第一話
初めまして、あぐにゅんです。
モテるべくしてモテる男子と惚れるべくして惚れてしまう女子達のお話です。ちなみに多分リア充であり、陽キャラでもあります。最初は少し説明が多くなりますが、2、3話位まとめてあげますので、そこまで見てくれると嬉しいです。そうすれば理緒さんがかわいいので、好きになると思います。
6時限目終了のチャイムが鳴り、教鞭をとっていた教師が前の扉から姿を消すと、クラス内は一気に弛緩した空気を醸し出す。それぞれが、荷物をまとめ帰り支度を進める中、いち早く支度を整え、出て行こうという生徒がいる。
「ねぇねぇ、浩也、今日もバイト?」
「ああ、平日は基本バイト。急いでいるから、じゃあな」
「ああ、もう浩也、ちょっと待って。今日多分バイト先に行くから。そん時はオマケしてっ」
教室の扉をでかかった浩也は振り向きざま、恭しくお辞儀をし、
「お客様、当店では友人割引なるものはありません。では従業員一同、心よりお待ちしております」
そう言って営業スマイルを魅せるとすぐさま教室の扉を潜り抜ける。後方では先ほど話しかけてきた井上理緒の「ケチーッ」と言った雄叫びが響き渡っている。理緒とは浩也の中学時代からの付き合いだ。奇縁も良いところで、中学の3学年、高校に入ってからの2学年もあわせて、5学年連続同じクラスという腐れ縁である。癖のある少し明るい髪をショートカットにし、クリッとした目をした可愛らしい女子だ。浩也の学年ではトップクラスの人気を誇り、数多の男を振りまくる撃墜王でもあるが、そんな彼女の性格は体育会系女子らしい、明るくさっぱりとしたもので、人に壁を作りがちな浩也も、気兼ねなく話ができる。そんな友人だから浩也は実際には割引きはしないが、オマケはつけてやろうなどと考えていたのだが、引き返してまで説明してやろうとは思わず、急ぎながら下駄箱を目指す。
『ああやってわざわざ宣言するくらいだから、割引せずとも来るだろう』
浩也は何だかんだで付き合いの長い井上理緒の性格を考えて、そう頭の中で結論付ける。かの同級生はああ見えて律儀なのだ。明るくムードメーカーでややお調子者の気はあるが根は真面目である。わざわざ聞いてくるくらいだから、来ないということはないだろう。急ぎで来たせいか、まだ玄関口は人もまばらで、浩也ほど急いで行動しているものもいない。これなら、バイトにもいい時間で入れそうだ。
高城浩也は県立海生高校に通う高校2年生である。浩也の通う海生高校は最寄の駅である西ヶ浜駅から20分程度歩いた海沿いにある。さすがに防風林がある為、学校から海が眺められるわけではないが、海までは学校から10分も歩けば辿り着く。ただ海岸線は岩場であり、海水浴とかをするような浜辺にはそこから更に10分程度歩かなければ着かない。浩也が今目指しているのはその海とは反対側、駅のほうに向かう途中の店である。
『カフェ ジラソーレ』
今年の春にオープンしたばかりのイタリアレストランだ。浩也はここのウェイターとしてオープン当初からバイトを始めている。バイトを始めるきっかけとなったのは、至極簡単で、浩也の従姉夫婦である山中由貴に半ば半強制的に頼まれたからである。まあ浩也自身、帰宅部で都合がつけやすいというのと、由貴の旦那である雄二を個人的に慕っているということもあり、話はすんなり纏まった。学校側にもバイト申請をあげており、由貴が海生高校のOGでもあったことや浩也が由貴の身内であることなどもあり、簡単に受理されている。
浩也が勤務するのは、平日の学校終わりから夜のディナータイムのきりのいいところまで。週末は予定次第といっていたが、今のところ土日のどちらかは出勤している。店自体は21時ラストオーダーの21時半閉店なので、片付けも含めて深夜に及ぶことは店長であり、シェフでもあり、パテシエでもある雄二以外はない。大抵は20時には店も落ち着きを見せるので、その時間に帰宅することが多い。
店の客層は浩也のいる時間帯は海生高校の生徒が寄り道することもあり、学生が多い。店の雰囲気も格式高く入りづらいようなものではなく、それでいておしゃれな雰囲気の店でもある為、ケーキセット目当ての女子やカップルなんかにも人気がある。週末は西ヶ浜の駅名の通り、海目当ての観光客や駅前のショッピング街流れの客などを上手く取り込めているらしく、立ち上げ3ヶ月目ながら、順調な売上を上げているらしい。由貴の話では、今はまだ目新しさでお客が寄ってきているだけで、リピーターをどんどん増やさないといけないから、今が勝負とのことである。
浩也が校門を通りぬける頃には、生徒は殆どおらず校舎からの喧騒のほうが気になるくらいである。ここまで先行すれば、店に入ってバイトを開始しても、寄り道の学生の応対は間に合うので、少し歩く速度を緩める。季節は5月になり、日も長く、日差しも強くなり始めで、やや汗ばむ位の陽気である。こういう日だと今では少しずつアイス系のデザートが出始める。今日は雄二さんに頼んで、賄いにジェラードでもつけて貰おうか、などと考えているうちに店の近くまで辿り着く。レンガ調のおしゃれな外観。外から店の中をのぞくと近所のママさんだろうか、チラホラとお客の姿も見える。
