第六話 やべぇよ…やべぇよ…
一人称視点で小説を書くと、物の見方や考え方が主人公のものになる。つまり、この小説はぐう聖主人公の視点で物事を表現しなくてはいけないので、割と面倒。言葉一つで人格が良く表わされるので、結構推敲しないといけないのです。逆を言えば主人公の人格を細かく表現出来るともいうけど、正直そんな細かいとこ気にするほど作品の質に気を遣っていないんだよなぁ、という悩み。
「キサラギさんは、前世の記憶を断片的に保持して生まれる転生者という存在がいることを知っていますか?」
言われて、ドキッとした。僕は特に何か悪いことをしたわけではないが、転生したということ自体に少々後ろめたい気持ちを抱いていたからだ。基本的に人は死ねば、終わりだ。ごく一部の例外はあれども、ほとんどの生命はそのルールに乗っ取り生きている。みんなが守っているルールを破るのは、ズルなのでは?と感じる気持ちがあった。
おそらく、自分以外にも転生できる人物はいると思っていた。転生時の忘却は、おそらく精神力次第で耐えられる。僕は耐えられた。だから他にも転生者はいるかもしれないと予想していた。故に、こう言われても全く予想していないといった戸惑いはなかった。
隠す意味は…特にない。転生者が何かしらの排斥を受ける立場にあるなら困るが、そういった話は一般常識的には聞いたことがない。
数年間この社会を生きていて思うのは、この社会は前世の社会より理性的だということ。転生者という立場が何かしらの理由で排斥されるというのなら、それにはある程度合理的な理由があるのだと思うし、二度目の生という本来あり得ないはずのものを享受している身としては、そういった理由があるなら排斥などを受け入れようとも思う。
「覚えは、ありますね」
そう言うと、先生はどこか不思議な微笑みを浮かべた。相変わらずの、暖かさと狂わしい熱を孕んだ視線。前世の上官さんの英霊を召喚したのが先生であるから、上官さんの英霊の経歴が何か影響を及ぼしたのかもしれないが、どうしてこういった想いをぶつけられるのかは、よく分からない。
「なるほど…。 転生者は基本的に、夢を通じて印象の強い前世の記憶などを思い出したり、前世の技能や成熟した精神性を引き継いでいたりといった特徴があるのですが…」
キサラギさんは あなたは 英霊シモン・ラインハルトの 転生者ではありませんか?
告げられたその名前は、確かに僕の前世の名前だった。
「…どうして分かったんですか?」
問いかけると、先生は微笑んだ。
「私は頭が良いですから」
??
転生者かどうか見分けるのは、多分転生者という概念が実在することを知っていれば分かるかもしれない。でも、その元なる人物を見分けるのは、賢さで何とかなるものなのだろうか。
思えば、この地球社会の最高峰の研究者が僕の担任の先生をやるというのは、常識的に考えれば実におかしいことだ。つまり、僕が初めから転生者であるということを何かしらの目的にして、菊乃先生は僕の先生となったのだろうか?
「でも、正直に話していただいて助かりました。転生者であると認めていただけるなら、ある程度そういった便宜を図れます」
先生の口ぶりから推測するに、転生者であるということを隠す人物がいるのだろうか。
「転生者であることを隠す人はいますし、また無自覚である人もいますね。記憶はなくても精神性や何かしらの特技を引き継いでいるという方もいるので、断定はかなり難しいです。ギフテッドやその分野の天才と見分けることも困難ですからね」
転生者について詳しく話を聞くと、以外と多くの転生者らしき人物が存在するらしい。少なくとも、その分野における天才より、その分野を前世で得意としていた人物の転生者であることの方が多いらしい。彼らの一番の特徴は、ある程度精神的に成熟していて、何より確実に英霊を召喚することが特徴とされるらしい。また、技能の成長性が年齢と比例していないことも特徴らしい。先生曰く、才能はそこまで感じられないが、異様に卓越した技術を持っている子どもなどが転生者と見分けられるらしい。
また、転生者であるということを自覚できるほど記憶や精神性を引き継いでいるのは非常にレアなケースらしい。大半の転生者は前世の印象深い記憶を夢に見ることがあり、同年代の他の子どもより精神が成熟していて、とても得意なことがある。その程度らしい。
