正義感?
翌日、密島はテントから出るなり、大きな欠伸をした。
〈眠そうですね〉
「早起きしたからな」
密島の手にはマウンテンバイクのサドルが二つ握られていた。
これは早朝、ゲーム開始直後に昨日笠原と一緒にいた残り二人のテントまで行き、持ってきたものだ。
〈でも、サドルなんて持ってきちゃって〉
「自転車で追いかけられるのは意外とこわいんだ。それにほかのプレイヤーからサドルを盗むなっていうルールはない」
〈またそんな屁理屈言って〉
密島に言わせれば油断してる方が悪いのだ。いくらテントが狭いからといって、外に置きっぱなしはないだろう。
「それにまた注文すればいいだけだろう、金ならいくらでもあるんだから」
〈やっぱりサドルだけ注文するんでしょうか〉
DTと軽口を叩き合っていると、前方からなにやら騒ぎ声が聞こえた。木の陰に隠れながらこっそり近寄ると、そこにいたのは笠原と昨日の二人のプレイヤーだった。
「笠原さんさ、どうして昨日、穴の中で密島とずっと一緒にいたのに、あいつを撃たなかったんですか? 狙う機会ならいくらでもあったでしょう」
「で、でも密島さんはあのとき怪我をしていて……」
「たいした怪我じゃないでしょう。今日だってぴんぴんして森の中走り回ってるんだから。まったく、これだから人のいいボンボンは」
「す、すみません」
笠原が二人に向かって謝ると、黒縁メガネをかけた青年がギロリと睨んだ。
「ヘラヘラしないでもらえます?」
「あ、いや」
「笠原さんさ、俺たちみたいな人間のことをどうせバカにしてるんでしょ? 父親のコネでのんきに生きてきた苦労知らずのくせにさぁ」
手は出していないようだが、笠原は明らかに委縮していた。一方、怒鳴り声をあげている方は見るからに小物だ。
密島が立ち止まってしばらく様子を見ていると、DTがそっとつぶやいた。
〈みっちゃん、もしかして笠原さんを助けようなんて考えてませんよね?〉
「正直、下手に面倒ごとに首を突っ込むのもどうかなとは思ってる」
DTが何も答えないので、密島は肩透かしを食らったような気分になった。てっきり、いつものように〈笠原さんを助けて、『いいね』をたくさんもらいましょうねっ〉などという返事が返ってくるのかと思っていたのだ。
そう言うと、DTは
〈リスクの問題です〉
と冷静な口調で答えた。
〈ここで笠原さんを見捨ててもみっちゃんは何の損もしませんが、カードを奪われたらまた一からやり直しです。それよりわたしはむしろ、笠原さんに八つ当たりをしている二人のプレイヤーの方が気になりますね。彼らは明らかに自身の「いいね」の減少を誘発するであろう行為をしています〉
「後藤田といい、人間、金が絡めばあんなもんだよ。むしろ今までがお行儀が良すぎたくらいだ。だけど、視聴者投票があるから、ある程度の秩序が守られてたんだ。それが無視され始めたら、やばいな」
〈助けますか、笠原さんを〉
「いいかな?」
〈……DTは常にみっちゃんの決定を尊重し、全面的にバックアップします〉
木の陰から飛び出しながら、密島はほほ笑んだ。
「ありがとう、相棒」




