その16 サッカーは世界のスポーツ
「では本日の”悪役令嬢対策倶楽部”の活動を始めますわ!」
放課後、ローゼマリー会長の宣言でいつものように始まった悪役令嬢対策倶楽部の活動。
「ではアルト、私はどうしたらいいのでしょうか?」
おおう、今日はストレートに来ましたね。
「アルトが以前に言っていたサッカーのフェイントをしてみました」
すごいドヤ顔のローゼマリー会長。でもこれってフェイントなんですか? まあいいけど。
「というより、平民アルトが時々言っているサッカーって何なんですよ?」
残念美少女クラリッサが眉間に皺を寄せて言った。
せっかくの美少女なんだから、いつも笑っていればいいのに、もったいない。
「ななな、何を言っているのですよ! 可笑しくもないのに、いつもお腹を抱えてゲラゲラ笑っていたらただの変な人なのです」
「そこまで笑えとは誰も言ってねえよ!」
常にゲラゲラ大笑いしている人間がいたら、それこそクラリッサが言うような変なヤツだわ。
「サッカー。興味がある」
ディアナはいつも眠そうにしている目を好奇心に輝かせた。
コイツは女の子のくせに恋バナには興味を示さないくせに、こういう話になると食い付きが良いんだよな。
視線を感じて振り向くと中性的な美男子と目が合った。
いや、バルバラは女なんだけどな。
いつも騎士の鍛錬で体を鍛えているコイツなら、サッカーに興味を示すのも当然か。
「お前がサッカーの説明をしている間、私は素振りをしていても良いかな?」
「人の話は聞けよ! ていうか部室の中では素振り禁止ってこの間決まっただろ!」
部室の中では素振り禁止。
これは悪役令嬢対策倶楽部に作られた数少ないルールだ。
というかバルバラのためだけに作られたルールなんだが。
放っとくとコイツ、すぐに素振りを始めようとするからな。
「サッカーは11人対11人でボールを蹴って得点を競い合うスポーツです」
「スポーツって何ですの?」
おっと、先ずはそこから説明しなきゃいけないのか。
この世界にはまだスポーツという言葉が生まれていないんだな。
「決められたルールに従って、実際に体を動かして戦うゲームみたいなものですかね」
「ほう! 私は体を動かすのは得意だぞ」
俺の説明を聞いて前のめりになるバルバラ。
知ってるよ。というかお前にはそれしかないだろうが。
「褒め過ぎだ」
「褒めてねーし!」
バルバラとは逆に不思議そうな顔になるクラリッサ。
「体を動かしてゲームをするのです? それだと体が大きくて力が強い方が勝つのです」
中々鋭い意見だ。コイツの理屈をすっ飛ばして結論にたどり着く能力にはいつも驚かされてしまうな。
「お前の言う通り、体が大きくて力が強いヤツの方が有利な事は確かだ。でもスポーツはそれだけじゃ勝てないんだよ」
「だったら体が小さくて弱っちいヤツが勝つのですよ?」
中々あり得ない意見だ。コイツの理性の欠片も無い馬鹿げた結論にたどり着く馬鹿さ加減にはいつも呆れ返ってしまうな。
「さっきと同じような言葉で馬鹿って二回も言われたのです!」
思わず漏れた俺の言葉にショックを受けるクラリッサ。
「体が大きくて力が強い方が勝つのなら、私が騎士の鍛錬を積んでも大きな男には勝てない事になる。力で負けても技で勝つ。アルトが言いたいのはそういう事だろう」
バルバラの言葉に感心する会長達。
そうそう、そういう事だ。それに加えて――
「それに加えてチームワークだな。サッカーは11人で戦うスポーツだ。バラバラの11人より、チームとしてまとまった11人の方が当然強い」
「まるで私達のようですわね!」
興奮に頬を桜色に染めるローゼマリー会長。だが、今の言葉に対するコメントは控えさせて頂きたい。
俺はスポーツの説明に続いてサッカーの説明を始めた。
「先ずサッカーは手を使ってはいけません。ボールは手以外の体で運びます」
「何で手を使ってはいけないんですの?」
「何でって言われても・・・そういうルールで競うのがサッカーだからです」
「じゃあ手を使ってボールを運ぶのはサッカーじゃないんですよ?」
そうだな。その場合はバスケットボールになるのか?
