第三話 初対面で好感度マックスなヤンデレ前世(?)女
勉強したくないでござる。
働きたくないでござる。
【 月々キサラギ報告書】
召喚英霊:5等級
最高同調率:推定33.4%
同調可能時間:おおよそ2時間以上
戦闘能力詳細
今回の事件の行動から推測するに、
①上空から一つの町全域を観測し、全ての敵性存在を正確に把握できる。
②上空からおおよそ1000体以上の標的を一瞬で認識して狙いを付け、標的以外のものへ一切の被害なく、正確に標的だけを撃破できる魔法を使用できる。
③2時間ほど、おおよそ1等級に分類されるモンスターを相手に同調状態のまま継戦可能な持久力を持つ。また、このことから最高同調率はまだ上があることが考えられる。
④英霊と同調しておらず、現代戦闘装備を纏っていなくても、数百とひしめく1等級の魔物の群れを身のこなしだけで回避し、目的地へと到達することができる能力。これは主に判断力、予測能力、運動能力の3点が非常に優れているということが考えられる。
考察
1.英霊について
観測されたエネルギーを推測するに、おおよそ一つの都市をまるごと灰燼にすることが可能な魔力を持っており、そしてそれはあくまで最低限の予測であるということ。これよりさらに大きな破壊をもたらす手段を保持している可能性がある。また、超高速移動を行い、空中浮遊も行うことができることが観測されているので、機動力、破壊能力は英霊術士の中でも最高峰の能力を持つと推定できる。及び、英霊召喚前に見ることができた身のこなしを踏まえるに、近接戦闘の際の回避能力もずば抜けた能力を持つことが確定しており、そこから近接時における攻撃面においても、非常に長けた能力を発揮すると推測できる。
英霊の経歴については、まだ召喚して間もないため判明不可能。ただ、悪性の英霊ではないと本人は否定している模様。
2.本人の人格について
月々博士の《サスティナブル・プラン》によって生まれた、人為的に遺伝子を改造、及び特殊な細胞を組み込まれた子どもであり、従来の人種に比べ、あらゆる面で非常に高い能力を持つ。
孤児院育ちであり、彼の兄弟たちの多くは問題行動の多い児童であるが、彼はそういった兄弟たちに率先して教育を施す非常に模範的な児童であり、周囲の大人及び子どもからの印象はとても良い。特別な境遇にもかかわらず大きな善性を保持しており、本人の精神も非常に成熟していると、彼の保護を担当した医師も証言している。
3.転生者の可能性
英霊との同調率や、本人の回避能力、また経歴に見合わぬ類い希な善性や精神の成熟性などを踏まえて考えるに、前世の経験を保持している転生者の可能性が非常に大きい。過去の転生者の多くは過去の断片的な記憶を思い出し、情緒不安定になったり、PTSDを発症させたりといった例などが確認されるので、専門のカウンセラー等の精神面に対する配慮が必要であると考えられる。
4.超越能力の可能性
対象の体を厳重に検査した結果、通常の物理法則ではどう足掻いても不可能な出来事を本人は行っているということが判明した。彼が1等級のモンスターの群れを切り抜ける際に行った行動、本人曰く、とても集中したら世界が遅く見えたという証言に基づいて、それを合理的に脳波の検査や演算能力などで検査した結果、脳の活性数値とその成果に著しいズレがあるということが分かった。
これについて詳しく解説すると、例示をするなら、1+1=2が当たり前だが、なぜか答えが1000になった、という結果に等しい。これは言葉の綾や数値の間違いなどではなく、もはや物理法則そのものがねじ曲げられているに等しい。
故に、これはかねてより英霊の経歴の中で確認されてきた、超強力な意思による現実の物理法則書き換え現象、通称超越能力の可能性が非常に高い。これは現代でそれを行える人物が確認された初めての事例である可能性が極めて高い。
今後の対応方針
彼の孤児院から近くの英霊術士教育学校で、特別なカリキュラムを組んで対応する。また、転生者や超越能力の研究のために―――
幸せとは何だろうか。私にとっては、それはよく分からなかった。
毎日は辛いことだらけで、周囲は馬鹿ばかり。権力者の戯れで生まれた私は、お金だけは充実しながらも、母親はほぼ育児放棄状態で私を放置しているので、ただ孤独に生きていた。
あのろくでなしに期待するのは、止めた。
学校に行っても、私は孤独だった。同年代の子どもたちはどいつもこいつも自分と同じレベルの知性を持っているとは思えず、話す言葉も思考回路もひどく幼稚で、私は彼らと対等な関係を築こうとは思えなかった。