ある程度転生者に関する話を聞き終え、僕は質問をした。
「転生者であることで図ってもらえる便宜とは?」
「そうですね。主に責任能力など認められたり、ある程度の個人裁量が与えられたりしますね。単純に言うなら、大人として扱ってもらえることです」
なるほど。それなら、僕がすぐにダンジョン探求者協会に所属して働きに出たりすることが認められたりするのだろうか。
「少し暗い話をしてしまうと、転生者であり、日頃の素行が非常に良いキサラギさんですと、子どもであるが故に配慮されるべき時間が失われてしまうという懸念もあります」
キサラギさんはとても学習速度が早いです。測定された速さを基準に考えると、一年もしないで必要な知識・技能を学習できてしまうでしょう。それで、精神的に十分に成熟していると認められてしまったら、あなたはこの学校を卒業できてしまう。早く大人になり、自立した生活基盤を得ることは大切なことかもしれませんが、同じ学友と共にゆっくりとこの世界で育っていくということも同じように大切だと私は思います。キサラギさんが望むのなら、私は転生者であるということを聞かなかったことにしましょう。
「解答は、まだ聞きません。…そうですね。今学期の終わりにでも聞くことにしましょう。キサラギさん。しっかりと考えて、決めてくださいね」
僕はこの時、菊乃先生が僕の担任であったことに、心から感謝した。
菊乃先生に送ってもらい、僕は孤児院に帰ってきた。
扉に手を掛けた時、何か不思議な感覚がして、僕はどこか別の場所に立っているような感覚を覚えた。
「やあ、ちょっとお姉さんとお話をしないかい?」
気づけば、傍に黒い女の人が立っていた。
全身真っ黒な服を着て、死神とかそういった不吉なものを連想させるなぁ…と少し考えたが、よく考えたら僕が英霊の力を借りた時も上下共に黒い服を着ていたので、似たようなものなのかと考える。
「どなたですか?」
お姉さんの雰囲気は人の嘆きとか悲しみとか、そういう負の感情をありったけに流し込んでぐつぐつ煮込んだような、混沌とした深過ぎる闇を感じた。今まで見たどの人間よりも、その心の奥に闇を抱えていると思う。少し集中してお姉さんを観察すると、その抱いているものがより鮮明に見える。
それを見た上で、僕はお姉さんにどうしてこの人はこうも軽く嗤っていられるのだろうかと、戦慄した。
「ふむふむ。初見で私の闇を見抜くとは、中々良い眼を持っているねぇ。でもあまり私をそういった眼で見ない方がいいぞ?SAN値がどんどん削れて、しまいには発狂してしまうかもしれない」
確かに、これは人によってはおぞましいとも感じるかもしれない。少なくとも、こちらの心を見抜いたサツキなどには、この女性は絶対に近寄らせない方が良いかもしれない。この闇を見ていて感じる重圧は、少なくとも30%ほどの英霊同調をしていた時の精神負荷よりずっと重く感じる。
「おや、でもまあ、流石はあれだけの英霊の力を引き出せたものだ。動揺はしていても、ダメージは全く受けていない。ふむふむ。いいね、君。もしかしたら君はこの世界で唯一、私の友達になれる存在かもしれない」
いやはや、たまげたたまげた。とおどけたように振る舞うお姉さん。
「…あなたは、どういう存在なんですか?」
この闇を見るに、多分この世界よりももっとファンタジーな世界で生まれた、邪神とか魔王とかそういう存在かもしれない。勘で言えば、この人はとても強い。なんだか急に周りから一切の気配を感じられないような、不思議と静止したような空間となっている周囲を見るに、よく分からない色々と凄そうな技などを持っていそうだ。
「どういう存在…ねえ。そう言われると…そうだな。説明自体は簡単だ。私は人類を滅ぼすものだよ。今更だが、君の名前を聞いてもいいかな?」
月々キサラギです。そう答えつつ、僕はどうしてこの人がここにいるのだろうかと考える。心当たりは、ある。おそらく英霊の力を大きく引き出したことだろう。僕が英霊の力を借りていた時、菊乃先生曰く、世界中の計測機器が異常を起こしていたらしいので、それほどの力を持つ存在に対して警戒心を持つのは当たり前のことだと思う。そしてエネルギーを感じたというのなら、何かしらの感知する手段を駆使すれば、僕という発信源を見つけることもできるのではないか。