浩也は店の裏手に回って裏口から店に入ると厨房側に顔を出し、店の店長に挨拶をする。
「雄二さん、ちわーすっ」
雄二は調理中なのか、浩也を一瞥して一度右手だけ上げた後、直ぐに調理へと集中する。身長186㎝の巨漢でかなり強面なのだが、繊細な料理を寡黙に作っている。店の料理は基本、雄二が一人で作っており、サラダなど簡単なものは浩也達バイトメンバー(といっても浩也を入れて3人しかいないが)と由貴が手伝っているが、あのかわいらしいデザートなどは雄二が一人で作っているので、人は見かけによらない。
浩也は雄二が寡黙なのを知っているので、さして気にせず、そのまま従業員の控え室に入りウェイター用のユニホームに着替える。白のワイシャツに黒のタイト気味なスラックス、その前には黒いエプロンをつけ、エプロンのポケットには伝票とボールペンを入れる。店は決して広いわけではないので、オーダーは手書きである。控え室に一つある姿見で身嗜みの最終確認をし、浩也は「よしっ」と気合を入れる。
浩也はもともと愛想が良いほうではない。どちらかと言うと冷たいとか冷めているとか人によっては怖いとさえ言われるタイプの人間で、本人は人見知りなところがそう言う印象を与えるのかとも思っている。そんな浩也が接客業など大丈夫かとも思っていたが、従姉である由貴に「アンタは猫かぶりが上手いから大丈夫!」と断言されたことで、今ではその猫かぶりを最大限発揮することで、案外、接客業向いているかもと思っていたりする。
そして気合も入れたことでお仕事モード、所謂猫かぶりモードに入った浩也はホールに向かって歩きだす。
「おはよーございまーす」
従姉である由貴に挨拶をする。日中でもその日一番の挨拶はおはようございますである。当然、バイトを上がる時はお疲れ様でした。バイトの基本である。
「ああ、浩也おはよー。早速で悪いんだけど、3番テーブル片付けてくれる?」
「了解」
こうしてこの3月から続く浩也のバイト時間が始まるのだった。
その日のバイトはこれまでどおり、時間が経つにつれ学生達による混雑が増していく。学生達は圧倒的に女子が多く、店の中も華やかさが増していく。加えておしゃべりによる騒がしさも増していき、ウェイターとして外野に徹する浩也としては、よくもまあ話が尽きないものだと若干辟易したりする。聞き耳を立てずとも聞こえてくる話の内容は他愛もないものばかりで、学校の授業の話から先生やクラスメイトの話、中には聞こえたら不味いような恋バナまで聞こえてきたりする。好きなアイドルや芸能人の話ならば構わないが、さすがに何組の誰々が気になる的な話は思わず話している生徒の顔を盗み見してしまったりする。とは言え、猫かぶりモードの場合は、基本動揺する様子を一切見せず、なにくわない顔で給仕をしたり、片付けをしたりする。客側もウェイターには気にも留めず自由なおしゃべりを楽しんでいる。
「ねえねえ、今度藤田君を誘ってみようよ」
「えー、でも彼部活が忙しいそうだし、女の子に誘われても結構断っているらしいよ」
「でも複数で遊びに行こうとか言えば、大丈夫じゃない?」
おっと、知っている名前が出た。どうやらそのテーブルの2人は同学年の生徒らしい。こっそり顔をのぞき見る。なんとなく見た事があるようなないような。
『うん、知らない奴だな』
浩也はそう結論付ける。高校に入って帰宅部だった浩也は、同じ中学だった生徒以外で、クラスメイト位しか顔を見知った人間はいない。たまにその同じ中学だった友達繋がりで、顔見知りもできるが、大抵は男子だ。女子で他のクラスの生徒で顔見知りとなると、1人2人位しか顔と名前が一致しない。だからその2人を知らなくても不思議は無かった。ただ浩也がそうだとしても、相手がそうだとは限らない。
「あれ、もしかして2組の高城君?」
他のテーブルの皿を片付けている時に、不意に先ほどのテーブルの女子より声がかかる。なんとなく気付かれるような気はしてた。先ほど話題に上がっていた藤田君とは藤田朋樹のことであり、浩也とは中学時代からの友人だからだ。クラスも一緒で、2人でつるんでいる時間も多いので、自然とそっち絡みで名前も覚えられていることがある。
「えーと、ごめん。君たちの名前はわからないや。同じ学年の人だよね?この度は当店にご来店いただきありがとうございます。ここには初めてかな?」
「あっ、ごめん。同じクラスにもなった事ないし、知らないよね。私は伊藤真由、こっちは篠崎楓、2人とも3組なんだ。このお店は初めてなんだけど、友達が凄くケーキが美味しいって言ってて、ようやく来れたんだ」
