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その15 異世界のハナコさん伝説

「では本日の”悪役令嬢対策倶楽部”の活動を始めますわ!」


 金髪をゴージャスな縦ロールにした美少女、ローゼマリー会長が開始の宣言をした。

 ここは貴族学科の部室棟の一室、いつもの”悪役令嬢対策倶楽部”の部室。

 悪役令嬢対策倶楽部は、先日、甲冑少女バルバラが加わった事により、男である俺一人、貴族学科の女子生徒四人の五人体制へと移行していた。


 ”甲冑少女バルバラ”とは言ったが、今日のバルバラは会長達と同じ普通の制服姿だ。

 会長達と違って出る所が出ていない見事なスレンダーガールだが、俺達の年齢なら普通はこんなものだろう。

 ディアナが育ちすぎなだけだ。

 活動的なショートカットと相まって中性的な美男子のようにも見える。


「ん? どうしたアルト」


 俺の視線に気が付いたのか、バルバラが俺に話しかけて来た。


「いや、今日は甲冑じゃないんだなって」

「当たり前だろう。いつもあんな恰好で授業を受けている訳ないじゃないか。何を言っているんだお前は」


 俺の言葉に呆れ顔になるバルバラ。

 バルバラは校内に三人の無頼漢(実は変装した俺達)が現れたと聞き、そいつらに挑もうと甲冑姿で待ち構えていたところで、何がどうなったのか最終的にはこの倶楽部に入る事になったのだ。


「そういえばあの時、甲冑姿のバルバラを見たクラリッサが”幽霊騎士”って言ってたな。あれって何だったんだ?」

「ああ、この学園に古くから伝わる話なんだがな・・・」


 ざっくり話を纏めると、この学園の園長室に古くからある西洋甲冑は夜になるとひとりでに動き出して校内を徘徊している、という噂なんだそうだ。

 貴族学科にはこんな噂が全部で七つあるという。

 というか、この世界の学園にも”学校の七不思議”があるんだな。

 学生の考える事は、どこの世界でも似たようなものか。こういう話が好きなヤツってたいていクラスに一人くらいはいるからな。


「何やら感心していますが、アルト達の平民学科にはこのような話はございませんの?」


 俺はローゼマリー会長から不思議そうに聞かれてしまった。

 いつの間にか会長達も俺とバルバラの話に耳を傾けていたみたいだ。

 さて、困った。聞いた事があるような無いような・・・


 実は俺は日本人転生者だ。

 ふと気が付いた時には、学園に入学直後のこのアルトの体に転生していた。

 それから俺は必死にこの世界の常識を学んだのだが、必要な知識を覚えるのに忙しすぎて、学校の怪談なんてどうでも良い話は最初から覚える気も無かったのだ。


 だが、学生でありながらその手の話を全く知らないというのも、これはこれで不自然な気もする。

 怖い話が苦手なだけじゃないか? と、クラリッサ辺りに勘繰られても面白くないしな。

 う~ん、まあ良いか。どうせ会長達は平民学科には俺以外の知り合いなんていないし、日本の学校の七不思議を話してもバレやしないだろう。


「そうですね、トイレの花子さんとかですかね」

「ハナコさん? 聞いた事の無いお話ですわ」


 不思議そうな顔になるローゼマリー会長。

 会長の時折見せるこういったあどけない表情は、美少女な分だけに中々の破壊力だ。


「平民アルトは、また適当な事を言って誤魔化そうとしているのです」


 鋭いなクラリッサ。クラリッサは阿呆の子だが、阿呆だけに鋭い時があって困るぜ。


「誰が阿保だけに鋭い、なのですよ! 阿呆とか付けずに鋭いとだけ言えば良いのですよ!」


 おっと、うっかり口が滑ってしまったみたいだ。


「鋭いが阿呆だな」

「余計悪いのです!」


 いや、俺的に阿呆の部分は譲れないんだ。


「ハナコって誰?」


 ディアナがいつもの眠たげな目を向けて俺に訊ねてきた。

 まあいいか。会長も興味がありそうな顔をしているし、大して長い話じゃないし話してやるか。




「女子生徒は三番目のトイレのドアを三回叩いて言いました『花子さんいらっしゃいますか?』。

 するとかすかな声で『はい』と返事が返ってくるではないですか。

 トイレのドアがゆっくりと開くと、そこには噂の通り、赤いスカートを履いたおかっぱ頭の女の子の姿が。

 女子生徒が驚いて立ちすくむ中、花子さんは女子生徒に――うわああああっ!」

「「「「キャアアアアッ!!」」」」


 俺がいきなり大声を出して手を広げると、固唾をのんで俺の話に聞き入っていた会長達は驚いて互いに抱き合った。


「――こうして女子生徒はトイレに引きずり込まれて行方不明になってしまいました。誰もいない三番目のトイレを三回ノックして花子さんの名前を呼ぶと、花子さんが現れてトイレに引きずり込まれてしまうので気を付けて下さいね。という話です」