まだ確かかは分からない自称人類を破滅させるお姉さん。正直、勘で言うのならお姉さんは、嘘は言っていないと思う。
「うーん、心眼系の能力かと思ったけど、若干違う?純粋な共感性っぽい能力と、未来視系の直感かな?英霊同調しているわけでもないのに、随分と凄まじい能力を持っているんだね」
こちらを見つめるお姉さんの顔は、渦巻いている闇に比べて、実にのほほんとした顔をしている。同じようなことを心がけている身としては、その取り繕う力をすごいと思いながらも、少し、悲しくなる。
「どうしてお姉さんは、人類を滅ぼすんですか?」
問いかけると、お姉さんは待っていましたと言わんばかりに笑った。
「そんなもの、決まっているだろう」
人類がそう望んだからだよ。
「?」
「おっと、理解できない顔をしているね。まあ、私の性質とでも言うのかな。私は人類の終末プログラムさ。といっても、これでも私は善行をしているつもりなんだぜ?なんせ私の力の源は、人類なんて滅びてしまえという人の呪詛だからね」
それを聞いて、僕は思わず息を呑んだ。それじゃあ、このお姉さんから感じている壮絶なまでの負の気配というのは…。
「お。気づいたような顔をしているね。ザッツライト。そうだよ、君がやべぇと感じているこの闇は、私がこの世界の人々から拾い上げ、束ねてきた人類への呪詛さ」
「私はただの代行者だ。人々の欲望や理不尽、心の闇などその他たくさんの要因によって生まれた人類への怨嗟、それを振るう者。私は思うわけだよ。私が力を付けて人類を滅ぼせるようなレベルまで力をため込めてしまったら、それほど人類が醜いというのなら」
そんな人類、一度綺麗に抹消した方がためになるんじゃないか、ってね。
「……」
僕は、何も言えなかった。お姉さんの背負った背景。そこにある苦しみ。集中しているから、よく見える。よく感じられる。
気を抜けば涙を流しそうだった。
お姉さんの纏う闇を通して、人類の醜さ、そしてそれに対する怨恨を垣間見た。ああ、これは、まずい。こんなものを見てしまったら。
人類そのものが、嫌いになりそうだ。
ああ。確かに、お姉さんに共感する。人類がここまで汚いものだと言うのなら、いっそ滅ぼした方がいいという考えも、理解できる。
「ふふ。見ちゃったかい? 見ちゃっただろう?」
お姉さんが、クスクス笑っていた。
「計画の邪魔になるかもしれない不穏分子を、念のためプチッと潰しておこうとか考えてここに来たんだけど、正直こんな逸材に出会えるなんて思わなかったよ」
トンっと、お姉さんは一差し指をお姉さん自身の右眼に当てた。
「君はとても優しい。だからこそ、見てしまったのならもう耐えられないぞ。だから、君も堕ちてこようよ?」
そして、親指を添える。
「そのために、現在と過去を見通す、とーってもよく見える私の眼をプレゼントだ」
ぐじゅ、ぐじゅっ。 ぶちぶち。
抉る音、そして、千切れる音。
「ちょっと代わりに君の右眼をもらうけど。まあ、あれだよね。等価交換的なサムシングだから、仕方ないよね。これから一緒に人類を滅ぼすパートナーだからね。うん、間接キスみたいなものだし、オッケーか?オッケーだな! うわ、ちょっとドキドキしてきた!テンション上がるな-!」
抉るためのお姉さんの左手と、眼を持った血に染まった右手が迫り来る。
ふと、考える。その眼をもって全てを見ることができたなら、僕が何を成すべきなのか、決めるための判断材料を揃えることができるのだろうか。
でも。
「え」
僕はお姉さんの両手を掴んで、その移植を拒んだ。
「ごめんなさい、お姉さん。僕はどんなものを見ても、絶対に人類そのものを滅ぼそうとは思わないから。その眼は受け取れないです。 その眼、抉り取る前に止められなくて……ごめんなさい」
人が嫌いになりそうなのは、分かる。
でも僕は、色々な人から暖かい思い出をもらってきた。様々な美しいものを見てきた。
悪いところは確かにあるかもしれない。醜いところもきっとあるのだろう。
でも、だからといって全てを滅ぼすほど、僕は人に絶望してはいない。愛しい人がいるのだ。愛しい人がいたのだ。
