その11 反省会
「あの。作戦では会長達が止めるはずでしたよね。ほっとかれると、俺達どうしようも無いんですけど」
「申しわけございませんわ」
「謝罪」
「平民アルト達がやり過ぎなのです」
俺の言葉に謝罪を口にする会長達。いや、一人そっぽを向いている不心得者がいるな。
「アアン?」
「ご・・・ごめんなさいなのです!」
俺が低い声で凄むと、慌てて頭を下げるクラリッサ。
ここはいつもの部室棟の部屋。今や悪役令嬢対策倶楽部の部室となっている部屋だ。
俺の前にはしょんぼりと頭を下げる三人の美少女達。
言わずと知れたこの倶楽部の女子メンバー達である。
ローゼマリー会長立案の”白馬の王子様作戦”だったが、俺とダミアンとマリオのチンピラ演技にビビった会長達が出るに出られず、膠着状態に陥った。
落としどころを失ったかと思われた俺達だったが、良いタイミングで人を呼ぶ大きな声が聞こえたので、これ幸いとその場を逃げ出したのだった。
ついでに何故か会長達まで一緒に逃げ出してしまったので、その時点で作戦は失敗に終わってしまった。
折角あんな芝居までしたのにコイツらは全く・・・。
ちなみにその大声だが、見るに見かねた執事のゼルマが機転を利かせてくれたものだという事が後で判明した。
ゼルマは今頃ダミアンとマリオにバイト代を渡しつつ、今回の件の口止めをしている事だろう。
一応寮に帰ったら俺の方からも念を押しておくか。
まあ、貴族学科の女子生徒に絡んだなんて自分で言う平民がいるとは思えないが。
「平民アルトの恰好は怖すぎるのです! いつもの恰好に戻すのですよ!」
涙目で怒鳴るクラリッサ。
ああ、そういえば、色々とあったせいで未だにチンピラメイクのままだったか。
俺は部屋の隅で着崩した服を簡単に整えた。
「髪の色がまだなのですよ」
「無茶言うな。色粉で染めているんだ。水で洗い流さなきゃ落ちないって」
あの時は時間が無かったので深く考えずに使ったけど、頭皮にダメージが残るようなモノじゃないよな?
この若さでハゲになりたくないぞ俺は。
「残念ながら”白馬の王子様作戦”は失敗に終わりましたわ」
ローゼマリー会長は本当に残念そうにそう言った。
ていうか、みんなはこの作戦が成功すると本当に思っていたんだろうか?
正直、俺としては最初から疑問な作戦だったのだが・・・
まあ、こんな形で失敗するとは流石に予想外だったが。
「今回の失敗を次回の成功につなげるためにも、今日の活動は反省会をしたいと思いますわ」
ローゼマリー会長の言葉に、ハイ! と勢い良く手を上げる者がいる。
「平民アルト達がやり過ぎたのがいけなかったのですよ!」
クラリッサが俺の方を指さして言った。
それはそうと、コイツはちょくちょくこうやって俺の事を指さすが、人を指さしてはいけませんと教わらなかったのだろうか?
「お前がビビりなのを俺のせいにするなよ」
「なっ・・・アタシはビビりじゃないのです! 怖いものが苦手なだけなのです!」
いや、それがビビりなんだっつーの。
逆にディアナはしょんぼりと項垂れている。
「反省会・・・重要」
「てか、ディアナはあれだけ魔法が使えるんだから、俺達程度にビビる事なんてないんじゃないのか?」
俺の言葉にディアナは驚愕の表情を浮かべた。
えっ? 何で?