 地方によって多少話のディテールが違うとも聞くが、俺の通っていた小学校では大体こんな話だった。


 俺は話を終えると会長達の様子を伺った。

 会長達はまだ抱き合ったままブルブルと震えている。

 というか君ら怖がりすぎじゃね?


「平民アルトの話が怖すぎなのですよ!」


 真っ青な顔をして涙目で怒鳴るクラリッサ。


「待て! お前の後ろに花子さんが!」

「キャアアアアアアアアア!!」

「アルト!」


 真剣な顔で俺のイタズラをとがめるバルバラ。

 彼女の真っ直ぐな視線を受けて、俺はばつの悪い思いをした。


「悪かったよ。こんなに驚くとは思わなかったんだ」

「いや、それはいいから、私の背後にも注意を払っておいてくれ。お前の背後は私が見張っておく」

「・・・おう。分かったぜ」


 どうやら俺の勘違いだったようだ。


「怖い。三番目のトイレ怖い」

「私もです。もう三番目のトイレには一生入れそうにありません。学園に頼んで三番目のトイレを壊してもらえないでしょうか」


 ディアナと会長も抱き合ったままブルブルと震えている。

 ディアナのたわわな果実が会長の体に押しつぶされてスゴイ事になっているな。

 ごちそうさまです。


 というか会長、豪快な解決方法ですね。

 でも、それだと四番目のトイレが繰り上がって三番目のトイレになるだけなんじゃないですか?


「ハッ! その通りですわ・・・ こうなったらハナコさんにはトイレから出て行ってもらうしかありませんわ。お家を建てて差し上げれば良いのでしょうか?」


 伯爵家の経済力すげえな! 俺が花子さんなら喜んで出ていく所だが、花子さんはどうだろうか。

 彼女にしか分からないこだわりがあってトイレに住んでいるんだろうしな。


「そうだ! 三番目のトイレのドアを外しておけば、ハナコさんがいるかどうかひと目で分かるのです!」


 クラリッサのアイデアに、それですわ、という顔をするローゼマリー会長だが、ドアもないトイレで誰が用を足すというのだろう?

 俺なら絶対にイヤだぞ。


「いや、トイレでむやみに花子さんの名前を呼ばなければいいだけなんですよ。呼びかけなければ花子さんは答えないんですから」

「「「「自分が入っている時に、外から『ハナコさんですか?』と聞かれたらどうするんですか・ですの・だ!!」」」」


 あ~確かに。その時は呼ばれて現れた花子さんとバッタリ顔を合わせてしまうかもな。

 自分はパンツを下ろした状態で。




 その後、俺は怯える会長達を何とか宥めすかして安心させようとした。


 あくまでも平民学科の噂だから、貴族学科のトイレには関係ないんじゃないですか?


「ハナコさんはトイレの選り好みをしない性格かもしれないのです!」


 三番目のトイレを使わないようにすればいいんじゃないかな?


「他のトイレが全部使用中ならどうすれば良いんですの?!」


 ノックの回数を二回で止めればどうよ?


「二回だと中の人が聞き取れないかもしれない」


 だったら三回以上叩けば?


「トイレでうるさくすると迷惑じゃないか?」


 ・・・・・・。


「お前らホントめんどくさいな!」

「「「「こんな話をアルトがしたのがいけないのですわ・ですよ・んだ!」」」」



 結局、トイレの花子さんの話はどこから噂が流れたのか(俺は隣の部屋で会話を聞いていた執事のゼルマが怪しいと睨んでいる)、貴族学科の女子生徒達を恐怖のどん底に叩き込んだ。

 さらには貴族学科から逆輸入の形で平民学科にも流入し、恐怖に怯えた学生達は三番目のトイレを誰も使わなくなった。

 こうして学園の七不思議に新たな噂が加わる事になったのだが、後の新入生は「学園の七不思議なのになんで話が八つもあるんだろう?」と、さぞ不思議に思った事だろう。


 花子さんも、まさか異世界で自分の噂が猛威を振るう事になるとは思ってもみなかったんじゃないだろうか。

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