「え。待って。 この流れで拒否られちゃう? え。えー。 でも止めらなくてとか謝っちゃうの、本当に君は良い子だなぁ」
なでなでと、お姉さんが頭を撫でてきた。
その手が少しずつ下に下がっていく。
「お姉さん?」
「違うよ? どさくさにまぎれて、ささっと移植できないかなーとか考えてないよ? 本当だよ?」
「お姉さん…」
この人は、悪い人ではないと思う。いや。優しい人なのだと、僕はそう感じた。深くて暗い底知れぬ深淵の闇の中に、一つだけ、暖かく光る優しい心が見えたような気がしたのだ。
お姉さんは優しいからこそ、嘆くしかできない悲劇に潰えた人々の声を代行しているのだろう。おそらく、お姉さん自身は人類を滅ぼす気はないのだと思う。だからこそ、代行者と名乗ったのだと思う。
「ああー…ちょっと待ってくれ。君は少し、覗きすぎだぞ。ああいや、深淵を覗けば覗き込まれるのは王道だが、うーんー…複雑な気持ちだ」
まあいい。とお姉さんは呟いた。気づけば周りの空間はいつもの感じになっていて、お姉さんの姿は消えていた。
「君が堕ちてくれるなら、いつでも私へ呼びかけてくれ。 私と君は、既にふっかーい闇の絆で繋がっているからな。 どんな時だって、君の嘆きに答えよう」
耳元で囁かれる。姿はない。でも、聞こえた。
いつだって、待っている
いつまでも、待ってる
この深い、闇の底でな
見えない姿。いや、違う。
クスクス
気づけば、お姉さんは目の前にいて。
ぺろりと、僕の目を舐めた。
お姉さんの右眼は変わらず空洞のままで。
待ってる。
そう言い残して、今度こそお姉さんの気配は完全に消えた。
「あ。時間が経っても来なかったら、待ってるだけじゃなくて定期的に勧誘に行くからな。そこんとこよろしく」
……今度こそ、お姉さんの気配は完全に消えた。
孤児院の扉を開けると。
ドンッ
「…サツキ?」
サツキが凄い勢いで、飛びついてきた。
「にいちゃん、おかえり」
そう言って僕のお腹に顔を埋めるサツキの様子は、いつもより元気がないように感じられた。
「どうしたの?」
「……」
無言で、ぐりぐりと頭を押しつけられる。
どうしたのかな?そう思いつつ、ひとまず頭を撫でた。サツキは他の子たちと比べて良い子な反面、内面が見通しづらい。さっきのお姉さんを少し覗いたように、集中した状態になれば人の心を見ることができる僕だが、サツキの心はどうにも輪郭を捉えられない。とても不思議だ。
それにしても、こんな無言でぐりぐりしてくるサツキは初めて見た。
僕は対処の方法がいまいち分からず、とにかくサツキを撫で、その内心を窺うのだった。
ああ つよいよ
わたしは ひつようなかった
もし ぴんち なら
ぜったい かけつけた
でも ひつようなかった
ひとりで だいじょうぶだから
だいじょうなはずない だいじょうぶじゃないのに
だいじょうぶに してしまう
つよいから つよいから
おちてもいい よわくなってもいいんだよ
たすけるから ぜったい たすけるから
まもる まもるから
つよくあるひつようなんて ないのに
ないていい しあわせになっていいのに
ねえ わらって
にいちゃん
「人類の終末プログラム…とんでもなく厄介な代物が出てきましたね」
ため息を吐いて、目を閉じ、これからの計画を考える。
本質的に、あの存在は彼の敵にはならないだろう。むしろあの話を聞いた今となっては、彼はあの存在が消え去ることはきっと望まない。
それにしても。改めて彼の心の強さに驚いた。
あの時、私はいつだって彼を助けに行く準備はできていた。
超越能力。強固な意思をもって世界を塗り替える力。私は彼のためなら、世界の法則すらねじ曲げてみせる。
でも、必要なかった。彼は、自力であの存在の誘いを断った。
「必要として欲しいのに、必要とされない……辛いものですね」
でも私にとって、その辛いという感情さえ彼との関係によって発生した感情だというのなら、それは一つの宝物だった。
キサラギさん
一言。噛みしめるように、私は彼の名前を呟いた。
ついに感想をもらってしまった。イエーイ!次の話書くぞごらぁ!となった今日この日。
実に単純な作者である。しかし、勉強しなきゃいけないのは確かなので、あまり餌を投入されるとこう、困る…というジレンマ。感想を書かれたからといって、必ずしも更新が早まるわけではないのである。