34:ネジの外れた男
「あ、キャラ迷走おっさん」
幹の太い木々が所狭しと生えた林を移動していると、突然数メートル先の茂みからガサガサという音がした。息をひそめて近づくと、そこには上島陽一が足を抑えてうずくまっていた。
「木から落ちでもしたのか?」
銃を向けながらさらに近づくと、上島のレギンスから出た右の足首はぼこっと大きく膨らみ、赤く腫れているのが見えた。おかしな方向に曲がっているわけではないので骨が折れているわけではなそうだったが、恐らく捻挫はしているだろう。上島は青白い顔に冷や汗を浮かべ、密島の問いかけに小さく首を横にふった。
「ちがう、やられたんだ」
「やられたって、誰に?」
「後藤田だ」
上島は恐怖に顔を引きつらせて言った。
「あいつ、ヤベェよ。ちょっと煽ったら、いきなり殴りかかってきやがった。投げ飛ばされて、このざまだ」
「エースは何も言ってこないのか」
「ああ。とりあえず今、ドローンを呼んで、応急処置の道具を持ってくるよう頼んだけど」
密島は上島の巾着の中身をすべて出すと、それに池の水を入れ、上島の足を突っ込んだ。
「ねえ、すり鉢なんて持ってないよね?」
「はあ?」
密島は林を抜け、池の近くの大きな木の少ない野原に向かった。そこに群生していた赤紫色の楕円の形をした花を数本抜き取ると、上島のもとへ戻った。吾亦紅というバラ科の多年草だ。適当な石を二つ持ってきて、花を間に挟み、ガンガンと石を打ちつける。
「な、何してるんだ?」
「湿布を作ってる。この花の煎液は外傷に効くんだ」
得体のしれない植物にはじめは散々抵抗されたが、密島は問答無用とばかりに煎液を染み込ませたタオルを上島の足首に巻きつけた。すると、だんだん効果が出てきたのか、「気持ちいいかも」と抵抗をやめた。
「ドローンが届いたら、タオルはとっていい。患部はちゃんと洗えよ」
「わかった。でもよくこんなこと知ってるな」
「祖父に教わったんだ。夏休みに、田舎で」
「へえ。田舎ってどこ?」
密島は上島の問いを無視して立ち上がった。すると上島はため息をつき、
「でもこんな怪我してなかったら、お前のカードを今すぐ取るのになぁ」
と悔しそうに顔を歪ませた。
「手当してもらった人間に言うことか」
「たしかにな。ありがとよ」
そのまま立ち去ろうとすると、「なあ!」と呼び止められる。
「お前も気をつけた方がいいぞ、後藤田には。あいつは頭のねじが一本吹っ飛んでる」




