6:甘党検事
「今更どうしたんですか? たしか、結局被害者の男性が被害届を取り下げたため、容疑者は不起訴となったはずでしたよね?」
「その容疑者なんだけどね、最近面白いところで見かけてさ」
「面白いところ?」
「これだよ」
勝鬨は自分のパソコン画面をぐるりと回転させてみせた。左側に動画の埋め込みリンク、そして右側にはずらずらと説明が書かれている。イベントか何かのサイトだろうか。しばらくするとタイトルらしき「スポンサーズ!」という文字が画面の中央に浮かび上がってきた。
「五億円を勝ち取れ……?」
「来週から放送される視聴者参加型のリアリティ番組だよ。一年前、ネットで配信されたものの、第二弾ということらしい。十二人の素人たちが五億円をかけて人里離れた森でゲームをするんだ」
「ふーん」
「興味ないかね?」
真菜は「あ、いえ」と曖昧に首をかしげた。昔からテレビドラマは好きでよく見ていたが、最近は忙しくてテレビ自体ほとんど見ていない。
「その暴行事件の元容疑者の男が出てるんですか?」
「ああ。彼だ」
「プレイヤー」と書かれたボタンをクリックすると、出演者の紹介ページに飛んだ。その人物は一番最初に紹介されていた。髪型は整えられているが、その顔にはたしかに見覚えがあった。「福岡県出身 後藤田充樹」という名前を確認し、記憶の中の人物と照らし合わせる。
「一年間で五億円使った男……?」
後藤田の紹介ページに書かれていた惹句を読み上げる。それが彼のキャッチコピーのようだった。
「後藤田は去年行われた第一弾の優勝者なんだよ。手に入れた優勝賞金を一年間で使い切り、再び五億を手にするためにゲームに参加するらしい」
五億円なんてどうやったら一年間で使い切れるのだろう。真菜が呆れていると、画面を注視していた勝鬨が
「……顔がちがう」
と、つぶやいた。
「え? 今なんて」
「ほかの参加者も面白いぞ。話題の女子大生発明家、熱愛報道で解雇された元アイドル、難病の我が子の治療費のために参加する主婦なんてのもいる」
「あ、この人知ってます」
マウスでスクロールしながら、真菜はパソコンの画面を指さした。
「よくバラエティとかワイドショーに出てますよね。イケメン投資家、でしたっけ。比留間崇成」
投資家、実業家、文筆業にタレント業などマルチに活躍する一方、慈善事業にも力を入れていると、真菜が購読している経済誌の特集で見たばかりだ。小顔で高身長のモデルのようなスタイルに、すっきりとした写真映えする顔立ちは、たしかに俳優にも引けを取らない。先日行われた著書の出版記念サイン会では五時間待ちの長蛇の列ができたという。
「優勝賞金の五億円は全額慈善団体に寄付します、ですって。立派な人なんですねぇ」
真菜が感心していると、勝鬨はニタニタと意地の悪い笑みを隠さず、「どうだかね」とほほ笑んだ。
「こういう奴ほど裏ではあくどいことをしているもんだ」
「そんなのわからないじゃないですか。めちゃくちゃクリーンかもしれませんよ?」
「こんな番組に出ようと思っている時点で、クリーンな奴なんていないよ。だいたい、『スポンサーズ!』という名前のくせに、提供会社の情報がどこにも載っていない。一体五億円はどこから出ているんだ?」
「つまらないこと考えてないで、素直に楽しめばいいんですよ」
「疑うことは検事の基本だ」
「そんなワーカホリックだから、奥さんと娘さんに逃げられ……」
ギロリと睨まれ、真菜は慌ててマウスを動かした。
「あ、検事、見てくださいよ。まだ名前しか載ってないプレイヤーもいますよ。写真は準備中、プロフィール欄も何も書いてないや。どんな人なんでしょうね、この密島ユウキって人」
真菜は誤魔化し笑いを浮かべ、自分の席に戻った。スターボックスでついでに買ってきたスコーンとスープはすっかり冷めきっていて、まったく美味しくなかった。