「そうそう、凄くケーキが美味しい。今食べてる奴以外も気になるし、また絶対食べにくるよ」
「はははっ、ありがとうございます。店長にも後でそう言っておくよ。3月にオープンしたばかりだから、リピーターのお客様は大歓迎だよ。あっ、同級生のよしみだし、ちょっと待ってて」
浩也は営業スマイルで愛想良く応対すると、片付けた皿を片手に、裏手へと引っ込む。そして両手にちょっとした小袋をもって再び席に戻ると、その小袋を2人の女子に差し出す。
「中にお土産用のクッキーが入っているから、良ければどうぞ。これからも当店をご贔屓に、一応他のお客様には内緒でね」
「えー良いの?ありがとうっ」
「う、うん、また絶対来るね」
2人はうれしそうにその小袋を受け取ると、浩也の営業スマイルを見て頬を染める。実はこの小袋は裏に何個か用意されており、予め配るように準備されている。こうやって渡して特別感を出すことで、リピーターに繋げようという考えなのである。浩也が2人の席から離れても2人はわいわい喜んでいる。喜ばれること自体嬉しいことなので、浩也もふと笑みを零す。
「うんうん、中々良い感じね。アンタの好感度も上がったんじゃない?」
その光景を見ていた由貴が浩也に話しかける。
「まあオマケがもらえれば、俺で無くても喜ぶだろう。俺の好感度はあんまり関係ないんじゃないか?」
浩也にしてみれば、先ほどの会話から朋樹に興味がありそうな2人だったし、自分に対する興味が湧くとは思えなかったので、関心が無さそうにそう答える。クッキー1つで好意を得られるほど安くは無いだろう。
「アンタバカね~。それだけじゃないでしょうに」
由貴は2人の女子高生を横目に見ながら、呆れた声を出す。知ってはいたが、我が従弟は自分の魅力に無頓着だ。一見、とっつきにくそうな表情を見せるこの従弟は、話かけづらい印象を与える。事実、人見知りもあり、壁を作るようなところもある。身内には当然、その壁は無いのだが、初見の女子に笑顔を見せることなど稀だろう。とは言え、身内びいきにしても、外見は悪くない。背もそこそこ高く、すらっとしており、営業スマイルとはいえ、やさしげな笑顔を見せる。これまでの冷たい印象からホロッと柔らかい印象を与えるのだ。年頃の女子であれば、興味を持つなというほうが無理なのである。ただし当人はあくまで営業スマイルで仕事をしている感覚であるので、相手の機微には全く気付かない。まあ、店側としては、こうして隠れファンを増やしていって、お店の売上に貢献してくれれば、御の字なので、当人の意識の問題として、あえて深くは突っ込まないのだが。
『それにあんまり本人にその気がでても、有里奈に悪いしね』
由貴はそこで浩也の幼馴染である有里奈の事に思い浮かべる。榎本有里奈。浩也の幼馴染で由貴にしても歳の離れた妹のような存在である。浩也の一つ年上で、浩也の通う県立海生高校の生徒会長でもある。浩也は全くその気は無いようだが、有里奈はそれこそ小さい頃から浩也のことを好きだというのを由貴は知っている。由貴がつい最近見た有里奈の印象は、モデルのようなスラッとした体形で、肩まで伸びたストレートの黒髪。一目で美人だとわかる凄く素敵な女性となっていた。生徒会長という立場上、優等生然としたいかにも優秀そうな印象も与える。浩也の話だと、生徒の人気も凄くあるようで、特に年下の女子からの人気が絶大だという。由貴にしてみれば、その性格を知っているだけに、立場上で無理をしているのかと思うくらいである。本当は多少引っ込み事案なところもある普通の女の子なのだ。
「話変わるけど、そういえば最近有里奈を見てないわね。今度連れてきなさいよ」
由貴の突然の方向転換に浩也は怪訝な表情を見せつつも、言葉を返す。
「本当にいきなり話が飛んだな。学校であんまり有里奈に接触したくないんだよな。何言われるかわかんないし」
「アンタ、幼馴染をあんまり邪険にするものじゃないわよ」
「いや、どちらかと言うと、有里奈に迷惑がかかるというか。それこそ俺と変な噂が立つと、有里奈も困るだろう」
浩也はそう言って、困った顔を見せる。有里奈としては、噂でもそういう話であれば内心喜ぶだろう事を浩也は微塵も考えていない。由貴はこの鈍い従弟の頭を叩きたくなる衝動に駆られるが、可愛い幼馴染の有里奈の事を思ってグッと我慢する。
「そこは上手くやんなさい。取り合えず近いうちに連れてくること。わかった?」
「あー、まあわかった。今度声をかけておくよ」
浩也はしぶしぶという表情で了承する。従姉に逆らっても良いことが無いのを良くわかっている。由貴は全く乗り気ではない浩也の表情を見て、不満気な態度を示すが、まあ了承したことで良しとする。
『全く、あんな良い子の気持ちに気付かないなんて、アホなんだから。有里奈、頑張って』
由貴は心の中で奥手な年下の幼馴染を励ますのだった。