大福検事
後藤田は笠原のように自らゲームから去ったのではなく、視聴者による裁判によって追放されたのだ。
原因は初日の映像の中に、一瞬だけ後藤田が御堂という若いプレイヤーに暴力をふるっているような映像が映っていたことを、目ざとい視聴者が見つけたことだった。その映像はただちに拡散され、ネット上には誰が作ったのか検証動画が多数アップされた。結果、マイナス票が多くなり過ぎた後藤田は追放された。
「せっかく御堂って子が、喧嘩を売られたことは事実だけどたいした怪我はしていないし、自分は後藤田を許すって言ったばっかりだったのに」
「その火消しが間に合わないくらい、ネット炎上の火力が凄まじかったということだろう。まあ少なくとも、後藤田の件に関しては実際に被害者がいるし、ハイパーリアリティではない」
勝鬨の言うハイパーリアリティとは、フランスの哲学者が提唱した概念で、「本当のリアリティ」というものがないにも関わらず、あたかもそれがあるかのように認識されていく状態を指す。大きく言ってしまえば検察所の仕事も似たようなものだ。実際の仕事はもっと地味で書類仕事も多いが、ドラマの影響で私立探偵のように事件現場を動き回り、華麗に事件を解決していると思われている。事務次官が全員松たか子や北川景子だと思って勝手に失望する輩のせいで、何度合コンで泣いてきたか。
「でもいいんでしょうか、この番組。このまま放っておいても」
「いいとは?」
「だって、個人情報が勝手にばら撒かれて、そのうえ中傷までされて。ただの一般人なのに、さすがに……」
ネットでは、番組に出たのは自己責任だからしかたないと書かれているが、真菜はどこか煮え切らない思いがしていた。たしかに参加者たちは本名で顔だしをする時点である程度のリスクは覚悟していただろう。それに中傷されている人物たちはみな自身の失敗が原因だ。現に後ろ暗いことがない人物はそこまで酷く中傷されてはいない。まだ明るみになっていないだけかもしれないが。
だが、仮に後ろ暗いことを抱えているからといって、無関係の人間がその人の社会的な価値に傷をつけていいわけではない。
「オンラインはあらゆる心理的な負荷が相当低いからね。発言も気軽にできるし、オフラインでできないような発言も、匿名のネットではし放題だ。軽率にデマを煽っても責任を取るコストが自分にふりかかるとは誰も考えちゃいない。まあ、まだ深夜のネット番組だからね。問題化するにはまだ拡散力が低いのだろう」
「でもやっぱり、後藤田みたいな人間はいくら服役したって変わらないんだなぁ」
席に戻り、コンビニの袋を開けながら、真菜は呟いた。
「罪を憎んで人を憎まず。そうは言いますけど、毎日犯罪者たちと顔を突き合わせていると、やっぱり根っからの悪人だなと思っちゃう人っているじゃないですか。たまに思っちゃうんですよね、自分達のしていることって彼らにとっても社会にとっても意味がなんじゃないかなって」
そこまで呟いて、真菜はハッとして顔を上げた。
「なんて、わたしが言ってちゃだめですよね」
「いや」
てっきり怒られると思ったが、意外にも後藤田は首を横にふった。
「裁かれる悪人はまだマシだよ」
「え?」
「法に裁かれる悪人には更生の機会が与えられている。だが、司法の目をかいくぐってのうのうと一般社会に溶け込んでいる悪人には、その機会すらない。本当に救いようがないのは、そっちだよ」
「はあ……。そういえば、調査した後藤田の情報もこれで無駄になっちゃいましたね」
真菜は自分のディスクの上に置かれた大福を見ながら言った。一週間ほど前、勝鬨に後藤田の経歴を調べるよう頼まれていたのだ。務外の労働と口止め料を兼ねて勝鬨は大福をくれたのだが、勝鬨にとっては命の次に大事な甘未だろうが、真菜にとってはそうではない。だがもらっておいて損はないのだが。検事の個人的な頼まれ仕事をこなすのも、真菜のような事務次官の出世には大きく響くのだから。
「少年院を出てからも、よくトラブルを起こしていたみたいです。ニ度ほど警察沙汰の傷害事件を起こしています。二回目の事件が三年前、うちで扱った事件です。しかし、その後はパタリと静かになっていました」
「ほう」
「当時働いていた工場に話を聞きに行ったのですが、働きぶりはとにかく真面目で、遅刻や無断欠勤も一度もなかったそうです。穏やかな人柄で、周囲で起こった喧嘩を仲裁することもあったそうです。一体、何が後藤田を変えたんでしょうか」
「でも本当は変わっていなかった、か」
後藤田は去年の九月、一年半働いたその工場を辞めている。ちょうど一度目の番組が放送された頃だ。その後はどこで何をしていたかはさっぱり掴めなかった。
五億円という大金を手にしたことで、後藤田はふたたび悪人の道へと歩き出したのだろうか。だとすれば、金は人を変えてしまう恐ろしい魔物だ。




