第九話 覚醒バーゲンと羞恥プレイ 【挿絵付き】
(令和なので)初投稿です。
難産でした。どうしてだろ?
強ければ全てを幸せにできるのだろうか。
その答えがNOであることは、分かっていた。
僕が求めるものは、きっと強さの先にあるものではない。
では、どうしたら良いのだろうか。
力でダメなら、知だろうか?
賢ければ。今度こそ僕は、喪わずにすむのだろうか。
『叡智を手に入れれば、確かにキサラギさんの望みは叶うかもしれません』
とある昼下がりの教室。授業の合間に、菊乃先生は語っていた。
『ですが、それはきっと貴方の幸せには貢献しないと思います』
『賢者よりも子どもの方が、きっと人生を楽しく過ごせる』
ゆらりと、先生の瞳に赤い炎が灯った。その赤はどこか悲しげな色をしているように思える。
『キサラギさんがそう在りたいのなら、いつかそれは叶うと思います』
嬉しいような、悲しいような。複雑な感情が入り交じった、そんな表情を浮かべる菊乃先生。
どうしてそんな顔をするのだろうか。先生には、悲しい気持ちになって欲しくはない。
つい知りたくて。僕は集中力を高め、そしてふと新たなる道を見つけた。
それはおそらく、菊乃先生と同じ道だった。とても賢くなれる、そういう領域。
これに触れれば…僕は…。
視界に、赤い炎がちらつく。
そのまま、僕はその道に手を伸ばして――
『キサラギさん、これだけは覚えていてください』
菊乃先生の声。頬へ触れられる暖かさ。
『知るということは、決して良いことだけではありません』
『それは時に、貴方の心を刺す刃にもなるでしょう』
『どうか、この意味を考えてから、そこへ踏み込んでください』
ごめんなさい。菊乃先生。
先生の忠告、忘れてはいないんです。
でも、ここまで想ってくれた人に、不甲斐ない様は見せられないから。憧れに、応えたいから。
だから、僕の全力で。
全力で、貫さんと戦う。
ゾワリ。貫の背筋に悪寒が走る。
感じたそれは、恐れ。目の前に対峙する相手が、明確な強敵と化した予兆。
戦意。
今まで貫は一度も目の前のキサラギから戦いへの意欲を感じなかった。嫌々と、測定だから仕方がなく。根本的に戦いそのものを好いていないキサラギは、こういった戦いへのモチベーションが非常に低かった。
――のだが。
「……――ッ」
キサラギの目には、歴戦の貫にさえも通じる圧があった。
「行きますよ」
ようやくのキサラギの本気に貫は喜びながら、攻撃を仕掛ける。
異次元を超え、光よりも早く。
拳。
それは、空を切った。
「……っ」
キサラギと貫の視線が交わる。
(なぜ…?)
どうして躱されたのか。それよりもマズイ。認識されたら一気に技を盗まれてしまう可能性がある。瞬間的ないくつもの思考。咄嗟に貫はキサラギの意識から己を外すために、視界から逃れるようにキサラギの背後へ移動する。
貫の目の前にあるのは無防備な背中。
良かった。私の動きが読まれているわけではない。貫は先ほどより更に力を込め、鋭さ、速さを増した拳を放つ。
しかし、再びその一撃は空を切った。
僅かに首を傾けて、最小の動きでの回避。
キサラギの視線が貫を射貫く。
あ。
そう思った時には、拳が目の前に迫っていた。
跳躍。
反射的に貫はそれを躱したが、あまりにも速すぎるその拳は凄まじい衝撃波を発生させ、咄嗟の回避だったために満足に体勢が整っていなかった貫を大きく吹き飛ばした。
距離を取り、あまりの急激なキサラギの変わりように、己の計算違いを悟る貫。
(強い。先ほどまでのキサラギさんは、ほとんど英霊の力を引き出していなかったようだ)
キサラギと同調している英霊コオリ。彼女の肉体は特別な作りをしている。
コオリは本来、その世界に存在する邪神と呼ばれる存在を打倒するための、究極の力を持った戦士を人為的に作り出す研究から生まれた人造人間だ。彼女の肉体にはその星にかつて存在した古代の戦闘種族の遺伝子が組み込まれており、戦闘の中で急激に成長していく特性がある。
そして他にも戦闘に適した様々な能力をコオリは持っていたが、戦闘種族の遺伝子故に、そういった機能は主に闘争本能を切っ掛けに発露する。
キサラギは確かに英霊同調によってコオリの力を100%引き出せるようになっていたが、その闘争とは無縁な気質故に、コオリの本来の力を発揮してはいなかった。
貫の想いを感じ取ったキサラギは、ついにやる気を出した。それにより闘争本能に火が点き、キサラギはようやくコオリの100%の力を発揮し始めた。
発揮され始めた力の一つは、未来感知。未来を視る未来視の能力が古代の戦闘種族の戦いの歴史の中で、より戦闘に適応するために進化した能力。
