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大福検事




「今回はちゃんと間違えずに買ってきましたよ」


 真菜は机の上に置かれた、今回もホイップクリームがうずたかく盛られた、ややスパイシーな香りのする飲み物と白いメモを見比べつつ、びくびくしながら言った。


 上司、勝鬨智光の眉間には深いしわが寄っていた。青汁を十杯、頭からぶっかけられたような渋い顔だ。だが今回は絶対に間違っていないと真菜は強く思った。ちゃんと勝鬨が言った注文をメモにとり、店員には四回も確認したのだ。顔を覚えられてないといいのだが。


 そんな真菜の心配を煽るように、勝鬨は緑色のストローでドリンクを吸い、「ふむ」と頷いたきり、黙ってしまったのだ。


「もちろんわかっているよ。ここにあるのは僕が頼んだキロチェンジチャイシナモンパウダーバニラクリームフラップチーノと、そしてコンビニの大福だ。日坂君はたしかに間違えてはいない。だが問題は君ではないのだ」

「じゃあ、何が……」

「このコンビニ限定の大福、どうやら微妙にマイナーチェンジがあったらしい。前よりもこし餡の舌触りが滑らかになり、よりマイルドに美味しくなっている」

「なっ」


(問題じゃないやないかーい! つーか、うまいんかーい!)


 咄嗟に真菜の心の中の芸人が出てきて、そうツッコミを入れた。ちなみに真菜は千葉出身だ。


 心配して損した、と自分の席に戻ろうとしたとき、背後から勝鬨に話しかけられた。


「笠原広志は途中棄権を決めたらしいぞ」

「例のリアリティ番組ですか?」


 勝鬨は「スポンサーズ!」に夢中だ。いや、勝鬨だけではない。職場でもちらほらとこの番組のことを話題にしている人がいるし、真菜の大学生の弟も毎日夜中に起きて観ていると言っていた。


 ほら、と勝鬨はスマートフォンを真菜の方に向けた。

 そこでは番組の司会であるエースと笠原が、焚き火を前にして二人で話している映像が映し出されていた。


『本当にいいんですか?』

 エースの問いに、神妙な面持ちで頷く笠原の顔がアップで映される。

『父は悪いことをして沢山の方々に心配と迷惑をかけました。その人たちに頭を下げ、父は反省しないといけない。息子である僕ができることは、父と一緒に頭を下げ、そばで父を支えることだと思うんです』


「いい息子じゃないですか」

 画面から目を離し、真菜はつぶやいた。


 笠原の父、克彦の起こした体罰疑惑は今もワイドショーを賑わせている。ほかに報道する重大ニュースがないのか、克彦がメディアで知られた人物であり、柔道界の重鎮なのが災いしているのか、過剰な報道合戦が終わるのはまだ少し先だろう。


「どうだかね」

 フラップチーノを吸い上げながら、勝鬨は肩をすくめた。


「まず一番に頭を下げに行かねばならないのは関係者ではなく体罰をふるわれた学生だろうに、この息子は父親のことで頭がいっぱいだ」

「でも、一晩で二人もいなくなるとはさすがに思いませんでした」

「まさか笠原に続き、奴まで退場するとはね。奴――後藤田充樹が」


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