「ならアタシはバスケットボールのルールでやるのですよ」
「では私はサッカーのルールを試してみますわ」
「僕もサッカーでいい」
「なら私はバスケットボールにしようか」
「ルールってそんな風に勝手に選んで良いもんじゃないからな!」
チーム内でサッカールールとバスケットルールが混在しているって、どんなカオスな珍スポーツだよそれ!
「今日はバスケットボールは置いといてサッカーの話をさせてくれ」
「仕方ないのです。平民アルトの顔を立てておいてやるので。」
イラッ
「か・・・顔が怖いのですよ」
俺の顔にビビるクラリッサ。
「で? 手を使わずにボールを運んでどうするんだ?」
「どちらが遠くまで運べるか競争するのでしょうか?」
独創的なスポーツだな! それだとどこまででも運べてしまいそうだけどな!
俺は鞄からノートを取り出すと簡単にフィールドの絵を描いた。
「こんな感じで敵と味方に分かれて、相手のゴールにボールを入れたら1点です。90分戦って取った点の多いチームの勝利です」
ちなみにこの世界は、時間の単位も長さの単位も当然地球と異なるのだが、出てくる度にいちいち説明するのも面倒だし、単純に分かり辛いと思うので、今後もこういう話が出てくる時は地球の単位で話させてもらうことにする。
手抜きと思うなかれ。
「何だか簡単そうなのです」
「基本的なルールは簡単。でも、そういうゲームは奥が深い」
クラリッサの馬鹿っぽい感想に対して、ディアナの答えは中々だな。
「馬鹿っぽくないのですよ!」
「そうだな、馬鹿だったな」
「こ、この平民アルト!」
だから平民アルトは罵倒語じゃねえっつーの。
「ボールというのはどういったモノだい?」
「これくらいの大きさの革で出来た球だ。中は空気が詰まっていて、蹴ったら遠くまで飛んでいくんだ」
「ボールとは大きな物なんですのね。蹴鞠の球は一回り小さいですわ」
おっと、この世界には蹴鞠なんて雅な遊びがあるんだな。
「ゼルマに用意させましょうか?」
このローゼマリー会長の言葉で、俺達は外で蹴鞠の球を使って実際にサッカーをしてみることになった。
「こっちこっち。よし。ほらそっちに走って」
俺達がやっているのは3対2と呼ばれる定番の練習方法だ。
オフェンス3、ディフェンス2に分かれて、フィールドの片側だけを使ってゴールを狙う。バスケットボールの3on3のサッカー版みたいなもんだな。
ゴールは校舎の壁に適当に枠を描いている。ディアナの土魔法だ。
魔法万能だな。
蹴鞠の球はサッカーボールより二回りほど小さいサイズで、竹細工のように粘りのある木を細く切った物を組み合わせて球の形にしている。
俺には詳しい事は分からないが、これって中々高度な木工技術なんじゃないだろうか?
男の子心を刺激される、見ていてワクワクするデザインだった。
「それシュートだ」
「えい!」
俺のパスを受けてローゼマリー会長がシュートを放った。
ボールは見事に壁の枠の中に当たった。
「う・・・上手いのですよローゼマリー」
「私、幼い頃から蹴鞠は得意でしたの!」
意外な事に一番筋が良かったのはローゼマリー会長だった。
後はみんな順当に下手クソだな。ああ、意外と言えば、バルバラが真っ直ぐボールを蹴る事すら出来なかったのが意外だったかな。
「私はこういう細かいのは苦手なのだ」
「う~、何で手をつかっちゃいけないのですよ!」
「体力の限界」
「ほらほらみなさん、次のボールが行きますわよ!」
頬を赤く染めて楽しそうにボールを蹴るローゼマリー会長。
俺もアルトの体になって以来の初めてのサッカー?に心が躍った。
部活の練習が厳しい時には「もうサッカー部辞めてえ」と何度思ったか知れないが、こうしてボールを蹴っていると俺はサッカーが好きなんだな、って思わされるな。
こうして俺達(主に俺と会長)は夕日が校舎に隠れるまで無邪気にボールを蹴り続けたのだった。
たまにはこんな日があっても良いじゃないか。
そして、翌日には全員が筋肉痛を訴えて、悪役令嬢対策倶楽部はその発足以来初めて活動を休む事になるのだが、この時の俺達はそんな未来を知る由も無かったのだ。