未来視は膨大な情報を視覚的に見るために、戦闘に向いていない。考えるよりも速く体を動かし、超高速で動き回る段階の戦闘において、自分の取る行動によって様々な形に変化する未来の光景を視て、最適な行動を模索するというのは、あまりにも悠長すぎる。だからこそ、そのプロセスは省力された。未来の映像を見るのではなく、未来はどのようになるかを漠然と感じ取る。その感覚を本能に連動させて、無意識で反射的に動く。
キサラギは貫の動きを捉えることはできなかった。しかしそれがどこに来るかは、未来を通じて感じることができた。
貫は今のキサラギの上限を測るために、全力の連撃を放つ。
異次元を利用した、様々な方向からの連撃。上にいたと思えば下にいて、右にいたと思えば左にいる。もはや同時攻撃といっても良い連撃の極致。
「……ッ!」
しかし、それがキサラギを捉えることはない。その全てを超高速で動いてキサラギは回避する。その動きは、明らかに光速を超えている。
(これはエネルギーによる加速ではない。時間に干渉する、魔法)
取り乱すことなき無の心で貫はそれを冷静に観察し、次の戦略を練る。
現状は膠着状態。キサラギは回避することはできても、反撃を当てることができていない。むしろ下手に反撃しようとすれば手痛いカウンターを喰らうことは間違いない。
(……動きが単純に速い上に、知覚速度も向こうがだいぶ上のようですね。直線の動きでは縮地を使える私の方が速いですが、それ以外はほぼ全てキサラギさんの方が上)
一方的に貫が攻撃し、それを必死に回避するキサラギ。この膠着は一見貫の方が優勢であるかのように見える。
キサラギも反撃はした。ほぼ全方位に放つ逃げ場のない強力な魔法を放ったり、貫の攻撃に合わせて、空中に静止させた魔法を解き放ちカウンターをしようとしたりといった反撃をしたのだが、それらは全て貫の技巧の前には無力だった。
逃げ場のない強力なエネルギーを拡散させる魔法は、異次元へ瞬間的に跳ぶことで回された。
カウンターの魔法は貫の纏うエネルギーに捕らわれ、その魔法をより威力が増した状態で跳ね返された。貫は世界から得たエネルギーを手足のように操ることができるので、素手でできることをエネルギーでも行うことができる。受け流しの極致。それを自らの纏うエネルギーをもって行ったのだ。
キサラギは貫の防御を突破できない。身体能力やスピードでキサラギが勝っているが、実質無限にエネルギーを世界から補充でき、キサラギより遙かに優れた技巧を持つ貫相手では、キサラギは活路を見出すことは出来ない。
――と、貫は考えていた。このまま時間をかけてキサラギを観察し続ければ、その時間に関する魔法の技を覚えることができ、キサラギの動きも見切ることができる。時間は私の味方である、と。
しかし貫は忘れていた。
己のその修得能力は、もとはキサラギの力であるということを。
貫は間違いを犯した。己の英霊の力――シモンであった頃のキサラギの力を、キサラギの限界だと勘違いした。
(…これは…)
キサラギとの攻防の中、貫は違和感に気づく。
キサラギの動きを、いつまで経っても読み切れない。
己の戦闘に対する経験はキサラギよりずっと多い。故に、こういった読みに関する鋭さは、キサラギよりも経験の分、勝るものだと考えていたのだが…。
(……読み切れない?違う。これは)
貫の拳に対するキサラギのカウンターの蹴り。しかし、貫はキサラギの蹴りを瞬時に受け流す。
ふと。
貫とキサラギの視線が交差した。
青いキサラギの瞳に浮かんだ、赤い、炎のような揺らめき。
(まさか……これは……)
攻撃が読まれ始めている。攻防を重ねて、貫は確信する。
何か手をうたなければ……。
その攻防の最中。
ゴッ、と。貫の攻撃がキサラギに当たった。
(しまった)
それは決して、貫を優勢に導くものではなかった。
キサラギに当たった拳は、異次元からの一撃。貫がこれだけはしてはいけないと悟っていたこと。
貫は今まで、異次元を経由する一撃を放っても、異次元から直接攻撃することはせず、一度通常の次元に戻ってから攻撃をしていた。なぜか。それはキサラギが異次元を体感してしまうからである。
上から攻撃を受ければ下へ体が吹き飛ばされるように、異次元から攻撃を仕掛ければ異次元へ体が沈み込む。ただの凡才なら、下手すればそのまま異次元へ沈み込んで、通常の次元へ戻ってくることはできないだろう。しかし、キサラギがそうでないことは明白である。
キサラギは今、異次元へ移動する感覚を、実感を伴って体験してしまった。そしてそれは、キサラギの計算通りであることを、彼の目に揺らめく赤い炎が物語っていた。
刹那。貫は己の頬に衝撃を受けた。
