとしたハーレム野郎っぽく見えるな。
「何か?」
「・・・いや別に」
つーか、ゼルマもいつまでも俺を睨む事はないだろうに。なんでこうなったし。
◇◇◇◇◇◇◇◇
終業式が終わり、俺達の男子寮も帰省ラッシュが始まった。
「じゃあね、アルト」
「おう、また来年な」
「なあ、アルト。ちょっと金貸してくんない?」
「このタイミングで誰が貸すか! お前絶対に返す気無いだろうが!」
ダミアンは、「土産を買う金が無いんだよなぁ」、などとブツブツと言っているが知らんわ。
どうしても必要ならマリオから借りればいいだろうが。
「いや、それだと返さなきゃマズいだろ?」
「俺に借りても返せよ!」
マリオとダミアンの実家のある街はこの王都からかなり離れているそうだ。
そのため終業式が終わると急いで荷物を纏めて帰る事になった。
「距離もそうだけど、冬場は途中の峠が雪で通行止めになりやすいんだよね」
「そーそー。雪が降り出す前にとっとと帰らなきゃな」
そんな訳で二人は慌ただしく寮を去って行った。
マリオとダミアン以外にも今日中に寮を出る人間は多かったようで、あちこちの部屋から上がる楽しげな声が絶えなかった。
そんな男子寮だったが夕方になる頃には帰省のピークも過ぎたのか、すっかり物寂しくなっていた。
俺は一人ポツンと寮のベッドに横になりながら、そういえばこの世界に転生してから、こんな風に一人になったのって実は今日が初めてなんじゃないか? などとぼんやり考えていた。
そんな訳で明けて翌日。俺は朝からいつもの部室棟を目指して歩いていた。
手には着替えの入った荷物を持っている。
今日からバルバラの実家を目指して馬車の旅が始まるのだ。
ちなみにアルトの実家には、終業式の前日に「知り合いのルーデン男爵家の生徒から、『冬休みは家に遊びに来い』とのお誘いを受けたので今年は実家に戻れません」という内容の手紙を送っている。
ひょっとしたら今日か明日あたりに実家から「どういう事だ、詳しく説明しろ」との連絡が来るかもしれないが、「あ、ゴメンもう出た所だったわ。いやあメンゴメンゴ」、と後で誤魔化す作戦になっている。
親に対してそのやり方ってどうかって? まあそうなんだけど、どう考えても説明が面倒――というか、説明して理解してもらえるとも思えないしなあ。
俺としても、もう少しこの世界の事情なり常識なりが身についてから家族に会った方がいいんじゃないかと思って。
例によって問題の先送りとも言う。
とにかく今の俺の方針は、誤魔化しきれなくなるまでは誤魔化す。バレた時にはその時考える。そう決めているんで。俺も怖いんだよ。
これが正しい選択だったかどうかは、その時になってみないと分からないがな。
いつもの部室棟の前には二台の馬車が停まっていた。
大きくて立派な馬車と、それなりの大きさのそれなりの馬車だ。
すぐそばにローゼマリー会長の所の執事とメイドさん達が立っているから、それなりの馬車の方にはあの三人が乗るんだろう。
会長達はまだ誰も来ていないみたいだ。
俺に気が付いた執事のゼルマが声を掛けて来た。
「みなさんすぐに来られるでしょう。先に馬車に乗っていて下さい」
「あ、ハイ。分かりました」
「・・・どこに行くんですか?」
俺が馬車の横に置かれた踏み台に足を掛けると、ゼルマは不愉快そうに尋ねた。
どこって? 言われた通り馬車に乗ろうとしただけだけど?
「お嬢様方と同じ馬車に乗るつもりですか? あなたが乗るのはこっちです」
そう言うとゼルマはそれなりの馬車の方を指差した。
・・・
「なんで止められたのに、またそっちの馬車に乗ろうとしているんですか」
「あ、いや、こんな立派な馬車は初めて見るから、中はどうなっているのかと思って」
「あなたには関係ないでしょう。いいから降りなさい」
「まだ誰も来てないんだからいいじゃないですか。おお~、これが貴族の乗る馬車」
俺はゼルマに腕を掴まれて馬車から引っぱり降ろされた。
「まあまあ、落ち着いて。別に減るもんじゃないし」
「なっ! ちょこまかと! みんな手伝って下さい!」
ゼルマの隙を突いて再び馬車に乗り込んだ俺だったが、今度はメイド二人も含めた三人がかりで引きずり降ろされてしまった。残念。
はしゃぎ過ぎだって? いや、だってモノホンの馬車だぜ。一度乗ってみたいと思うじゃないか。
後で考えるとどうやらこの時の俺は、この世界に来てから初めての旅行に知らない間に変なテンションになっていたようだ。
野外実習があっただろうって? あんなシロモノが旅行な訳ないだろうが。
「ええっ! 今どうやって逃げたの?!」「ちょっと! 信じられない!」
「はんっ! ディアナの魔法の拘束に比べたら三人がかりでもぬるいぬるい!」
「馬車の前に壁を作って! 左右から挟み込みますよ!」
「・・・あなた達何をやっているんですの?」
四人で馬車の周りをグルグル回る俺達を、いつの間にか集まっていた会長達が不思議そうに見ていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
う~ん。納得出来ん。
ガタゴトと揺れる馬車の中で俺は首を傾げた。
どうもあの追いかけっこの後くらいから、ゼルマ達の俺に対する当たりがキツくなった気がするのだ。
いやいや、少し羽目を外しただけだろ? 怒る程のものじゃないだろうに。
この時の俺は気が付いていなかったが、ゼルマ達は俺に手玉に取られた事で使用人としてのプライドを痛く傷付けられていたんだそうだ。
え~っ。他愛無い冗談じゃないか。
全く、ケツの穴の小さいヤツらだな。
「何か?」
「あ、いや別に・・・」
「そうですか」
「・・・」
ガタゴト ガタゴト
俺達を乗せた馬車は俺の精神と尻に地味にダメージを与えながら街道を進んでいった。
次の更新は水曜日になります。
次回「ルーデン男爵家」




