25:あざといマザー
「この辺りのはずなんだけど……」
タブレットの方位磁石アプリを頼りに目的地を突き止めると、密島たちはそこからほぼ正反対の方角にいた。密島一人であればもう少し早く移動することもできたが、情報を与えられたのは成見だ。置いていくわけにもいかず、目的地の周辺に着いた頃にはエースの声から一時間分ほど経っていた。
落ち葉の多い、薄暗い藪の中を歩いていると、ふいに誰かの視線を感じた。かがんで重心を低くしながら、用心深く辺りを伺う。すると、藪の中から人が転がり出てきた。
「パンピーちゃん!?」
頭にたくさんの枯れ葉や鳥の羽をつけたパンピーは「パンピーでいいっすよー」と無邪気に成見に向かって笑った。
「比留間さん見なかった?」
するとパンピーはヘラヘラと頭をかき、
「あー、比留間さんなら、逃げられちゃいました。あともう少しだったのにー」
と言って、目が隠れてしまいそうなほど、大きな笑みを顔に浮かべた。それは賢い悪ガキがする笑い方によく似ていた。仮面のエースという男とはまた別種類の気味の悪い笑い方だと密島は思った。
「ところでお二人は、一緒にいるってことは協力関係なんすか?」
笑みを浮かべたまま、パンピーは密島を見た。
「別に。このオバサンが勝手について来ただけ」
「勝手にって何よ」
「ちがうんですか」
「ちがうこともないけど」
そんな密島たちのやり取りを見ていたパンピーはケラケラと声を出して笑った。
「まあいいっす、どうせ今日の放送を見ればわかることだし」
パンピーはそう言ってふっと小さく息をつくと、長い人差し指を唇にあてた。
「よかったら、自分とチームになりませんか? このゲームって、個人で戦うよりもチームを作った方が絶対いいと思うんすよ」
「あんたのチームに入る?」
密島がパンピーを見ると、パンピーも真っすぐ見つめ返してきた。赤いフレームのガラスの向こうで、ちっとも笑っていない目が光る。
「断る」
そう言うと、密島は踵を返した。
「取り分が減るのは嫌だ」
「なんか嘘っぽいなぁ」
そのまま無視して歩いていると、「せっかく会ったのに、戦いもせずに行っちゃうんすかぁ?」とパンピーが密島に向かって叫んだ。
「わたしじゃ勝てないと言ったのはそっちだろう!」
「信用する人、間違えると大変なことになるっすよー!」
その後、密島は成見と比留間を探したが、結局その姿を見つけることはできなかった。通知にも、比留間からパンピーに一千万が譲渡されたという情報を最後に、比留間の行動を掴む手がかりは現れなかった。
「今日はもう駄目だ」
森の一角に植えられたキンカンの実をもいで口に放り込みながら、密島はつぶやいた。
「もうすぐ日が暮れる。どうやら今日は一足遅い日みたいだな」
池の東のテントに戻るという成見とはその場で別れた。
別れ際、「ねえ」と成見に声をかけられた。
「ありがとうね、お金のこと。昼間はあんなこと言ったけど、やっぱり一刻も早く、息子に会いたい。お母さんって呼ぶあの子の声が聞きたい」
「じゃあ、息子さんのためにもあと八日間、頑張れ」
「ええ、もちろん」
一日中歩き続け、足はパンパンに腫れていた。一刻も早く横になりたいと密島は近くのテントを探した。早く一日のゲームの終わりを告げる電子音が聴きたい。
近くの木の下から回収したその日の夕食を胃袋に収め、密島はすぐに眠ってしまった。備え付きの毛布にくるまる暇もなく、その日は夢も見ずに、ひたすらどっぷりと熟睡の海に浸かった。
細い月が南の空に高く浮かぶ深夜、耳にはめたままだったイヤホンから聞こえる、差し迫るようなDTの声で目が覚めた。床に倒れこんだ姿勢のまま寝ていたせいで、膝の関節が痛い。
〈みっちゃん! すぐに今夜の配信を見てください!〉
「え……?」
〈早く!〉
わけもわからず、言われた通りポケットから寝ぼけまなこで端末をとりだす。放送中の番組をつけると、番組はすでに終了五分前だった。黒い画面に白いフォントで何やら文字が書かれている。まぶたをこすりながら、画面に焦点を合わせると、文章を読む前にそれと同じナレーションが聞こえた。
『たった今、キングより、今夜追放されるプレイヤーの名前が発表されました。成見幸です』
「え――?」