貫のぐらつく視界に写るのは、キサラギの拳。
ついに、キサラギの一撃が貫を捉えた。
(……)
無となっている貫の心は、この程度では動じない。冷静に現状を捉え、キサラギの変化へ対処しようとする。
(これは、間違いない。異世界の大賢者や菊乃と同じ、叡智の領域)
考えついてから、貫は己の失態を悟った。叡智の領域に踏み入れた者は、時間を掛ければ人物を完全に解析することができる。以前対峙した大賢者が己の動きの一切を完全に見切っていたように、キサラギもおそらく自分の動きを把握し、そして異次元からの攻撃へわざと当たりにいった。そして異次元、xでもyでもzでもない軸へ移動する感覚を体感して――
拳。連撃。
「ぐっ…ぅ…」
思考の際に出来た僅かな隙。そこにいくつもの攻撃を、貫は叩き込まれた。
その攻撃はあまりにも速すぎた。経験による直感や、無になったことによって非常に研ぎ澄まされた知覚など、数多の守りの奥義を持つ貫でさえ、その技を一切知覚することができなかった。
(これは、やはり異次元を経由している。縮地を応用した、連撃)
気づけば、貫の首もとには剣が突きつけられていた。
「…まだ、やりますか?」
キサラギの目は、貫でさえ見たことがないほど、鮮やかで力強い赤の炎が揺らめいていた。
「くふ…ふふ、ふふふ」
機器を通してその光景を観測していた菊乃は、思わずこぼれる奇妙な笑いを堪えることができない。
「キサラギさん…キサラギさん…ふふっ、ふふふふふ」
彼女にとって、キサラギとはイレギュラーであった。己の、全てを予測し得ることができる世界の中で、唯一予測不可能な存在。
白黒の世界の中で、ただ一人色をもった存在。彼女はそこに初めて強烈な感情を抱き、焦がれた。世界には自分と|他人《予測し得る単調なプログラム》とキサラギしかいないと思っていた。一応自身と同じような力を持った大賢者という存在がいたことはあったが、それの力は期待よりも遙かに小さく、勝負にもならないような有様であった。
菊乃は、キサラギを価値のある存在であると捉えていても、同格の存在とは見なしていなかった。しかし、ここでその認識は変わる。
菊乃の目から赤い炎が噴き出る。その炎はキサラギと同じくらい大きく、暗い色をしている。
彼女が叡智の領域と名付けた、目から赤い炎が発生すると同時に高度な知力を発揮できるようになる現象。どのようにしてこれが起こるのかは彼女自身もまだ解明し切れていない。ただ、酸素が一定以上の温度になると燃焼するように、これもまたそういった法則であるという理解をした。
「ああ、キサラギさん…ッ。 貴方こそがやはり、人間だ…!」
初めての。共有できる存在。同格な存在。対等な存在。
でも、貴方がこちらへ来てしまうとどのような思いをするのか。完璧に予想はできないが、見当は付いた。だから忠告をした。
ふふふ、ふふふ。菊乃の口からこぼれ出る笑いには、明確な喜悦が含まれていた。
仕方ない。仕方ないことだ。しっかり忠告はしたのだから。キサラギさんだからこそ、道理を踏まえた。それでもなお、貴方が選ぶというのなら、それは貴方の責任だ。
貴方が悲しむことは、正直心苦しかった。それでも、それ以上に、嬉しい。
キサラギへ向けられていた菊乃の想いは、より強く、別の形へ変わっていく。
「キサラギさん……」
キサラギさん。
キサラギさん。
貴方にはこの世界はどう見えますか?
単調でしょう?つまらないでしょう?
全てを識るというのは、かくもおぞましいものだ。
語り合いましょう。ずっと、同格の存在とのコミュニケーションというものをしてみたかった。
菊乃は狂気的な笑みを浮かべながらも、その目は子どものように無邪気で、輝いていた。
初めは憧れだった。
貴方の後ろ姿。貴方のようになれたら、どれほど素晴らしいことだろうか。そう思い、私は貴方に追いつくために努力を重ねた。
血の滲むような努力の末に、私はいつしか世界最強と呼ばれるようになっていた。
私はあの背中に追いつけたのだろうか。
(ああ。私は、まだまだ弱い……)
本物と対峙したからこそ、己の至らなさを実感した。
まだまだ、修練が足りない。叡智の領域に至ったキサラギさんの相手だと、現状の私ではまだまだ力不足だ。
心を無とする技を解く。
不思議と、悔しさはなかった。
ただ、様々な形の自責の念が、己の中で渦巻いていた。
不甲斐なさ。至らなさ。焦燥感。
ふと、どうして己の内にこのような感情が渦巻いているのか、不思議に思った。
キサラギさんへ、憧れた。それに誤りはない。貴方に追いつけたのか。ただそれだけが知りたくて、全力で戦って欲しいと願った。
どうして。どうして?