なぜ、この程度のことが分からない。なぜ、こうすればこうなるだろうという簡単な予測すらできない。
幼稚な同年代の子どもたちを見ていると、その不出来さにどうしようもなく腹が立った。
そしてそれは子どもたちだけではなく、教員もそうであった。
会話を聞き、話している時の表情や声のトーン。その他様々な情報を重ねて推測をすれば、人の考えていること、人のやろうとすることなど、ロジックに基づいて予測できる。私の目の前の世界は、全てが一種の数値で表わすことができた。
何か人間が行動するたびに、その数値が出る。人間が何らかの刺激を受けるたびに、それへの反応が公式に基づいて行動する。つまり、外部からの刺激要因、情報を数値化すれば、行動した時に出る数値を積み重ねるたびに、どうしてそのような数値がでたのかを求める参照値となるので、その元の公式が求めることができる。
私にとって人間とは、この公式であった。あらゆる行動を、情報を数値化してこの公式に代入すれば、人間がどのような行動をするか予測できる。私のこういった演算能力は、年齢を重ねるほどにより高まっていった。私は能力を向上させるたびに、周りの人間が一種のプログラムのように見え、人を人とは見ることができなくなっていった。
私は鬱屈とした思いを抱えながら、静かに小学生としての日常をおくった。彼らの公式を求めることができる私にとって、彼らの興味を惹かず、かといっていじめられるといったことがないように学校生活を立ち回るという行いは容易だった。
私はどう生きていけばよいのだろうか。
静かで、独りの日々の中。そんなことをただ考えていた。
私とっての世界とは、全てが予測可能なものであった。考えれば、先が簡単に読める。世界はつまらないもので、人はちょっと複雑なプログラムに過ぎない。私が見たこの世界はどうしようもなく退屈で、そして機械的で。全てが無価値に思えた。
しかし。転機は小学校卒業と共に訪れた。
英霊適正検査。私はダンジョンに立ち入り、英霊を召喚した。
私が召喚した英霊は1等級の、研究者として大きな功績を残した英霊だった。しかし、私が引き出せる英霊の同調率では、正直演算能力などは私の方が上であった。研究に対する造詣、勘などは英霊の方が上かもしれないが、少なくとも英霊同調の際の精神負荷をというデメリットに見合うような、従来の自分より劇的に向上する能力といったわけでもないので、私にとって英霊はあまり役に立たないものだった。
私にとって英霊が役に立った一面と言えば、研究者の英霊という公的に能力を保証される英霊を召喚できたので、そういった分野に対する信用がとても上がるといった程度だろうか。就職や、研究の際の資金調達の信用など。役に立つのはそれくらいだが、正直、それらでも私にとってはないならないで、さして問題はないものだった。
英霊は役に立たない。私はそう思った。
しかしこれは後に大きく覆されることになった。
英霊の経歴。英霊が辿った生涯の歴史。
それは、何よりも素晴らしいものを私に見せてくれた。
『大丈夫?将校さん?』
英霊は、研究者として名をはせる前は戦争に将校として参加した軍人であった。
『うへぇ。偉い人は偉い人なりに苦労しているんだね・・・。昇進すれば、みんなにご飯をお腹いっぱい食べさせてあげられると思ったんだけどなぁ』
その男は軍人の名家の生まれで、重要なポストに就くことが決まっていたようなものだった。しかし政治関係のごたごたで不利な立場に追いやられ、最前線へ飛ばされることになる。そこで、彼と出会うのだった。
『そっか。大変なことがあったんだね』
彼は、英霊の愚痴を親身になって聞いてくれていた。正直私から見てこの英霊は性格がよろしくないし、何度も彼のことを下に見て、罵倒するようなことを言っている。
『ご飯、食べる? えっと、この前配られたお酒とか、たばこもあるよ? 僕、苦手だからさ。代わりに楽しんでくれる人がいる方が、有意義だと思うんだ』
しかし彼は何度英霊に当たり散らされようと、英霊が不条理に罵倒しようと、そのたびにかえって彼は英霊を心配した。当たり散らさなければ心の均衡を保てないほどに追い詰められているのだろうと。彼の顔からはそんな考えが読み取れた。
彼は日だまりのように暖かく、優しい人だった。そんな彼に、他の軍人たちはみな惹かれていた。それは様々な出来事を通して人間不信になりかけていた英霊さえも同じであった。