「僕だって女の子だよ! どうしてそんな事言うの?!」
「お、おおう。済まなかった」
信じられない! とでも言いたげな表情で俺に詰め寄るディアナ。
抱き着かれんばかりの間近に美少女に接近され、思わずキョドる俺。
この感じ、多分耳たぶまで真っ赤になってるだろうな。くそう、カッコ悪いぜ。
ディアナってこうやって時々女の子っぽいのな。
「でも本当にケンカを始めるのではないかと心配したんですのよ」
「いや、実際にケンカしてましたよ?」
「えっ?」
口喧嘩だって立派なケンカだ。
口喧嘩が高じて殴り合いにまで発展するのだ。
実際にあの場はそこまで行く寸前だった。
「あれはお芝居じゃなかったんです?」
「ん? 最初はそうだったが、途中からはマジだったぜ。少なくとも俺は」
「どうして?! あの方達はアルトのお友達じゃなかったんですの?!」
「いやいや、友達同士だってあれくらいしますよ」
信じられない、といった顔をする三人。
まあ俺も実際に殴り合いまでいったことこそ無いが、部活の最中に今回みたいに胸倉の掴み合いをする事くらいはたまにあった。
ウチの高校は荒いヤツが多かったからな。
「まあ、そうしないとナメられるから」
「・・・理解できませんわ」
「同意」
「平民って怖いのです」
ドン引きして俺から微妙に距離を取る少女達。
あれっ? これはやっちゃったか。
俺はどう言えば良いか分からずに、しばらくの間居心地の悪い思いをする羽目になったのだった。
「今回の事とさっきのアルトの話で分かりましたわ。私達に必要なのは争い事に強いメンバーです。」
ローゼマリー会長の言葉にウンウンと頷くクラリッサとディアナ。
ええ~っ。さっきの俺の話からそういう結論になるんだ。なんだか釈然としないな。
しかし、何となく反論が許されそうにない空気だったので黙り込む俺。
体は異世界人でも精神は空気の読める日本人なのだ。
「僕のクラスにいつも騎士の修行をしている男子がいる」
「あっ! そういえばウチのクラスにもそういう男子生徒がいた気がしますわ!」
「早速メンバーにスカウトするのですよ!」
貴族学科の男子生徒か・・・ 俺は少し気持ちが沈むのを感じた。
平民の俺が貴族学科の男子生徒と上手くやれるだろうか?
というか、貴族学科の男子は魔法学園に入ってまで騎士の修行をしているんだな。魔法の勉強はいいのか?
とはいえ、この倶楽部の目的が五年後のローゼマリー会長の破滅を防ぐ事にある以上、そのために必要と思われる人材とは男女関係なく付き合わなければならない。
俺は気ノリしないなりに、見も知らないそいつらとやっていく覚悟を決めた。
いや、決して女の子だけの空間に俺以外の男子が入るのがイヤだった、とかそういう理由じゃないぞ。
ていうか、男のメンバーが欲しいとはずっと思っていたのだ。いやマジで。
美少女三人の中に男は俺だけ一人というのは、結構身の置き所が無くて辛いんだぞ。
「でもどうやってお誘いすればよろしいのでしょうか?」
「僕は絶対にイヤ。ローゼマリーがやって」
「ローゼマリーの所の執事に言ってもらえばよいのですよ?」
「それだと失礼にならないでしょうか・・・」
流石に貴族学科の話に平民学科の俺から口を挟む事は何も無い。
ハッキリ言えばこの件に関しては門外漢だ。
俺は少女達がウンウン唸りながら相談するのを横目に、そういえばさっきの女子生徒には悪い事をしたなあ、などとぼんやりと考えていた。
「よお、遅かったな。」
「お帰り。いやあ、あの執事さん思った以上に太っ腹だったよ。良いバイトを紹介してくれてありがとう」
いつもより少し遅い時間に寮に戻ると、ホクホク顔のダミアンとマリオが出迎えてくれた。
すでにチンピラの仮装からいつもの恰好に戻っている。
「ほら、お前の取り分だ」
「雑費は引いた上で三等分してるから。頭濡れているね。どうしたの?」
マリオに言われて俺は無意識に頭に手を当てる。湿った髪の感触がした。
「そこの井戸で頭の色粉を落として帰ったんだよ」
ああ、なるほど。と笑うマリオ。
「ん? どうしたの?」
「・・・いや、何でもない」
俺はコイツらとだったら上手くやれる自身があったが、二人を倶楽部のメンバーに誘う気にはなれなかった。
どう言えば良いか分からないが、コイツらにはコイツらの学園生活がある。
ローゼマリー会長の破滅を防ぐなんて特殊な目的にガッツリ取り込まれて良いのは、俺みたいに学園生活に特に価値を見出していない人間か、クラリッサやディアナのように学園に居場所を見つけられなかった人間であるべきだろう。
俺はぼんやりと考えた。
ローゼマリー会長達が誘おうとしている男子生徒達はどうだろうか。
学園生活に満足しているヤツだろうか? それとも俺達みたいなはみ出し者なんだろうか?
その夜、俺はモヤモヤとした不安を振り払うことが出来なかった。