23:あざといマザー
「え!?」
「比留間は昨日のうちに三人とカードを交換しているから、あなたと交換する前もそれなりに上位のカードを持っていたはずです。すなわち、その比留間と交換したあなたのカードは、わたしのものより高いはず。勝負する価値はある」
「わたしを撃って、本当にいいの?」
「当たり前だろ」
すると成見は顎を上げ、一瞬、おかしそうにほほ笑んでみせた。
「それ、わたしから一千万を奪い取っても平気ですかって意味ですけど」
ボソリと呟かれたその声は、マイクも拾えないような小さな声だったが、密島の耳にはしっかりと届いた。そして密島が銃を降ろすと、幸は満足そうに目を細めた。
「……昨日の相手にもそう言って丸め込んだんだな」
「丸め込んだ、はちょっと言いすぎ。相手の人達がそれぞれ合理的判断を下しただけだもん」
「合理的判断ねぇ」
「それに密島さんもこれ以上『う~ん』の数が増えちゃうと、危ないんじゃなかったっけ? しかも、わたしはすでにもう比留間さんに一千万を取られている状況なんだよ」
密島は苦虫を噛み潰したような顔で、さっきDTから教えられた話を思い出した。
なぜ成見幸は狙わない方がいいのかと訊く密島に、DTは答えづらそうにこう話した。
〈成見には十歳になる息子がいるんですが、その息子は生まれつき心臓の難病に侵されているそうです。病気を治すには心臓移植しかないのですが、国内ではなかなかドナーが見つからず、海外で移植手術を受けるしかないようです。成見さんは手術代や入院代、渡航費用などを得るため、このゲームに参加したようです〉
成見に送られた大量の「いいね」の理由もこれだった。
愛する息子のため、なりふり構わずどんなことでもする健気な母親。昨夜の放送でも、「息子のためにもっと頑張らないと」と何度も歯を食いしばる彼女の姿が見る者の涙を誘っていた。
「今ここであなたがわたしと勝負をするのは賢明な判断ではないと思うんですよ」
成見は畳みかけるように言った。
「たとえわたしに勝ったとしても、一時的にお金が増えるだけで、長期的なメリットはないじゃない。10のカードを持っているのは比留間さんだから、結局は彼と勝負をしないといけないし、しかもそのうえ視聴者に嫌われるんでしょ? 今、そんなリスクを冒す余裕があなたにある?」
「そっちにただ勝つ自信がないだけだろ」
「そうだよ。わたしは運動神経もよくないし、体力だってない。あなたと勝負をしたら、絶対に負ける。でもこの五千万は、五千万だけは何としてでも守らないといけないの。お願い、見逃して」
成見は眉を八の字に下げ、今にも泣き出しそうに声を張り上げた。
「撃たないで! これ以上お金が減ったら、息子が手術を受けられなくなる!」
「お涙頂戴枠が……」
目に大粒の涙がため、「お願いします……」とか細い声で頭を下げられる。
〈みっちゃん、わかってますよね〉
「わかってる……」
密島は髪をぐしゃりとかきまぜた。もしここで成見のカードを奪えば、今夜の放送後、大量の「う~ん」ボタンが押されることは目に見えている。想像しただけで、うんざりした気分だ。
「成見さん」
「はい」
「……悪いけど、やっぱりあんたからカードをもらう」
〈みっちゃん!〉
ドラマの中の口うるさい姑のようなDTの声に、密島はイヤホンのスイッチを切った。
そして、睨みつけるようにこっちを見ている成見に顔を向けた。
「五千万でいいのか」
「……え?」
「たった五千万ぽっちでいいのかって聞いてるんだ。国民保険なんていう気の利いた制度のない海の向こうで手術をするんだろう? それにたとえ手術が無事成功しても、その後いくらだって金はかかるだろう。五千万でいいのか。五億欲しくないのか」
「そ、そりゃあ、欲しいけど……」
「だったら、わたしに負けておけ。優勝したら、あんたに一億渡すと約束する」
ハッとしたように成見が大きく目を見開いた。そして、用心深そうな視線でこちらを伺う。
「いまいち信じられないんだけど」
「まあ、金が欲しくないと言ったら嘘になるけど」
成見は明らかに疑惑の目を密島に向けていた。密島たちを見守る高屋も同様だ。胡散臭いという目でこっちを見ている。
密島は大きくため息をつくと、辺りの森を見回し、声を張り上げた。
「おい、見てるんだろ、エース! それからテレビ画面の向こうのあんたたち! わたしは嘘はつかない。優勝したら報酬の五億のうち一億をこの人に譲渡する」
成見が撃ちやすいよう向けてくれたセンサーを撃ち抜き、命中したのがわかったところで、密島は素早く向きを変え、木の上の高屋を撃った。
「えっ、なんで俺まで!?」
「こっちが気づいてないと思ってたのか?」
すると高屋は「マジかぁー」とがっくりと肩を落とした。
比留間に負けた成見が外にいたのはわかる。負けたら十分間、負けた場所で待機しなくてはならないからだ。だが、なぜ高屋までが安全なはずのシェルターの外にいたのか。理由は簡単だった。成見を撃つ前に、比留間は高屋を撃ったのだ。高屋が木の上にいるのは負けてその場で待機させられていたからだ。
「てっきりバレてないと思ったのに」
「バレバレだ。絶対にカードを奪わないという約束で成見さんを匿ったんだろうけど、ミスだったな。比留間が来た時点で自分だけ逃げておけばよかったのに」
高屋のカードはジャックだった。だから狙われないよう、シェルターにこもっていたのだ。キングのカードを持つ成見を匿うことは、「いいね」獲得に加え、自分のカードを狙える唯一のプレイヤーを抑え込めるということだ。だが、さすがに成見に勝利し、キングのカードの持ち主となった比留間に、その後すぐに撃たれるとは予想していなかったのだろう。
そのとき、ようやく全員のカードの通知が鳴った。
〈成見幸、密島ユウキに一千万譲渡〉
〈高屋聡、密島ユウキに一千万譲渡〉
ポケットにしまっていたイヤホンを取り出すと、密島はDTに話しかけた。
〈ちょっとみっちゃん、一方的にスイッチを切るなんて〉
「比留間を探そう。あいつがキングのカードを持ってる」