『君が立ち向かう必要はない!確かにここの町は占領され、かの国の邪悪な占領下に晒され、住民は不幸になるだろう。だが、だが・・・っ、君が命を賭して敵軍を食い止める必要が一体どこにある!?戦争はもう終わるんだっ、これは戦勝国同士の利権争いだ。確かに君がここで敵軍を食い止められれば、多少マシな連邦がこの地を統治するだろう・・・。しかし第一、不可能だっ!こんな少ない戦力で一体何ができる!君が戦う必要はないっ!!』
彼が最期の戦いに挑む前も、英霊は必死に彼に思いとどまるように説得していた。
しかし、彼は結局死んでしまった。
英霊はそのことを酷く悲しみ、そして彼との再会を願った。
私の英霊は、生物関係・・・いわゆるクローンや遺伝子関係の研究や、コンピューターに関する基礎を作り上げ、そして最終的に人工知能の作成まで行った研究者だ。それらは全て、もう一度彼と会いたいという執念のもとになされた。
英霊の経歴の最後は、英霊がいくら完璧に情報を打ち込んでも、完全に再現されない彼の人工知能、一種のクローンに対して絶望するシーンで閉められる。
英霊の経歴を見終えた私は、嗤った。英霊の間抜けさに、どうしようもない滑稽さを感じたのだ。
そして私は歓喜に震える。
公式でないものが。人間がいたのだと。
英霊は人間を人工知能で、公式で再現しようとしたことそのものを、根本的に間違えていたのだ。
私は英霊の経歴を通して、彼についての情報をいくつも収拾していた。その蓄積は、本来彼を公式とするに十分な情報量であったはずだった。しかし、どう足掻いても彼は公式とならない。
収拾した情報を基に公式を作成しても、その公式通りに彼は動かない。
分からない。分からない。私はどうしても、彼を解析しきれない。
私はそこに、救いを見出した。
毎日のように英霊の経歴を何度も見て、その情報を収集し、彼の公式を考える。しかしどうしても彼のことは理解しきれない。彼の行動は、公式では測れない。
探求の日々は、実に充実していた。彼についての情報を収集し、彼について考えて、また彼の情報を収集する。
そんな中で、私はあることに気づいた。
彼は、なんて優しい人間なのだろうか、と。
彼はまさに愛の人であった。周りの隣人を愛し、そして敵国の軍人に対してさえも、彼は人として当たり前の敬意を持っていた。故に、彼の周りの人間はみんな彼に何かしらのプラスの感情を抱いていた。
最初は、ただ初めて見た人間に対する興味だった。
しかし彼について探求するにつれて、その暖かさに私は惹かれていった。
英霊の経歴を見ている時は、英霊目線でその出来事を体験できる。英霊が彼に暖かい言葉をかけられるたびに、彼が私を気遣ってくれているような錯覚を体験することができた。
私は彼にどんどん惹かれていく。
私はいつのまにか絵について学んでいた。彼の絵画を描き、少しでも彼の残滓を感じたかったから。
私はいつのまにか造形について学んでいた。絵だけでなく、立体的な像などで彼を作りたかったから。
気づけば、私は彼を愛していた。
私にとっての唯一の人。唯一の光。
私は、彼を・・・――――
新しい学び舎は、いつも緊張する。
僕は孤児院を出て、なぜか送り迎えしてくれることになった学校の職員さんのもとへ向かう。
「初めまして、月々キサラギと申します。今日はよろしくお願いします」
まずは挨拶。頭を下げて自己紹介をする。
迎えに来てくれた学校の職員さんは、とても綺麗な女性の人だった。しかし、その顔はどこかで見たことがあるような気がした。
「ご丁寧にありがとうございます。私は菊乃雨。今日からあなたの担任になります。よろしくお願いしますね」
菊乃雨。その名前には聞き覚えがあった。世界的に有名な、英霊術士に関する研究者。英霊召喚によってもたらされた様々な魔法や異能などの技術に関して、非常に多岐に渡る研究成果をあげた現代最高の研究者。
そして、前世の上司・・・将官さんの英霊術士。
僕の顔が、思わず引きつる。
ちりちりと、大きな想いの熱量を感じる。菊乃さんが僕を見つめる瞳には、途方もない何かの熱が宿っているように想えた。
これ、前世の記憶があることがバレてない…?
ヤンデレは酷い境遇を用意しないと誕生しないよね。少なくとも、普通の一般ピーポーがヤンデレになるのは整合性がない気がする。
だからこそ、ヤンデレの女の子を誕生させようとなると、自ずと酷い環境で育ったとかになってしまう訳ですね。もしくは酷い目に遭わせるとか。ヤンデレは業が深いなぁ。