憧れているなら、憧れている人物に負けても、致し方ないことだと思うのではないだろうか。いくらかそれが違ったとしても、この胸にどうしてこのような燻る思いが残るのだろうか。
(――――……)
唐突に、英霊の経歴が脳裏をよぎった。
――キサラギさんが、泣きながら戦っていた。
――戦友を喪い、身を引き裂くような悲しみの中、それでも銃を手に戦っていた。
――その背中は強く、大樹の如き存在感があった。
――それでも、彼は泣いていた。
「……あぁ」
分かった。
分かったのだ。私が今まで頑張ってこれた理由を。
首に突きつけられた剣に、手を添える。
「未だ諦めず、みっともなくも足掻き続ける醜態を晒すことを、お許しください」
私は。
私は。
貴方に追いつきたかった。
共に戦えるような、並び立つ存在になりたかったッ。
何より。
貴方を護れる存在になりたかった!
「キサラギさん」
孤独で、悲しみを堪えて、戦っていた貴方。
私は貴方の戦う姿を美しいと感じると同時に。
何よりも胸を締め付けるような思いを感じていたのだ。
可哀想だと思った。泣かないで欲しいと思った。大丈夫だと言ってあげたかった。
貴方を、救いたかった。
だから。
だから!
「私は、貴方に負けるわけにはいかないのです」
貴方を護れる存在になるために、貴方より弱く在るわけにはいかない。
人という存在は、このように出来ているのか。
菊乃先生と同じ領域に踏み込んで、初めに抱いた感想。僕は人の成り立ちというものを理解した。心、その精神の在り方。そのプログラムを、掌握した。
そっか。これが、菊乃先生が抱いていた感情なのか。
同じ領域に立って、同じ視点を経て、僕はようやく菊乃先生への感情に共感できた。
――キサラギの瞳の輝きが消える。心は叡智に満たされ、その思考は未知への希望を失う。
「……」
まず、この測定は終わらせよう。そしてこの状態になるのは、今後よほどのことがない限りは自重しよう。
そう考えて、ふと、凄まじい何かの胎動を感じた。
「――っ、ぇ?」
その源は、目の前の貫さん。おかしい。これは、こんなものは、計算に合わない。
「未だ諦めず、みっともなくも足掻き続ける醜態を晒すことを、お許しください」
ああ。
「キサラギさん」
ひ。
「私は、貴方に負けるわけにはいかないのです」
《貴方を護りたい。だから、貴方に負けるわけにはいかない》
伝わってきたのは、莫大な愛護の感情。
ああ。あう、あの。ええと。ありがとうございます?
「キサラギさん」
来てください。貴方の全力を、受け止めましょう。
そこからの戦いは、一方的だった。
キサラギがいかに力を尽くし、技巧をこらした一撃を放とうと、貫はそれを全て真正面から受け止めた。
「遠慮をする必要はないですよ。貴方の剣技も見せて欲しい」
促され、キサラギは僅かに迷うも、星さえも容易に砕く一撃すら全くダメージを受けた様子がない貫に、遠慮は捨てた。
そして、剣をもって全力で斬りかかっても。
パシッと。素手で受け止められた。
「……っぇぇ?」
掴む、ですらない。手の平で大剣を受け、全く傷ついていない。
それから、幾度かキサラギは全力の攻撃を仕掛けるも、貫が傷一つ負うことはなかった。
「終わりにしましょうか」
最後に、そう言って放った貫の拳。
「ぁ」
腹に突き刺さる拳。
瞬間。
キサラギは根こそぎ力というものを消し飛ばされ、意識を失った。
ふらりと、倒れるキサラギを貫は受け止める。
「……」
意識を失ったキサラギを見て、貫は満足そうに呟く。
私の方が強いのです。
ぎゅっと、キサラギを抱きしめる。
だから、貴方を護らせてください。キサラギさん。
ここまでがチュートリアル感。まだメインシナリオ始まっていないのに、ここまで文字数を取るか。
とりあえずこの後すぐに設定解説のお話をやります。かなりメタ&本編で解説しない話をするので、ネタバレとかが嫌いな方は見ない方がいいかも?